第十二話:薄“氷“の校庭 - below the Surface -



 子供達が遊ぶ、のどかな古城。

 雪が積もった庭で小さな子達が走り回り、その姿を係の大人が微笑ましく見守る。


 それはこの古城を再利用した孤児院では、いつもと変わらぬ平和な光景だった。




 ―――だが、それは仮の姿だ。

 その地下深く、孤児院―――城塞研究基地「ルールー」の地下区画の一室。


 そこではけたたましいアラームが鳴り響き、そこにいた軍人たちを緊迫させていた。


「これは……」


「指令、基地遠方に数匹のバイラスの反応を検知しました」


 その報告に『校長』―――アングストは眉間にシワを寄せ、唇を噛む。


「またか……!」


アングストは苛立ちを隠せず、深く溜め息をついた。

 つい昨夜のバイラスの襲撃から、まだ一日も経っていない。そんな中の再度の襲来なのだ、憤るのも当然だ。


「警戒部隊は何をしているんだ、これほどまでに節穴とは!」


 アングストはつい今朝未明にあった、上官であるローゲ中将との対話を思い起こす。

「壁に異常はない」、確かに彼はそういった。壁内部の領域に突如涌き出た魔物は全て自然発生したものが繁殖したもので、自分たちが確認したものが唯一の群れであると。


 だが、この状況はどうだ。

 日付すら変わらぬうちに、築かれた防壁の内側に立て続けて新たな脅威が現れるこの現状。

 これの一体、どこが安全領域だというのか。


「まだこの城からはかなり距離がありますが、早ければ3日ほどでこの城に到達するかと」


「……近隣の防衛部隊に連絡を取れ。そう何度も、完成すらしていない遺骸兵器を実戦に投入するわけにはいかん」


 アングストはそう言い、指示を飛ばす。

 前回は唐突な出現だっただけに対処が遅れたが、今回はいくらかの時間の猶予がある。


 ならば本隊に連絡を取り、増援を頼めばいいだけのことなのだ。

 わざわざ虎の子の未完成な兵器を運用する必要など、ありはしない。


「承知致しました……この事は、クリスちゃん達には?」


「我が軍の同胞が駆除してくれるだろう、一先ずは伝えなくていい」


 そこでアングストは少し考える。

 このような状況が今後も続くとなれば、何れは今度こそ遺骸兵器パストメイルを実戦投入しなければならないような事態が発生することも起こりうるだろう、と。


 今回は他の実戦部隊にやらせればいいが今後のこともある。

であれば遺骸兵器の適合者たち―――特に、直近で志願してきたクリスには操縦訓練は必須だろう。


「ただ、今のうちに操縦士二名での模擬演習は行おう。……念のためにな」


「承知いたしました、準備いたします!」


 その指示に、司令室にいた軍人たちは早速準備を始める。

 実施は今夜。少し急だが、早いに越したことはないだろう。


「……クリスくん」


そこで、アングストはふと、戦いに志願してきたクリスについて考える。


 ―――しかし、意外だった。

 あの明るく快活な、戦争などというものとは最も縁遠いような少女が、自ら戦いに身を投じるような選択をするとは。


 思えば、ここにきた当初のクリスは誰にも心を開かなかったものだ。


 ―――最初期メンバー。


 この城塞型研究基地「ルールー」の設立時、最初に集められた子供達の総称。

