第10話 召喚竜《ドラゴン》は仲間《パーティー》には含みません。その4

 平原の途中にある岩影で今夜のねぐらを確保することにきめたジルたちは、さっそくたき火をどうするかという問題に直面した。

 昨夜は運よくケヤキの木があったおかげで煙がかき消されたが、今夜は周囲にそんな都合のいい大木が見当たらなかったのでたき火は諦めようかと話していた。そんな矢先にジルから

「煙が高く上らなければいいんでしょう?」

 と言ってきた。

「本当は自然乾燥がいいんだけど、そんな時間もないからこのかき集めた薪を魔法で乾燥してほしいんだ」

 ミシウムとテレナはジルがなにを言っているのかわからないながらも言われるままに掌から熱を発して薪を乾かしはじめた。

「ライラは僕と一緒に石で囲炉裏を作ってよ」

 ジルはニコニコと笑いながら石を組む。ライラは呆れながらそれにつきあって同じように囲炉裏を作りはじめた。

「できましたわ、ジル」

 テレナたちの前にはしっかりと乾かされた薪の山ができ上がっていた。

「ありがとう、これで集めた薪は全部乾燥できたよね」

 そうして石で作った囲炉裏に薪を積みはじめた。

「薪を乾かしたくらいで煙が出なくなるんですの?」

 熱くなった手に息を吹きかけて冷ましながらテレナが尋ねた。

「煙が出るのは薪の水分としっかり燃えきらなかった炭素のせいだからね。あとは空気がしっかり入って燃えるように薪を組めばいい」

 そう言いながらテキパキと積み上げた。

「じゃあ、火をつけるよ。デラニアム」

 呪文とともに枯れ草に引火し激しく燃えはじめた。火の勢いが激しくなっても煙が高く上がるようなことはなかった。

「こりゃすごい。こんな特技があったなんて、どうしてもっと早く言わなかったんじゃ」

 ミシウムが感心してジルを誉める。

「そんな特技だなんて思ったことなかったからね。僕の村だとこの火のつけ方はみんな知ってることだから」

「みなさん、ご存じなんですか?」

「うん、ライラは“遠吠えの山”から煙が出たのを見たことなんてないでしょう」

 突然、話を振られたライラが

「……あ、ああ。たしかに見たことなかったな。そんなのが上がってたら、あの山に人が住んでるってわかっただろうからな」

 と答えた。

「なるほどね。そういう技術で“隠れ里”が成り立っていたのですね」

 感心したようにテレナが言う。

「なあ、それよりも今日のメシはどうするんだ?もうさすがに限界だぞ」

 悲壮な顔をしてライラがわめく。考えてみれば二日前に城でごちそうを腹一杯食べたっきりだ。

「大丈夫、ちゃんと用意したわい」

 ミシウムが自信ありげに腰に結わえてあった袋を取り出した。

「おい、すげえじゃねえか。あんな時によくメシのことを考えてたな」

 ライラがはじめて尊敬するようにミシウムの方を見る。だが、袋から出てきたのは木の実や野草ばかりだった。突然、萎えたように悲壮な顔に戻る。

「火を通さずに食べられるものを選り分けたからな、量はないがまあ今晩くらいはなんとかなるじゃろう。……なんじゃその顔は」

「別に……」

 ライラをよそにテレナが

「助かりますわ。さっそくいただきましょう」

 と木の実を一口頬張った。ジルもあとから続く。ミシウムも食べてライラも渋々口の中に放り込む。

「はじめて食べたけど、わりといけるね」

「そうですね。栄養もあって、こういう時にはありがたい食事ですわ」

「……そうか?」

 ライラをのぞく三人は少しずつ味わいながらおいしそうに食事を取った。ライラは明日からは自力で食事を確保しないと飢え死にするな。と不味そうに野草をかじりながら考えていた。


