第二話:“暁“の朝礼 - turning Point -




 城の庭園を、早歩きで通りすぎる。

 遠くの宿舎を見ると、早起きな何人かは既に目を覚まし、顔を洗ったりしている。


 皆が起きるよりも数時間起きるのは、クリスの日常だ。


 理由は簡単。楽しい毎日を過ごす、それが彼女のもっとも楽しく、優先されるべき物だ。

 そのためには一日を如何に長く過ごせるかが重要だ。

 だから彼女は夜遅くまで友人達と談笑し、誰よりも早く起きて辺りを散策する。


 ―――それこそが、彼女の生きる理由であり、指針だった。




 クリスが城の講堂へと足を踏み入れると、そこには既に『先生』が席につき、考え事をしているのが伺えた。


「せーんせっ!おはよーございます!」


 クリスはいつもの調子で、元気いっぱいの挨拶をする。

 これもまた、いつもの光景だ。

 誰よりも早く起きて、一番乗りで講堂にエントリー。

 そしてそこからの職員達との談笑。


 ―――だが今日は、いつもとは少し様子が異なっていた。


「……あ、あぁ、クリス!おはよう」


 声をかけられたアニータ先生は、驚いたような素振りをしてから慌てていつもの調子へと戻った。


 だが、クリスにそんな小手先のごまかしは通用しない。


「……アニータせんせ、なんか悩みごととかあったりする?」


「―――っ」


 ―――心の底から自身を心配してくれている、純粋な瞳。

 それが今のアニータにとって一番心に突き刺さるものだった。


「……わかった!」


「えっ!?」


 突然のクリスの言葉に、アニータは心臓を掴まれたような恐怖に苛まれる。


 ―――もしかして、計画のことが聞かれていた?いやしかし、地下区画には監視カメラが張り巡らされている、侵入者などいればすぐに……



「―――さては彼氏が出来ないことに悩みに悩んで、悲しんでいると見たよこの聡明なクリスは!!!!!」


「……よかった」


 思わずため息をつく。

 アニータは一瞬、計画のことが発覚してしまったのかとヒヤヒヤした。


 ―――それにしてもクリスの時たま見せる超人的なまでの洞察力には驚かされるし、ヒヤヒヤさせられる。

 以前、森の中の緊急搬出用通路が生徒に発見されたときも、探検隊の隊長はクリスだった。


 天性の直感と、類い稀なる身体能力。


 まさしくクリスは、外来の生徒の中では一二を争うほどに、プロジェクトへの適性のある少女だった。


 だがそれが裏目に出ることも少なくはない。彼女の突発的な思い付きに、軍人たちがなんど肝を冷やされたことか。


「なにも、悩んでなんかいませんよ。……それより折角早く来たのだし、黒板を綺麗にするのを手伝ってもらっていい?」


 アニータは誤魔化しの意味も込めて、クリスに頼み事をする。

 講堂に置かれた、大きな黒板の掃除だ。


「黒板……?今日使うの?授業のときも滅多に使わないのに」


 クリスが言うのも無理はない。普段の授業は、もっぱら端末ギアを介して行われている。

 アナログでの筆記も授業にはもちろんあるが、基本的にはそういった機器やアプリケーションを使用するものがほとんどだ。


「―――まさか!」


 そこで、クリスの直感が再び発揮された。

 そうだ、黒板を使用する伝統行事があるではないか。


「えぇ、そのまさかよ」


 アニータはクリスのその表情から、彼女が答えに行き着いたことを察する。


 そう、それは新たな風を呼び込む通過儀礼。


「―――今日はね、転入生が来るの!」


 ―――転入生の歓迎会の開催を意味する準備だったのだ。




 ◇◇◇




「ふわぁあ……ねっみぃんだけど」


 金髪の少年があくびをしながら、ゆっくりと講堂に足を踏み入れる。

 頭は寝癖で爆発したようになっていて、服もヨレヨレ。

 如何に彼が朝礼に対してやる気がないかがよくうかがえる姿だった。


「ちょっとコルセス、シャキッとしてよ!朝礼があんだよ!」


 それに対し注意するのは、彼と同時期にこの孤児院にやってきたピンク髪の少女、フレイだ。


 二人はここに入所してからというもの、顔を合わせれば口喧嘩、かと思いきや少し良い感じの雰囲気になったりと、離れたりくっついたりを繰り返して周囲をやきもきさせていた。


