第四話:“蒼“い衝動 - peaceful Collapse -



「―――」


 茜色に染まる空の下、誰にともなく少女は呟く。


 時間は既に日も沈みかけている夕方。

 ―――あれからフィラナは、城敷地内にそびえ立つ監視塔の頂上へと来ていた。


 ここに来たのは、ちょっとした思い付きだった。

 誰もいない場所でゆっくりとしたい。

 そう考えたフィラナは、敷地の端の端に立っていたこの塔に来ることを思い付いた。


 この塔、監視塔「トランジ」の本来の用途は、接近するバイラスがいないかの監視用である。

 つまりはこの計画が組織されてから、この城に設置された軍事施設。

 その場所であれば、他の生徒達が立ち寄ることもあるまい。


 そう考えたフィラナはここで一人黄昏、独り言を呟いていた。


「……自分達の置かれている状況も分かってないあんな能天気な子達と、友達になんてなれるわけないじゃない」


 彼らは知らない。

 自分達が、何のためにこんな古城に集められているのかも。


 ―――人類を襲った未曾有の大災害から500年目。

 突如地上へと出現を始めた「バイラス」と呼ばれる新種の魔物は、人類達の生存圏を瞬く間に縮小させた。


 高い繁殖力と、既存術式への耐性。

 その圧倒的な物量と戦闘能力を前に、既存兵器メイルは瞬く間に駆逐されていくばかりだった。


 そして、それに対抗する為に産み出された新型兵器開発計画が、自分達が従事する「パストメイル・プロジェクト」だ。


 ―――そして私を含めたここに今居る子供達は全員、その兵器運用の為の実験台。


 それを知らない生徒達と、あたかも何も知らないかのように振る舞っている『先生』達。


 その関係が、フィラナには酷く歪に映った。


 ―――これから死にゆく自分達に、何故余分な生存への期待を持たせようとするのか。


 そんなことを思いながら、ため息をつく。


 この古城だってそうだ。

 人類生存圏の端、最前線の近郊。

 開発された「パストメイル」をすぐに実戦運用できるよう、基地としての機能を持たされた研究施設。


 いざとなれば、真っ先に戦場になるのはこの城なのだ。

 だというのに、ここに住まう彼らは―――



「はぁ……」


 彼女は、別に少年少女達に憤っていたわけではない。むしろ、彼らの無知を憂いていたのだ。




 ―――そして、フィラナが深くため息をついたその瞬間。


「―――ねぇっ!!!」


「きゃあ!?」




 突如、背後から声が響いた。


「な、何……」


「あ、いきなり声かけちゃって驚かせちゃった?」


 そこに居たのは、朝の朝礼で急に「親友になろう」、などとほざいたきた少女。

 確か―――そうだ、クリス。


「いや、なんか一人で悩んでるみたいだったから、いっしょに考えてあげようと思って!」


「はぁ……?」


 クリスは、まるでそれが当然かのようにそう言い、フィラナの隣にずい、と座る。



「ほれほれ、話してごらんー?このクリスちゃんが完全に解決しちゃうから!」


「―――別に、貴女に言って解決するような悩みじゃないから」


 フィラナはそう言って、クリスから顔を背ける。

 ―――フィラナの悩みは、軍の機密に直結するものだ。


 それをクリス達に伝えるのは無意味というもの、なにせ彼らは自分達が置かれている状況すら知らないのだから。


「……なるほどね」


 だが、その言葉を聞いてクリスは深く頷いた。


「―――分かったよ、フィラナちゃんの悩み」


「……え?」


 クリスが口にした言葉は、フィラナが一切想定していなかった言葉だ。

 まさか、彼女は気付いているというのか。


 自分達がどういう存在で、私が軍人であることも。ならば彼女はもしかして、自分の意思でわざと道化を―――


「……ずばり」


「―――!」




「友達がいないことでしょう!?」


「―――は?」


 ―――あぁ、考えすぎだった。