 今晩の見張りは誰にするかという問題にライラが

「じいさんでいいじゃねえか。こいつ今日一日あたしの肩の上でずっと寝てたんだから」

 とまたミシウムに見張りをさせようと提案した。

「二日続けて夜中に見張りなんぞできるか。わしは今晩は寝るぞい」

 そういうが早いか横になって高いびきをかいた。

「今日はわたくしが起きていますわ。ジルもライラさんもおやすみになってください」

 テレナの提案にライラも同意して横になる。

「じゃあ、お言葉に甘えて休ませてもらうよ。三時間経ったら起こしてくれ交代するから」

 そう言って同じようにいびきをかきはじめた。

「ジルもおやすみなさいな。明日もかなりの距離を歩くことになりますから」

 テレナの言葉に「うん」と生返事はするものの横になる気配がない。

「どうかしたのですか?」

 ジルはテレナの言葉に

「……躊躇いがなかったわけじゃないんだ」

 とボソリと返した。

「昼間のライラさんとの諍いのことですね」

 とテレナが言った。

「うん……」

 寝ているライラを見ながら言葉だけを返す。

「……それにしてもちょっとおかしいですわよね」テレナの言葉にジルが顔を向ける。「わたくしはジルよりも一つしか歳が違わないんですのよ。それなのになにかあると、わたくしばかりに相談されたりして。他の方にも頼ればよろしいのに」

 テレナのムッとした顔に苦笑しながら

「ごめんね。テレナは頼りになるから、つい。だって……」

 ジルはお腹を掻きむしりながら、いびきをかいているミシウムを見る。

「まあ、たしかに頼りにはなりませんわね。とても五十歳を越えてるとは思えませんわ」

 テレナも認める。次いで二人ともライラの方を向く。

「ライラは……いったいいくつなんだろう?」ジルがボソリと呟やく。「僕よりも十歳とおは違うよね。彼女からみたら僕なんて頼りないガキなんだろうね」

「この方がなにを考えていらっしゃるか、わたくしにもわかりませんわ。あなたと同じで単純そうに見えますけど……」

「僕、単純かな?」

 ジルが不服を口にする。

「単純ですわよ。あなた、ご自分がライラさんのことを好きだったなんて誰にもバレてない思っていらっしゃったでしょう」

「……!知ってたの?みんな?」

 テレナがコクリとうなずく。

「あれだけずっと見てるんですもの。気がつかないわけありませんわ」

 ジルが顔を赤らめながら

「……ライラもとっくに気がついていたのかな?」

 と問いかける。

「それはわかりませんわ。単純そうに見えて意外と人との間に壁を作ってますから」

「あ、テレナもそう思う?」

「ええ。分け隔てなく声をかけますけど必要なこと以外はほとんど話しませんもの。ジルはあの方の生い立ちとかご存じですか?」

 ジルは首を振る。

「ですよね。わたくしも存じあげません。そういう話題をたくみに避けてらっしゃいますから」

「ねえ、ニルファさん、魔族にならずにすんだのかな」

 ジルは話題を切り換えた。

「……わかりませんね。ルシフスを倒してから妖精とは誰一人会っていませんから」

「彼女に導かれて妖精の国に行ったときは正直驚いた。まさか魔族の正体が魔王に姿を変えられた妖精だったなんて」

 二人ともたき火を見つめながら、その時のことを思い出していた。


 ジルがはじめて妖精ニルファを見たのは夢の中だった。まだ勇者の誓約を結ぶ前の子供のころ

「助けて!」

 と叫ぶ白い影を何度も繰り返して夢に現れていた。

 最初のうちは影と声だけだったし、何日も間が空いていたので気にもとめていなかった。そのうち間隔が少しずつ短くなり、白い影もその輪郭がハッキリとわかるまでになった。腰まである白い髪の毛に白い肌、身体は女性のそれと変わらなかった。だが裸であるはずなのだが乳首やへそなどは見当たらなかった。それに背中からカゲロウのような透明な羽が生えているのも見えるようになった。