 彼ら、彼女らの精神状態は著しく損耗しきっていた。もちろん、クリスもその一人だ。


 思えば、彼女はいつからあそこまで快活に、子供達の先頭に立つようになったのだったか。


 これ、といった大きな事柄も思い出せない。

 だがアングストは、そのことについてそれ以上に深く考えることはしなかった。


 子供というのは、時に大人の予測を遥かに超えて成長するものだ。

 きっと子供達同士の触れ合いの中で、なにかターニングポイントのようなものがあったのだろう。


「今は、そんなことを考えているときではないか」


 そうして、アングストは一先ず業務に戻る。



 ―――結局のところ、アングストはクリスの中の致命的なまでの歪みに、気付くことはなかった。




 ◇◇◇




「―――さ、本日の授業を始めます」


 アニータの号令と共に、孤児院では今日の授業が始まる。

 講堂には数十人の年齢も性別もバラバラな子供達が一同にかいして挨拶をする。


 しかし、その場にコルセスと、フレイの姿はなかった。


「あれ、せんせー、コルセスとフレイはー?」


 全員が友達同士の狭いコミュニティである孤児院だ、それに子供達が気付かないはずもない。

 当然、教師であるアニータへと疑問の言葉が飛び交った。


「……二人は、ちょっと昨日の夜に怪我しちゃってね、今は医務室で安静にしているわ」


 嘘は言っていなかった。


 コルセスは怪厄バイラスに片腕を喰われ負傷、意識こそあるものの絶対安静状態。

 本人も「気分ではないからちょうどいい」、と少し不貞腐れたような様子であった。


 フレイは怪我こそ軽微だが、重大なのはその心の傷。

目前で親友の腕が噛み千切られる様は、彼女に重篤なまでのトラウマを刻み込んだことは言うまでもないだろう。

 

結局のところ、昨夜の一件以降一度たりともその目を覚ますことはなかった。



 ―――二人とも、理由こそ伏せているものの、怪我をして医務室にいることは紛れもない事実なのだから、決して嘘ではない。


「怪我って……なにやったのあの二人」


「まさか、二人で逢い引きとか?」


「まっさかー!そんな柄じゃねえだろお互い!」


 そんなことも知らない子供達は、思い思いに彼らの不在の理由を茶化す。


これはこの城ではいつもの光景だ。病欠したりした不在者はいじりにいじり倒され、復活した際には新たなあだ名やネタが出来上がるのだ。


「……」


 そんななにも知らない子供達の和気あいあい様子を、フィラナは神妙な面持ちで眺めていた。


 そしてその視線は滑り、今度は巻き込まれた四人組のうち登校している二人へと向けられる。


―――視線の先は、クリス・ファレノプシーだ。


「なぁクリス達はなんか知らないのか?仲良いだろ?」


 見ると、周りの子供達に理由を聞かれてるらしい。確かに、なにかあればいつもつるんでいる子に聞くのは当然だろう。


 ―――だが、彼女らも傷付いている、平然と受け答えすることなど―――


「どーなんだろ、でもお似合いだよね、あの二人!」


 ―――え?


 フィラナは驚き、思わず声をあげてしまいそうになる。

その目に映るクリスは、いつも通りの笑みで周りの子供達と歓談している。


 ―――何故、彼女はあそこまで平静でいられる?


