第三話:“若芽“の交錯 - girls of Passing -


「はぁぁぁぁ……」


 ―――机に突っ伏し、深いため息を漏らすのはもちろんクリスだ。


 今はもう朝礼から早数時間、昼食の時間だ。

 生徒達は大きな食堂に集い、いくつかのグループに分かれて食事に舌鼓を打っている。


 そんな中でただ一人項垂れて落ち込んでいたクリスに、お盆を持ちながらやってきたコルセスが声をかけた。


「……そりゃ、そうなるだろ」


「なんでぇ……だって私、変なこといってないよ……?」


 コルセスの言葉を聞いてもなお、自分はおかしな

 ことなど言っていないと主張するクリス。


「いやー?」


 その様子を見たフレイは、改めて朝礼の情景を思い出す。




 ◇◇◇




「私と、親友になって!!!」






「―――いやです!」




 ◇◇◇



 あまりにも突拍子もない打診と、無慈悲なまでの否定。




「まぁ、いきなり親友は流石に、ねぇ?」


「でも、なりたいし……」


「ま、あの女も大概だけどなー、態度悪すぎだろ」


 コルセスは窓から外を見る。

 その視線の先では、一本の木の下で本を読むフィラナの姿があった。

 何人かの生徒が彼女を誘おうと近づいていったようだったが、少し話すとすごすごと撤退をしてくる。

 どうやら勧誘には手酷く失敗したらしい。


 ―――二人が正反対であることを露骨に表したあの対話は、フィラナの人となりを如実に皆に示した。


 ―――クール、無慈悲、冷酷。


 それらが彼女が皆に示した性格であり、その多くは実際に当てはまるものだ。


 その態度が、コルセスには不快に映ったのは事実だ。


「ノリが悪すぎるっていうか、何考えてるかわかんねぇっつーか」


「そこが魅力じゃあん……」


「なにいってんだこいつ」


 ふにゃふにゃした声で戯れ言を漏らすクリスは、ため息をかかさない。

 かれこれ数時間、彼女はずっとこんな調子だった。


 そんな様子に流石にどうにかしなければと考えたククリは、励ましの言葉を口にする。


「ま、まぁまぁ、焦らなくてもクリスならそのうちなれるって」


 ―――その言葉を聞いた瞬間、クリスは光の如き速度で立ち上がり、ククリに詰め寄る。


「ほんとっ!?」


「うんうん、ほんとほんとー」


 真顔で身体をひたすら揺らしてくるクリスに対し、適当な返事をするククリ。


 周りの生徒達も、それを見て特に騒いだりもしない。


 ―――あぁ、いつも通りの四人組だ。そう思うだけだ。


「よっしゃなんかやる気出てきたー!!!!」


「単純かよ」


 ひとしきり暴れて落ち着いたかと思ったクリスは、全力で空へとガッツポーズを掲げる。


 あんまりにもテンションの乱高下が激しいのもいつも通り。


 だが、共に居たフレイにはそれがいつもとは少し趣が違うことに気付いた。


「大体、なんでそんなにあの子と親友になりたいのよ」


「?、だって、みんなでなかよくしたいじゃん」


 当たり前だ、というようにクリスは口にする。


「……まぁ、そりゃあね」


 確かにそれは一般論だ。

 だがあくまでも理想論だ。あれほどまでに拒否されてまで、何故友達になどなろうとするのか。

 今までこの施設に来た子供達は数多いが、あれほどまでに拒絶を剥き出しにしてきた者はいない。


 そんな相手と、どうして友達、しかも親友になろうなどと思えるのか、とそんな疑問が渦を巻く。


「わたしはさ、少しでもずっと長く皆といっしょにいたいの」


 ―――だが、そんな疑問は次の言葉で氷解する。


「それになんだか、寂しそうだったから」



「―――短い人生なんだからさ、楽しくなきゃ損でしょ?」



「―――」


 ―――あぁ、そうか。

 クリスの言葉に、食堂にいた誰もが言葉を飲む。

 そう、彼女は人間なのだ。


 限りある人生を、最大限に楽しく生きる。

 そうでなければ、生きている意味などないと。


 それこそが彼女の指針であり、存在理由なのだと。


「……クリスらしいな」


「でしょー!」


 クリスは無邪気に笑い、食器を片付け始める。

 荷物はほとんどない。

 彼女は常に、着の身着のまま気の向くままに楽しい日々を歩みだす。


「じゃ、わたし年少組と遊んでくるから、じゃねっ!」


 食器を『食堂のおばさん』に渡すと、ダッシュで遊びに向かうクリス。


 そんな彼女の去った後には、余韻にも似た一種の静寂が場を支配したのだった。




「……なんやかんや、色々考えてるよなあいつ」


「まぁ、うちらん中じゃ一番辛い目にあってるしね……」


「パット見アホっぽく見えても、ほんとは頭のなかで色々考えてくれてるんだよ、クリスはさ」


 ―――本人の預り知らぬ中、そんな会話がぼつぼつと食堂に響いた。



 ◇◇◇



「―――フィラナ特務少尉、流石に朝の態度はだな……」