 だけど、あいかわらず「助けて」以外の言葉は聞かれずジルも彼女に対して夢の中では語りかけることも触れることもできなかった。

 一度、同い年の女の子リュールにそのことを話したら

「いやらしいっ!」

 と言って頬をはたかれた。たかが夢のことなのに。まったく女の子というのはよくわからない。と思った。

 そんなある日、村の長老たちから呼び出しがかかった。その前にも十代後半から二十代の男たちが何人か呼ばれたらしい。だか、誰一人その眼鏡にかなうものは現れなかったので、仕方なくまだ十五歳のジルに声がかかったのだ。と長老はジルに語った。

「お主、妙な夢を見たことはないか?」

 呼ばれた理由の説明の後にいきなり聞かれた。たしかに妙な夢といえば言えないこともないので、ありのままに羽の生えた白い女性の夢の話をした。

 その話しを聞いた長老は

「お主が選ばれたのか……」

 と呟いて傍らに置いてあった額の部分に大きな紅玉をあしらった兜をジルの前にスッと差し出した。

「これは“勇者の兜”といって歴代の勇者たちが皆、これを被って戦場に向かった。そしてこの世界のどこかにある“希望の胸当て”や“勇者の剣”見つけ出して魔王と戦った。勇者の歴史を学んだ者なら知っとるはずじゃな」

 ジルはコクリと頷いた。ここまでくればさすがにわかる。どうやらあの夢を見た者が勇者に選ばれた者ということらしい。

「お主はこれからこの山を降りて仲間と武器を見つけて、魔王を倒さねばならぬ」

 長老は静かに語ったあと「何か聞きたいことはないかな」と聞いてきた。

「もう魔王と魔族は復活したんですか?」

 生まれてから山の中から一歩も出ない生活を続けてきたジルには世界が今、どうなっているか見当もつかない。

「わからんな」長老はそっけなく呟いた。「じゃが、“世界の石”が凶事を指し示したうえに、夢の中の使者が勇者を選んで現れたのじゃからな、何事かが起こったのは間違いあるまい」

 そうしてジルは村の人たちに見送られ、取り急ぎかき集められた武器(樫の木のこん棒)や防具(皮を何重にも巻き付けて作った胸当てと鉄の盾)を装備して下山した。


 それから数カ月後、仲間も増え武器も少しだけ見栄えのするものに変わったころにぺダンの町にやってきた。その時にはもう、例の夢を見ることもなかったので誰にもそのことは告げなかった。

