第16話 僕と契約する魔法少女になってよ。その3

 本物の酔っぱらいと酔っぱらいのように快活になった男たちが宿に戻ったのは、もう日付が変わった頃だった。

 女性たちは寝ずに二人を待っていた。ライラはいつものようにピンクの甲冑と兜を着込んで、まるでいつでも戦闘態勢に入れるような格好だった。腰に剣を差していないのが不思議なくらいだ。そう言えば今まで彼女が鎧を脱いだ姿を見たことがない。寝ているときでも兜すら脱がない。

 逆にテレナは湯上がりだったようで少し濡れた黒髪にダボッとした麻のシャツ一枚だけという男と同室なのにリラックスすぎる格好だ。

「まだ起きてたんだ。ごめんね。いろいろ話し込んでたら遅くなっちゃって。僕もお風呂に入ったらすぐに寝るから二人とも先に休んでてよ」

 ジルが暴れる酔っぱらいをベッドになんとか座らせながら謝る。

 二人ともそれには答えない。そしてベッドに座ったミシウムの前にライラが半分くらい中身の入った小さな麻袋をドカッと置いた。酔っぱらって目が虚ろだったミシウムの顔色がとたんに青ざめたようにジルの目には見えた。

「なにこれ?」

 ジルは勝手に袋の中身を開けた。ベッドにメダル状の金属のようなものが滑るように出てきた。たしかリストリアの森の中で兵士を悼む時に置いたものと同じようだと思った。

「ゼファンの結晶」

 テレナがボソリと呟いた。

「なにそれ?」

 ジルが問い返す。テレナは金属の山から一枚だけ抜き取って話しはじめた。

「リストリア城を抜け出す時に仕掛けた『ゼファンの光』のようなものです。これに軽い呪文をかけると“印”が発動されます。そうすると術者は遠くからでもこの結晶のある場所がわかるようになってます。わたくしも実物を見るのははじめてですわ。これを一枚作るのにとてつもない時間と魔法力が必要ですから。それをこんなにたくさん……」

「見たことないって、そんなに作るのが大変なのか?」

 ライラがテレナに問いかける。

「それもありますけど数が少ない大きな理由は、使い道がないからですわ。道しるべとして活用するなら『ゼファンの光』の方が簡単にできますし、物理的な力で排除されることもありません。これだと蹴飛ばしたり、持ち運んだりすればいくらでも移動できますから。ただ……」

 テレナが結晶を片手でくるくる回しながら

「『ゼファンの光』を作れない魔法使いが持てばある程度は有効でしょう。実際、ミシウムさんは『ゼファンの光』を作れませんからわたくしたちがどこにいるかを知らせるにはこれだととても役に立ちますわ」

「それはいったいどういうことなの?」とジル。

「兵団がわたくしたちの居場所を正確に知ることができた理由がこれで説明できます。ミシウムさんは適当なところでこれに呪文をかけて“印”を発動させます。そうすると兵団の中にいる術者が探知しますから、あとはそれを追えばいいだけです」

「つまり、このじいさんはあたしたちを裏切っていたわけだ」

 ライラがミシウムを睨みつけながら吐き捨てるように言った。

「……でも、ミシウムさんがそれをやったって限らないじゃないか」

「だったら、他にどう説明するんだ?これはじいさんの荷物の中から出てきたんだ」

「僕らを外へ追いやったのはこれを探すためだったの?」

 ジルが結晶を指さして二人を問い詰める。

「……そうですね。この村にはミシウムさんのお気に入りの女性がいるそうですから、その方に迷惑をかけないためにも結晶を持ち歩くことはされないと思いました。うっかり呪文を使って発動することもありますから」

「ひどい……。最初からミシウムさんを疑ってたの?」

「はい」テレナは悪びれずに答えた。「リストリアの森に戻る時にわたくしが召喚竜を使ったために兵団はわたくしたちが戻ってきたことを知りました。竜を召喚できるものは他の竜が現れたことを知ることができますから。それに気づいてから竜を呼び寄せることはしませんでした。ですが、兵団はペダンをはじめとして正確にわたくしたちがどこにいるかを把握できていました。これは誰かが兵団と通じてないと不可能だと思っていました」