 城地下深くの隠し施設。その一角である研究室では、三人の人物が面談という名の反省会を行っていた。

 最初に口を開いたのは『校長』だった。

 それに続き、重い口を開き弁明を口にしたのはフィラナだった。


「……任務の内容上、彼らと交流を行う必要性はないと判断致しましたので」


「だからってなぁ、少尉……彼らはもちろん、君も子供なんだ。任務とはいえ、ああいうときくらいは―――」


 ―――対バイラス対策兵器開発局所属、フィラナ・Fフィーリエ・カリブルヌス特務少尉。

 それが彼女の真の姿だった。


 少女でありながら、対バイラス戦闘において高い成績を残したエリートコースに乗った精鋭新兵。

 それが彼女だった。


 ―――それだけに、この部隊の現状を初めて見た

 瞬間の衝撃は、とんでもないものだった。


「……それは上官としての命令でしょうか?」


 ―――彼女はつい最近、この部隊に所属したばかりだ。


 それ故に、自身の所属する部隊がよもや、実験体こどもたち相手に教師ごっこに興じているなど夢にも思っていなかったのである。


「いや……もういい」


「では、今後も同様の対応にて任務に当たります」


 あくまでも、これは任務だ。

 彼らも、いつかは軍の命令一つで死地に送られる存在。

 それであればコミュニケーションや、過度な生存への期待を持たせるべきではない。


 それがここに来るまでに字面だけを見てフィラナの考えていた、操縦士養成計画スクールプランだった。


 だがそれが実際はどうだ。

 自身の上司は実験体に『先生』などと呼ばれ、慕われている。


 それがフィラナには、我慢ならなかった。


 深くため息をつくと、手にしたミネラルウォーターを飲むフィラナ。


 そんな頑なな様子のフィラナを見て、アニータはつい呟く。


「―――クリスに話しかけられたときは、結構元気そうだったのに」


「―――っ!?」


 その言葉を聞いた瞬間、フィラナは真っ赤な顔で口に含んだ水を吹き出す。

 気管に入ったのかゲホゲホとむせてタオルを手にとる。


「ど、どうした少尉!?なにかすごく動揺しているようだったけれども、彼女に何か思うところでも?」


「い、いえ……ただあの、馴れ馴れしい態度が大変、非常に不快でして……」


 なんとか体裁を取り繕おうと、むせながら口にするフィラナ。

 そんなフィラナに、アニータは追撃をかけるように言葉を続けた。


「またまたそんなこといって、友達になってくれるって言われて、少し嬉しかったんじゃない?」




「―――!」


 その言葉に、再びむせそうになるフィラナ。

 だがそれをなんとか飲み込むと、即座に荷物をまとめて部屋の扉へと走った。


「……体調が優れないため、失礼致します!」


 アニータ達が止める間もなく、フィラナは外へと駆け出した。


「あ、おーい!夜の起動試験の集合には遅れるなよー!」


『校長』の声が届いたかどうか、わからないほどに全力で走り去るフィラナ。


 そんな様子を、廊下に出た二人はただひたすら、見送っていた。


 無感情だった彼女が見せた、始めての表情。

 それを受けて、二人の大人達は言葉を交わす。


「―――アニータ先生、彼女をよろしく頼むよ」


「はい、わかっています校長。……もしかしたら、彼女は私たちが思っている以上に普通の女の子なのかもしれませんね」


 来る前に聞いていた彼女のプロフィールは、それはもう凄いものだった。

 訓練成績や実地での評価はA+。

 だがコミュニケーション能力や、協調性といった項目は全てD判定。


 そんな彼女は、その高い成績に反してどの部隊でも馴染むことはできなかったという。


 ―――だが、一瞬でも彼女の心を動かしたクリスならば、或いは。


「……あぁ」


 そんなことを考えた瞬間に『校長』、アングストは一転、吐息を漏らす。


「……そんな子供達に、我々は犠牲を強いなければならないんだ」


「……」


 重い静寂が、場を支配する。

 対バイラス兵器開発計画「パストメイル・プロジェクト」。

 軍にとって彼ら孤児達は、その操縦士パーツとして採集かくほされた素材に他ならない。


 ―――今の人類の状況から、そうせざるを得ない大義があることは理解できる。

 だが、そんな考えに反発している自分達がいた。だからこそ、現場の独断でこの学校、孤児院のような環境を作り上げたのだ。


 ―――だがそれは偽善だ。


 結局のところ、彼らを戦場に送り出すことに代わりはない。

 近い将来、彼らには本当の信実を伝えなければならないだろう。


 ―――その時、彼らが自分達のことをどう思うか。



「お互い、嫌な時代に産まれたものだな」



「……えぇ、全く」


 そう口々に呟くと、二人は天井を仰ぐ。


 ―――その視線の先の先では、何も知らない子供達が木漏れ日の下、無邪気に遊んでいるのだった。





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