「まぁまぁ、落ち着いて……」


「「落ち着けるか!」」


「えぇ……やっぱ仲良しじゃん……」


 そんな二人に振り回されているのは、彼女たちよりも少し早くこの施設にきた翠色のショートヘアーが特徴的な少女、ククリだ。


 彼女はその元来のお人好しで面倒見のよい性格から、度々二人やクリスに振り回される生活を送っている。

 だが端から見る分には大変そうだが、本人としては楽しいから良い、らしい。


「ちょっとコルセス!あんたのせいで皆より遅れちゃってるじゃん!」


「俺のせいじゃねぇよ!大体、朝7時なんかに朝礼を設定しやがる大人連中がバカなんだよ!起きれるわけねぇだろ!」


「あんたが朝起きれないくらい子供なだけでしょー!」


「誰がガキだ!」


「鏡見ろ!」


「あーーー……また始まっちゃった」


 言い合いをする二人を、ククリが「どーどー……」と諌めながら抑える。


 ―――こんな光景も、日常の光景だ。


「こらそこ!早く席につく!」


「「……はーい」」


 遠くで喧嘩しているのを見かねたアニータ先生が、叱責を飛ばす。


 それを受けて二人は渋々といった様子で、すごすごと空いてる席についた。


「相変わらずだねー、おふたりさん!」


 しゅんとした様子の二人に語りかけたのはクリスだ。

 クリスはこの施設内の人間、全員と良好な関係を築いている。

 それはもちろん、この3人も例外ではなかった。


「……チッ、フレイがぐちぐち言ってこなければ……」


「コルセスがだらしないのがそもそもでしょうが……」


「もういいから……先生の話聞こうよ……」


 叱られてもなお、三人組はわちゃわちゃとしていた。

 だがそんな様子を見届けながらも、クリスは落ち着かない様子でいた。

 転入生の登場を待ちわびていたのだ。


「……クリス?なんか今日いつもよりなんかウキウキしてない?」


 その様子に、ククリが気付く。


「ふっふーん……わっかるー?」


 鼻を鳴らしながら、部屋の扉をじっと見つめるクリス。

 その様子を見てか、アニータ先生は少し笑みをこぼしながら、講堂全体に聞こえるように大きな声で周知する。


「―――ではここで、緊急発表!」


 アニータの言葉に、生徒達全員がざわつき始める。

 その反応の良さといったら、一体何事かと席を乗り出して聞き取りに必死になる者までいたほどだ。


 ―――彼ら、城に籠った孤児たちは、常に新しい話題に餓えているのだ。


「実は今日、この孤児院に新しい仲間が入ってきます!」


 アニータの発表に、講堂全体から歓声があがる。

 新しい仲間の加入。それはここに住まう子供達にとって、大変喜ばしいことだった。


 皆の喜ぶ様子を見届けながら、アニータは咳払いをする。

 そしてある程度皆の話し声が落ち着くと、廊下に向けて遂に呼び掛けた。


「さぁ、出ていらっしゃい!」


 ―――その瞬間、講堂横の扉がゆっくりと開く。


 そこから現れたのは、美しい水色の髪と、吸い込まれるようなエメラルドグリーンの瞳が特徴的な少女だった。

 その服装は、軍服と学生服を合わせたようなデザインで、全体の印象から彼女がクールな性格であろうことを全面的に訴えかけていた。


「―――」


 講堂の中央にたどり着いたものの、彼女はなにも口にしようとしない。


 ただ無表情で、そこに突っ立っているばかりだった。


「……え、えぇと、それじゃあ自己紹介を……」


 アニータが思わずたじろいでしまうほどに、彼女は何も口にしなかった。


 自己紹介をしろ、と命じられたことを受けて、ようやく彼女は口を開いたのだった。




「……フィラナ」




「―――フィラナ・Fフィーリエ・カリブルヌス。以上です」


 簡潔な自己紹介。

 それ以上伝えることなどない、と言わんばかりの態度に、誰もが困惑したことだろう。