「だからってミシウムさんを疑う理由にならないじゃない」

 ジルの言葉にテレナは頷き返す。

「その通りですわ。はじめは誰かわかりませんでした。ライラさんを疑ったこともありましたわ。ですがある時、この結晶のことを思い出しました。これだったら抜け出して兵団に知らせる必要もありません」

「それだったら魔法を使えないライラは容疑から外れるね。でも、僕は外れない……そうか、だから僕も飲み屋に行かせたんだね」

 テレナは首を振る。

「ジルは疑ってませんでしたわ。ただ、わたくしたちのやろうとしていることを反対するだろうと思っていましたからミシウムさんと一緒に外に出ていただきました」

「当たり前だよ。証拠もないのに人を疑うなんて」

「証拠ならこうやって出ただろう」

 ライラが結晶を指さす。

「おそらくリストリアを最初に抜け出した時に小舟をミシウムさんが見つけましたが、あの時にこれを受け取ったのだと思います。あの小舟を準備したのはサーバイト兵団長ですわね」

 テレナはミシウムに尋ねる。ミシウムは頷く。

「思い出すと魔王を倒すようにリストリア王から要請されてからミシウムさんは兵団と頻繁に連絡を取り合っていたようでした。時折、狼煙をあげているのを見たことがあります。魔王を倒してすぐに兵団がやってきたのはミシウムさんが呼び寄せたのですね?」

 それにはミシウムは答えない。テレナはベッドに座って前かがみにまっすぐミシウムを見返した。

「ミシウムさんはよかれと思って兵団の要請に応じたのだと思います。実際、兵団自体もわたくしたちを援護するためにミシウムさんに頼まれたのでしょう。ですが、魔王がいなくなってからは、わたくしたちを謀殺するために利用されました。……それに気づいてからでも兵団からの要請を拒否しようとは思われませんでしたの?」

 なおもミシウムは答えない。

「ねえ、ミシウムさん。なにか言ったほうがいいよ。黙っていたらよけいに疑われちゃうよ。テレナの言うとおりだとしても何か理由があるんでしょう?」

 ミシウムの隣に座っているジルが彼の肩を支えながら尋ねる。だが、やはりミシウムは何も喋らない。

「……これ以上はなにを聞いても無駄のようですわね。……ミシウムさん、わたくしたちはこの先、あなたと共に旅をすることはできません。ここでお別れです」

「待ってよ!」ジルが立ち上がる。「このなんとかの結晶を捨てればすむことじゃないか。ミシウムさんだって、僕らと一緒に兵団から一緒に命懸けで逃げてきたじゃないか。本気で裏切るならもっと楽にできる方法があったはずだよ」

「ジル」

 ミシウムがジルの袖口を引っぱる。

「……わしを庇うためにみんなと争わんでくれ。……テレナの言うとおりわしはみんなを裏切って兵団に居所を教えていた。バレてしまったからにはここにいるわけにはいかんな。出て行こう」そう言って立ち上がる。懐から先ほど飲み屋で使った残り百五十三ルフラを取り出した。「これは返そう。使った分は返せそうにないが……」

 テレナはかぶりを振って

「それは差し上げますわ。餞別としてはたいした金額ではありませんが、わたくしたちと違ってこれから先はお金がいくらか必要でしょう。食料も少しはお渡しできると思います」