 そこでフィラナは朝唐突に伝えられた報告を改めて思い出す。

遺骸兵器パストメイルのテストパイロットに、彼女が自ら志願した」。


 そのことを初めて聞いた瞬間は、驚きと共に僅かながら彼女を心配する気持ちが沸いたのが事実だった。


 あのような一件に巻き込まれた彼女が、平静でいられるわけがない。戦いなんてものとは無縁な彼女がそんな簡単に戦う決断をして、後悔や恐怖を感じてはいないのか、と。


 ―――だが、目前の彼女の様子はどうだ。


 フィラナがここにきてからまだ一日目、まだ面々のパーソナリティに明るくないといってしまえばそこまでだが、クリスのだいたいの人となりは分かったつもりだった。

それしたって、いくらなんでも彼女の反応は異常ではないか。


 そこでフィラナのその視線は、もう片方の戦いに巻き込まれた少女―――ククリにも向けられた。


「ね、ククリは知ってる?」


「あ……いや……わかん、ないかな」


 そちらの方はかなり落ち込んでいる様子で、周りの追求に少し辟易してるようだ。


 それが普通だろう。

 だって、あれほどの惨状。しかも彼女たちはついこの数時間前まで、遺骸兵器パストメイルの存在も、大人たちの真実も知らなかったのだ。


 ショックを受けて当たり前なのだ。

 だというのに、あのクリスという少女は―――



 そのように考え込むフィラナ。


 ―――だがその思考は、隣にずずいと座り込んできたクリスの明るい声に描き消された。


「いやー!わたしとフィラナちゃんも、あのくらい親密な関係になれたらなー!」


「……耳元でわざとらしく言わないで聞こえてるから」


 フィラナは少し困惑しながらも、クリスの言葉に反論する。

 親密な関係になど、なれるわけがない。


「フィラナちゃんが!わたしの言葉を聞いてくれている……!感動!」


 だがそんな言葉は一切響かなかったらしく、クリスは明後日の方向に感動して一人喜ぶ。


 その様子を見て、周りの子供達も安心と共に笑みを浮かべる。


 ―――あぁ、いつも通りのクリスだ、と。


「……どうして」


 疑問を隠せず、フィラナはクリスの顔を見つめた。


「?、どしたのフィラナちゃん、わたしの顔なんかついてる?」


 見つめて、見つめて、見つめた。


 ―――だが、そこまできてフィラナもある考えに行き当たったことで、それ以上の思考をやめることにした。


 なぜなら―――


「別に、なんでも」


「えー?きになるきになる!」


 いくら見てもポカンとした能天気な顔があるだけだったから。


 ―――多分、この娘はただ、阿呆なのだ。


フィラナはそう結論づけた。

 思えば今日までの言動で、彼女に知性を感じたことなどない。


 もしくは、このような状況下だから、と過剰に明るく振る舞ってるのかもしれないが、それだって深い意味のあることではないのだろう。


 そう、フィラナは一人納得して思考を閉じる。

 我ながら無駄な心配をしたものだ、と自嘲ながら。


「ほら静かに、授業を始めるわよ!日直、号令!」


「きりーつ」


 アニータは生徒たちのHR中の雑談を切り、授業を始める。


 ―――こうして昨夜のことは全くなかったかのように、今日も『孤児院』の一日は始まるのだった。




 ◇◇◇




 授業は一先ず終わり、昼食の時間がやってくる。


 軍学校でいくらか学んでいたフィラナにとってはとても退屈な内容ではあったが、なかなか学習の機会がなかった孤児たちは皆、新鮮な気持ちで勉強をしていたのが印象的だった。


 ―――一瞬、自分は比較的恵まれていたのでは、と思ってしまうくらいには。


 フィラナはおもむろに講堂を後にし、食事に向かおうとした。

 鞄には部屋から持ってきた栄養食がある、それを頂いてから、人気のないところでゆっくりと本でも読もう、と。


「ね、フィラナちゃん!」


 ―――だが、そんな計画は秒で打ち砕かれた。


「……何」


 心底嫌そうな顔で、フィラナは振り向く。

 振り替えると、そこには満面の笑みでこちらを見つめるクリスの姿があった。


 ―――今朝知らされた事実を聞いていたフィラナは、心中穏やかではなかった。

 つい昨夜真実を知って、その上に戦う決断をしておいて。それでいてこの余裕は、本当に一体なんなのだろうか。


 少なくとも自分は、初めて親の仇を取るために戦うと決意した日には心中が怒りと不安とで一杯だった。


 だというのに、この目前の阿呆は―――


「みんなでごはん食べよ!」


「……遠慮しておきます、独りで過ごしたいので」


 フィラナの胸中の葛藤などおかまいなしに、クリスは執拗に誘う。


 だが、それをフィラナは塩対応で断り続けた。

 どうせ、そのうち諦めるだろうとたかをくくっていたからだ。


「まーまーそういわず!」


 ―――だが、ついにクリスは実力行使にでた。


 腕を服ごとひっつかみ、せがむように抱きついた。


「きゃっ!?ちょっと、離れて!」


「おねがい!一緒にごはん食べて!一回だけ!一口だけでいいから!」


 その姿はギャーギャー騒いでいる二人と相まって大変目立つ。


 周りの生徒たちの視線は一転集中、もはや注目の的だ。


 これにはフィラナも参った。なにせ、元来注目されることは得意ではない。

 昨日の初めての挨拶の時だって、早く打ち切りたくてわざと不機嫌なような態度を取っていたほどなのだから。


「な、ちょっと!引っつかないで!わかった行く、行くから!」


 ―――画して、彼女は根負け。


 ぼっち美少女軍人はめでたく、仲良しグループの食事へと強制連行の憂き目に遇うこととなったのであった。


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