 ぺダンの町でテレナを仲間に迎えた日の夜、久しぶりにあの夢を見た。

 夢の中で女性ははじめてジルに向かって「助けて」以外の言葉を話し出した。「“静かの森”に来てください」と。

「“静かの森”ってどこなんだろう?」

 翌朝の宿の食堂での食事のときに仲間に尋ねた。その時にはじめて夢の話とそのせいで勇者として旅立つことになったことを説明した。

「“静かの森”の湖に来いと、その裸の女が言ったんだな」

 導師ギリアが確認をとる。

「うん、村で見たときはそんなこと一言も言わなかったから、気になって……。あ、チャン!その肉は僕が狙ってたのに」

「旨いものを先に食わないのが悪い。……それにしてもその裸の女はなんで今ごろになってそんなことを言い出したんだろうな?」

 武道家のチャンがジルの取り分けていた骨付き肉を噛み切りながら疑問を呈した。

「それは多分、このあたりに“静かの森”があるからじゃないかな?」とジル。

「それよりも、その裸の女はグラマーじゃったか?」

 ミシウムがその点が肝心とばかりに割り込んできた。

「お前らさっきから裸、はだかってうるせえよ!レディがいるんだから少しは気をつかえよ」

 ライラがミシウムの頭を押さえつけながら叫ぶ。

「お前、いつからレディになったんだよ?」

 チャンが聞き返す。

「あたしじゃねえよ」

 ライラが向けた視線の先にテレナがいた。

「……わたくしはまだ十六歳ですから正確にはレディではありませんが、気遣ってくださると助かります」

 顔を赤らめて俯きながら小声でテレナが呟いた。

「……それと“静かの森”のことですが、たしかにこの町の北東にそう呼ばれている森があります。ただ、そこには川は流れてても湖は無かったはずです」

 ペダンの出身であるテレナから貴重な情報が示された。

「確かなのかい?」

 ギリアがテレナに向かって確認をとる。

「いえ、わたくしは行ったことがないので伝聞だけですが……」

 自信のない彼女は最後は消え入りそうな声になった。

「どうする?」

 ライラがチャンの持っていた肉を奪い取りながら、ギリアに尋ねる。

「そうだな、リストリアの城に向かう前に立ち寄ってもいいだろう。なにしろこちらは知らないことが多すぎるからな。なにか手がかりが見つかったら儲けものだ」

「……罠ってことはないか?」

 ライラと殴り合いの末、肉の再奪取に成功したチャンがジルを指さす。

「だって“勇者を選ぶ使者”の夢なんだよ。それで僕が勇者として旅に出たんだから、なんで罠にかけるのさ」

 ジルが反論する。

「だからすでにそこから罠かもしれないじゃないか。最も弱そうな小僧を勇者にでっち上げれば魔王にとっちゃ万々歳だもんな」

「どういう意味だよ!」

「どうもこうもねえよ。お前、旅に出てからなんか役に立ったのかよ。そのたいして役に立ちそうもない武器とちょっとした魔法が使えるくらいで、ほとんど俺たちがなんとかしてやったんじゃねえか。俺たちがいなかったらお前、今ごろ生きてねえ……うわっ!」

 最後まで言い終わらないうちにチャンの姿が消えた。チャンに殴り倒されたライラが彼の隙をついて足をひっかけて転ばせたのだ。

「こんな奴の言うことなんか気にすることねえよ、ジル。お前はちゃんと強くなってきてるんだ。それはあたしが保証するよ」

「お前の保証なんか一番当てになんねえだ……ろっ!」

 チャンが喋りながら倒れた状態から横一線、左足の蹴りをライラに向けて飛ばす。

 ライラは、それをギリギリでかわしながらチャンの身体ごと持ち上げる。

「いやあ、お嬢さん方。申し訳ないねえ。あいつらは礼儀がなっとらんでなあ」

 ミシウムは自分の食べる分だけを持って他のテーブルに移動して、その席に座っている若い女性たちと談笑していた。だが、楽しく話しているのはミシウムだけで女性たちは早く席を立ちたくて仕方がないといった感じだ。

「おい、じじい!ナンパなんかやってんじゃねえよ!他人様に迷惑かけんなって何度言ったらわかるんだ」

 チャンを担ぎ上げて立ち上がったライラがミシウムに向かって怒鳴る。

「お前たちいいかげんにしろ!ここは食事を楽しむ場所であってケンカをするところではないぞ」

「左様でございます」

 ギリアの背後で宿の主人が微笑みながら声をかけた。ギリアが振り返って主人の顔を見ると目が笑っていない上にこめかみに小さな筋が浮かび上がっているのをみとめた。


「まだメシの途中だったのに追い出されちまってどうすんだよ」

 ライラが叩き出されながらも持ち出した肉を食べながら文句を言った。ライラだって元凶の一人じゃないかとジルは思ったが口には出さなかった。

「とりあえず“静かの森”に行ってみよう。湖があるかどうかは行ってみればわかるだろう。……罠かどうかもな」

 ギリアの指示で町の人たちから森の正確な場所を聞き出してから一行は馬車に乗って町を出た。


“静かの森”には、はたして湖があった。ただし行けば見つかるというものではなかった。

 最初、湖なのだから川に繋がっているものだろうと思い、川沿いに探し回ったがいっこうに見つからなかった。もちろん森の中でも魔族は頻繁に現れてはジルたちに向かって攻撃を加えてきた。それを撃退しながらの進んでいくので歩みが遅くなったのも見つかなかった原因の一つだろう。