 そう言って立ち上がった。

「今までありがとうございました。何度も命を助けていただいたこと、それに……式を執り行ってくださったこと……忘れませんわ」

 ミシウムに向かって頭を下げた。


 夜中にミシウムは宿の厩舎から馬を引っぱりだした。

「こんな夜に出ることはないよ。明日になってから行ったらいいじゃない。まだお酒が残っているんでしょう」

 ジルが必死になって止めようとする。

「夜風にあたれば酔いも醒めるじゃろう。わしがいたらみんなも落ち着いて眠れんじゃろうしな」

 ミシウムはそう言って笑った。背中に譲り受けた食料を背負ってから馬に跨がる。まだ酔いが残っているのか多少ふらつく。

 少し離れたところにライラが腕を組んでこちらを見ていることにジルが気がついた。だが、あえて気がつかない振りをする。

「これからどうするの?タルトニアに戻るの?ここでセレイヤさんと一緒に暮らせばいいのに」

 ジルの提案をミシウムは一笑に付す。

「あの子も結婚して旦那も子どももいるのにいきなり父親づらして名乗りを上げても戸惑うだけじゃろう。タルトニアで今度はまじめに神に仕えることにするさ」

 快活に笑いながら馬の手綱を捌いてライラの元に近づく。

「よう、馬の上じゃったらお前さんを見下ろせて気分がええのお」

 からかいながら言うミシウムをライラが見上げる。

「ちゃんと正直に言えばテレナだって、じいさんを許したかもしれねえじゃねえか」

 半ば怒った口調でミシウムを問い詰める。

 ミシウムはライラに顔を近づけて

「……そんなことより、ジルを男にしてやれ。かわいそうに毎晩ヤキモキして大変じゃないか」

 と、小声で言った。

「……バ、バカ!じじいには関係ねえだろ!」ライラは同じように小声で怒鳴る。ジルの方をチラリと向く。どうやら聞かれていなかったようでホッとする。「それにアイツはもうあたしのことは好きでもなんでもねえよ。きっと」

「本当にそう思ってるなら……お前さんも年に似合わず男心がわかっとらんな」

 呆れたようにミシウムが言いながら馬の脇腹を軽く蹴る。

 馬が静かに歩きだし、二人のそばを離れる。

「じゃあな、お二人さん。わしが言えた義理じゃないが、命は粗末にするなよ……。自分のも他人のもな」

 そう言って、二度と振り返らずにミシウムは去っていった。

「……テレナ、怒ってるのかな。最後まで降りてこなかったけど」

 ジルがライラに近づいて尋ねた。

「怒ってるわけねえよ。ただ……どうしても降りられねえだけだよ」

 自分たちが泊まっている部屋の窓を見上げながらライラは静かに呟く。きっと、あの部屋で声を立てずに泣きはらしているであろう、魔法使いの少女のことを思いながら。

「ところで、さっきミシウムさんと何を話してたの?なんかすごく怒ってたみたいだったけど」

 部屋に戻ろうとするライラの背に向かってジルがさらに問いかける。

「……お前を男にしてやれってさ」

「……?……!」

 一瞬の空白の後、意味を悟って赤面する。

「お前が人も殺せない臆病者だからな。少しは強くなってもらわないと、あたしたちの命がいくつあっても足りないだろうってさ」

 予想外のライラの加えた言葉に

「本当にそんなこと言ったの?」

 と、怒りで真っ赤になりながら返した。

「ああ、言ったさ」

「……いいや、言ってないね。ミシウムさんだったら絶対スケベなこと言ったに決まってるよ」

「ハハッ。信頼されてるな、あのじいさん」


「考えがあるのですが」

 翌朝の食事の時間にテレナが切り出した。彼女の正面に座っている二人はげんなりした顔をしたようで

「……なんですか?その顔は」

 とテレナに切り返された。

「いや、テレナになにか考えがある時ってろくな事がないから」

 ジルが正直に打ち明ける。

「ろくな事がないのは当然ですわ。わたくしたちがやっているのは命懸けの逃亡なのですから」

 朝食の炒り卵を口に運びながら力説する。

「……で、そのろくでもない事ってなんなんだ?」

「ろくでもない事って決めつけないでいただけますか」ライラの言葉にテレナが「ゼファンの結晶」を置いてみせた。「これを使って兵団をおびき寄せようと思います。……ジル、地図をみせていただけますか」

 テレナは残りの卵とベーコンをスープで流し込むとジルから渡された地図を床に広げはじめた。

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