「……え、えぇと!では皆、フィラナちゃんに質問がある人は手を挙げて!」


 予想外に無愛想な態度に思わず閉口してしまったアニータであったが、なんとか建て直そうと本来用意していたプラン通りに歓迎会を進行しようとする。


 生徒達も一瞬の驚きこそあったが、それを忘れたかのように無邪気に挙手をしだした。


「えーと、じゃあククルちゃん!」


 その中から一番に選ばれたのはククリだ。


「えっと、フィラナちゃんの好きな食べ物はなんですか!」


「ベタかよ……」

「余計なこといわないの!」


 即座に反応する二人と、それに苦笑するククリ。

 いつも通りのやりとりをしながらしたフィラナへの質問は、とても王道なものだった。


 アニータの狙いはこれだ。

 品行方正なククリなら、正にこれ!という質問をしてくれると信じて選んだのだ。


 ククリは普段から先生達の手伝いをしたり、年少組の面倒を見たりと何かにつけて姉的な立ち回りをすることが多い。

 そんな彼女となら、氷のようなフィラナの心も溶かせるのではないか。


 ―――だが、そんな思惑は脆く打ち砕かれた。


「特に、ないです」


「あぇ……」


 鋭い口調でぴしゃりと会話を断ち切るフィラナ。

 その塩対応っぷりといったら、教師であるアニータすらも少し絶句するほどのものだ。


 あまりにも拒絶の姿勢を全面に押し出す態度に、流石のククリもすごすごと席につく。




 ―――その後も質問等はぼちぼち上がったものの結局、歓迎会を兼ねた朝礼の中で、名前を口にして以降彼女が会話を広げようとすることは一切なかった。



 そうして誰もが心が折れ、手をあげなくなったその時。


 それでもなお、大声で手を挙げ続ける者がいた。


「はーい、はーーーーっい!!!!!」


 もちろんその人物はクリスだ。

 必要以上に元気なその声は、アニータの不安をにわかに掻き立てる。


「―――では、クリスさん」


 ―――どう考えても、クリスとフィラナは正反対の性格だ。

 謂わば水と油。このまま元気はつらつどころか元気爆裂なクリスと絡ませたら、何が起こるか分かったものではない。


 ―――だがクリスの第一声による衝撃は、そんな不安を優に飛び越えるような大爆弾だった。


「えっとね、フィラっち!!!」


「――――は?」


 ―――フィラナの表情が、初めて崩れた。


 先ほどまでの無機質なものではない、心の底から困惑を抑えられないようなそんな顔。


「なんか響きがいいと思って今つけたあだ名!」


 脈略の一切ない命名宣言。


 それを聞いたこの場に人々、フィラナ以外の誰もが胸に同じ感想を抱く。


 ―――あぁ、クリスは今日も平常運転だ、と。


「何を勝手に―――」


「それで!わたしからしっつもんです!」


 フィラナの反論を超速で遮り、何事もなかったかのように質問を始めるクリス。


「―――っ!」


 もはや頬を膨らませ、怒りを抑える気すらないフィラナ。

 ―――だが、彼女は至って冷静だった。

 訳のわからない目の前の女が言わんとしていることが何か、その思惑が何か。

 それを探ろうと、クリスが質問を口にするまでは反論をしないようにしよう、と。


 誰もが、クリスの次の言葉に注目している。

 もちろん、不安からであるが。


 それを知ってか知らずかクリスは勿体ぶりながら、キメ顔をしつつフィラナを見据える。



 ―――そしてついに、言葉が発された。




「―――私と、親友になって!」




「―――はぁ!?」


 ―――そんな、突拍子もない言葉と、困惑の声が、講堂に響き渡ったのだった。




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