第一話:“白“の少女 - preliminary Children -
----西暦2517年
1月21日:06:23
―――辺りを深い森と山で囲まれた、石造りの古い城。
そこに、天から突き刺さったかの如く聳え立った白い塔の最上階。
そこに、その一人の少女は立っていた。
透き通るような白い髪、朱い瞳を持つその少女は塔の縁に腰掛け、遠くをただ見つめ続けていた。
「―――うん、今日も良い風だ!」
彼女の名は、クリス・ファレノプシー。
この白い塔のある城、「ルールー城」に住まう孤児の一人だ。
彼女がここに来たのは数年前。荒廃した街でゴミを漁って暮らしていたところを軍人に捕縛、連行されたのが切っ掛けだった。
その後軍の施設で散々検査を受けさせられた後に彼女は、この何故か孤児院のような機能をもった城へと移されてきた。
ここにいる子供達は、皆自分と似たような境遇の持ち主ばかりだった。
中には、無理やり自分達をここに押し込めたとして、軍に反感を持つ者も少なくはない。
だが、彼女は違った。
―――クリスは広い部屋と美味しい食事、それが享受できることが堪らなく嬉しかったのだ。
何も持っていない自分に、ここまでしてくれることの意味が解らないが、それでも自分が今生きていられるのは彼らのお陰だと、心の底からそう思えていた。
日々生きられること、ただそれだけが、クリスにとっては奇跡のように思える。そんな彼女だからこそ、職員達とも、他の子供達とも良好なコミュニケーションを築くことができていた。
―――山の向こうから、太陽が昇る。
この高い塔の最上階から日の出を見つめることは、彼女の日課だった。
「―――んー!さて、そろそろか」
それを見届けると、クリスは背伸びをしてから立ち上がる。
19時には、全員起きてきての朝礼が始まる。
ちょっと早めに向かって、先生達と談笑でもしよう。そんな考えと共に、彼女は歩みだした。
―――今日もきっと良い一日になる。
そんな淡い期待と共に、彼女は眼下に映る仲間達の居る宿舎を優しく見つめながら、毎日の朝礼の場である講堂へと向かっていくのだった。
◇◇◇
「―――本当に、彼女達を使うのですか?」
一人の女性が、重々しい表情で呟く。
そこは研究設備が足の踏み場もないほどに至る所に設置された、隠し施設だ。
「今更だよ、『先生』。彼らを連れてきたのは、そもそもその為だろう?」
白衣を着た如何にも研究者然とした様相の男は、眼鏡を傾けながら『先生』と呼ばれた女性を見つめる。
それに対し、彼女はなにも言い返すことはできなかった。
「―――未知の脅威である『バイラス』に対抗するには、あの子達を使うしかないんだ」
―――そう、この孤児院はその為の物。
彼らを人類の生存を賭けた戦争、その為の道具に仕立てあげる為に造られた偽りの揺り籠。
そこに勤務する従業員―――『先生』達は皆、彼らを戦闘に駆り出す際にサポートに回るため配備された軍人だ。
上層で暮らす子供達に悟られないよう、ここと外の行き来は城に設置された教員用宿舎のみから行うことが義務付けられている。
「……この数年間、彼らと接したことで情が涌くのも無理はないがね」
そういい、研究者風の男は天井を扇ぐ。
彼も、昼間は職員として上層で子供達とふれあい、勉強を教えている。
子供達からは『校長』などと呼ばれ、慕われる存在だ。
その由来は、他の職員が彼を上司と扇いでいたことだったのだが、それも当然だ。
彼こそ、このルールー城、もとい『バイラス』対策班総合本部基地「ルールー」の管理者にして対バイラス兵器開発計画である『パストメイル・プロジェクト』最高責任者である、アングスト中佐その人なのだから。
「君もこのプロジェクトに従事する軍人だ、割りきりたまえ、アニータ中尉」
その言葉に『先生』、アニータは唇を噛む。
―――そうだ、そもそも私はその為にここに配属されたのだ。
人類を護るため。人類存続のその糸口を掴むという、その大義を背負って。
「……はい」
「そろそろ朝礼だろう、行ってあげなさい『先生』」
そう口にした瞬間、アングストの表情はそれまでの険しい物ではなく、とても穏和な優しげな表情となる。
それは、上層で子供達に見せる顔。
軍では見せることのない、彼本来の姿だった。
「―――あの子達が、待っている」
その姿に、アニータは少し安心をしながら部屋の扉へと向かう。
「失礼致します……『校長』」
そう言い、アニータは部屋を後にする。
軍人としての仕事は、一旦終了だ。
これから夜まで、孤児院の職員である『先生』としての仕事が始まる。
これまで、この仕事をしているときだけは、辛い現実を忘れられた。
だが今日からは、彼らを戦場に送り出すことを考えながら見守らなければならないのだ。
地下通路を通りながら、彼女は唇を噛み締める。
―――どんな顔をして、皆に会えばよいのか、と。
上層に着くまでに整理を付けよう。そう彼女は決心し、エレベーターへと乗り込んだ。
―――瞳の端から、一滴の涙が零れ落ちたことには、本人すら気付かないままに。
◇◇◇
―――時は、西暦2517年。
極東の小国に隕石が突如飛来した『天雷』と呼ばれる大災厄が勃発してから、丁度500年が経過した年。
世界は交わり、そして繋がった。
遺された者が、新たな歴史を紡いだその先の未来。
―――再び世界は、新たな災厄により滅びの危機に瀕していた。
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