 そんな中、仲間の一人導師ギリアが魔族の一人、ベルゾナの手にかかり倒れた。ベルゾナは一行の魔法力を封じギリアを集中的に攻撃した。ジルたちもそれぞれ武器を手に応戦したが片手でひねり潰されるありさまだった。

「……お前たち近づくな。これは私の獲物だ」瀕死のギリアが息も絶えだえに立ち上がった。「魔法だけが導師の能力だと思うなよ、三下が」

 そう言うとギリアが手にしていた杖が鈍く輝きだした。周囲が急激に熱くなったかと思ったら地面の一部が溶けはじめてそこからひび割れが生じた。亀裂がベルゾナに向かって走り、地面がその足元で割れた。

 ベルゾナが気づいたときにはその身体は地面の下に真っ逆さまに落ちていった。……そして、ギリアの身体も。

「「「「「ギリア!」」」」」

 倒されていた五人が叫んだときにはもう、地割れは塞がってしまった。


 その時、周囲に急に霧が立ち込めはじめた。そして霧の向こうから水の音がした。一行が力をふりしぼって立ち上がった時には霧が晴れはじめていた。そして、そこに今までなかった湖が忽然と姿を現してた。

 その湖のほとりにあの女性がいた。ジルの夢の中に現れ助けを求めた、背中に羽の生えた抜けるように白い肌をしたあの女性が。

「……たしかに裸じゃな」

 傷ついたチャンを回復呪文で治癒しながらミシウム同意を求めた。

「……そうだな。すごくきれいだ」チャンも頷く「だけど……」

「「ちっちゃい……な」」

 二人が落胆した声を上げた時、背後にいたライラが二人の頭を手にしてゴツンとぶつけ合った。

 湖のほとりを飛んでいたその女性はジルの掌の上にスッと降りたった。

「お待ちしておりました。勇者どの」

 女性は疲れたような笑顔を向けて一行を歓迎した。彼女の名がニルファ。魔王ルシフスが復活した折に勇者を選抜し、この妖精の国に導く役目を託された妖精。

 ニルファの話しではルシフスが復活した際、ペルゾナを使って妖精の国の入り口である“静かの森”の湖を封印して勇者を近づけないように仕向けたらしい。ペルゾナがギリアと共に地の下に落ちたためにその封印が解かれ湖がその姿を現すことができた。

「どうして魔王は妖精の国に僕らを近づけたくなかったの?」

 ジルが手の上に立っているニルファに向かって優しく語りかける。普段の大声を出せるような雰囲気ではない。

「みなさんが知りたいことはすべて我が王、ラーリアル様がお伝えくださるでしょう。さあ、参りましょう」

 ニルファが羽をはばたかせ、ふわりと宙を舞った。

「……本当に罠じゃないのかな?」

 チャンが先を行くニルファを見ながら誰にともなく呟く。その言葉に気がついていないのかライラがチャンの傍らを通りすぎニルファの後をついていく。チャン、ミシウムが続き、テレナの肩を支えながらジルが湖に向かって歩きだした。


「ラーリアル様にお会いして、魔王によって姿を変えられた妖精が魔族だったことを知ったのでしたわね」

 ほんの三ヶ月ほど前のことをもう数十年は経ったかのように感じながらテレナは思い起こしていた。

「ニルファさんもいつ自分が魔族に変わってしまうか不安で仕方がなかったみたいだったね。そんなことひと言も言わなかったけど」

 ジルがたき火の傍に立てかけて乾かしていた薪を一つ火にくべる。一瞬、炎が燃え上がり少し火の粉がかかる。

「無事でいらっしゃるといいですわね」

 テレナが火の粉を払う。

「ねえ、朝になったら森に行ってみない?湖に行けば妖精の国に入れるんじゃないかな」

 ジルの提案を少し考えてから

「どうでしょう。もう勇者とコンタクトをとる必要はないはずですから湖もご自分たちで封印されているのではないかしら?」と一蹴した。「それに、立ち寄っている余裕もわたくしたちにはありませんし」

 とにかく少しでも早くペダンの町についてなんとか馬車を確保したい。これから先の旅に馬車は不可欠だ。

「……死ななかった魔族は妖精に戻ることはできなかったのかな?」

 ジルが話を元に戻す。

「おそらく。ラーリアル様もそう仰っていたではありませんか」


 ラーリアルは異形の妖精だった。

 その肌は他の妖精と同じく抜けるように白く、初雪のような銀髪に、瞳にも色という色がなかった。だが、その姿は巨大な首だけだった。

 今思うと魔王ルシフスの最終形態と限りなく似ていた。もしかしたらルシフスも妖精が変わった姿なのかもしれない。

「その話が本当なら魔族を殺すってことは妖精を殺すってことなんじゃないですか?」

 ジルがラーリアルの話す真実に驚いた。マーゴッドの村で学んだ歴史にはそんなことはまったく書かれていなかった。もし、書かれていたら勇者になることをやめていたかもしれないと思った。

「その通りです。ですがそれは致し方ありません。一度魔族に落ちてしまった妖精は二度と元に戻ることはないのですから」巨大な首からゆっくりと吐き出される言葉はその姿と同じく重い。「だからこそ一刻も早く魔王を倒していただきたいのです」

 周囲をみると何人もの妖精が遠巻きにこちらを見ている。ただ小さいので彼女たちからは遠いのかもしれないが、ジルたちにしてみたらすぐそばで囲まれている感じがする。

 男の妖精っていないのかな?と、漠然と思う。皆、女性の姿をしている。服を着ていないので目のやり場に困る。彼女たちは裸でいるのが普通だから気にはならないようだが。ミシウムとチャンはそんな妖精たちを見てもなんの感慨もなくなったようだ。身体のサイズは小さいし、人間の女性にあるものが全くない。たしかに胴から手足は生えている。ただ乳房はあっても乳首はないし、へそも大事な所も見当たらない。本当にただ抜けるような白い肌だけなのだ。足で歩くよりも羽で飛ぶから筋肉すらついていないのではないか?

 このまま放っておけばまちがいなく彼女たちは魔族となって自分たちの世界にやってきて人間を襲うことになる。それは平和を愛する彼女たちにとってなによりも怖いことに違いない。できれば魔族となった妖精たちを戻す方法が見つかればいいのだが、それが不可能であるのなら……。

「わかりました。少しでも早く魔王を倒してこれ以上、魔族を増えることがないように全力を尽くします」

 自分の中では長い葛藤の末、言葉にした。

「ありがとう、若き勇者よ」ラーリアルは礼を口にした。「あなたたちの力となるものを授けましょう」

 そう言うとラーリアルの背後から何かが飛び出して周囲を一周するとジルの手に乗った。

「それは“水鏡の盾”といって魔法力を弾く力があります。きっとこれからの戦いの役に立つはずです」

 ジルは今まで持っていた鉄の盾を降ろして、水鏡の盾を左腕に持った。

「さあ、お行きなさい。あなた方のこれからに祝福があらんことを」


「ライラさん、起きてください。交代してくださいな」

 テレナはライラが眠ってから三時間経ったので約束通り揺さぶって起こしにかかった。

 ジルは話しの途中で眠ってしまったので、テレナは一人で眠気と戦いながら二時間強の時間を過ごした。だが、さすがにもう限界なのでライラに起きてもらわないと困るのだ。

 ライラは意外と寝起きがよく、目をこすって伸びを一つしただけでシャッキリとしたようだった。

「お待たせ、テレナ。さあ、ゆっくり休んでくれ」

「それでは後はお願いします。おやすみなさい」

 テレナは横になるとすぐに寝息をたてた。その寝息を確認すると、ライラは他の二人がちゃんと眠っているか伺ってみた。

「よし……」

 彼女は小声で呟くと立てかけてあった一番太い薪を取り出し先だけを火にくべた。

 炎が薪の先に点くとそれを取り出して縦に掲げた。

 そして、やおら立ち上がるとそのまま北に向かって歩き出した……。

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