 この女はただ、無知なだけだ。

 何も知らずに、お気楽に毎日を過ごしているだけなのだ。


「よかった、ならわたしが友達になったことによって完全無欠に解決だぁ!」


 クリスはそう言い、フィラナに満面の笑みを向ける。

 ―――その姿があまりにも、フィラナにはあまりにも滑稽に、哀れに映った。



「いやぁー、よかった!これから―――」



「―――何も、分かってない……!」


 ―――だからこそ、叫んでしまった。


「無知で、能天気で、お花畑で―――」


 こんなことで感情を露にするなんて、自分でもどうかしている。


「自分達の置かれている状況も分からないで!」


 普段の自分ではないあり得ない感情の発露に、フィラナは内心当惑を隠せない。


 だが、許せなかった。


 世界の現状も、自分の置かれた立場も、日々失われていく命も。

 その総てを知らずに、奔放に生きているクリス達の姿は、正直にいって羨ましい。


 きっと、あの姿は以前までの自分だ。

 だからきっとこの怒りは、自分自身への―――


「―――絶対に、貴女と友達になんてなれない!」




 たまらずその場を逃げ出し、駈けていくフィラナ。


「あっ……」


 走り去っていくその背中を、クリスはただ見送っていた。


「―――ちょっと、調子に乗りすぎちゃったかー……」




 ◇◇◇




「学生寮の消灯、確認」



 古城は夜闇に染まり、その白亜の外壁も暗く藍色に染まっていた。

 昼間、城内の清掃に従事していた『用務員』は、子供達が眠る寮の灯りが完全に消えていることを確認してから、他の職員達に合図を送る。


「よし、背部ハッチを展開しろ。―――くれぐれも、あの子達を起こさないようにな」


 もちろん、彼らも「パストメイル・プロジェクト」に携わる軍人たちだ。

 なかには研究者もいるが、その全てが計画に従事し、それと同時に昼間には子供達の対応を孤児院の職員として行っていた。


「起動試験の為、我々は森に移動を行う」


「第二守護術式プロテクト、限定解除」


 その言葉と共に、職員の一人は手にした大きなスイッチを押下する。


 ―――同時に、辺りの雰囲気が少し変わった。

 それはまるで、窓を開けたような感覚。

 外から新鮮な空気が入ってきたような感覚に、木々の鳥たちはにわかに飛び立った。


 ルールー城を保護する防衛機能の一つ、「守護術式プロテクト」。

 地脈に直結したエネルギー転換炉から産み出される魔力をリソースとして展開される、隔絶の結界。


 その構造は三重になっており、外界に音声も通さない。

 そのことから、起動試験は結界と結界の間の区画、「第二防衛圏」にて行われることとなった。


「我々が通過したら、すぐ術式を再展開するように。起動試験の完了は02:00の予定」


「了解」


 ―――数台の超大型トレーラーが、森の木々の合間に展開された専用の道路を走る。


 この道路も、普段は土の下に隠されているものだ。


 そして暫く、走り去った先。

 古城からおよそ一時間ほどの地点で、新兵器「パストメイル」の起動試験は開始された。



 展開された数台のトレーラー。

 その背部に横積みにされた大型コンテナが、ゆっくりと直立する形で降ろされる。


 そのうちの一基の外壁が展開する様を、フィラナはじっと見つめていた。


「―――これが、私の」


「そうだ。これが君のものになるかもしれない、遺骸兵器パストメイルだ」


 フィラナはごくり、と固唾を飲む。

 人類が最新の技術で造り出した、防人の鎧。

 既に死した者の魂を呼び起こし、その機体に定着させて力を借りる、冒涜の機械。


 そんなものが自身に扱えるのか、と不安を隠せない。


 ―――いや、扱いきらなければならないのだ。

 そうでなければ、人類はお仕舞いだ。


 自分以外の候補生は皆、何も知らないで能天気に過ごしている子供達に過ぎない。

 まともに戦闘の心得があるものは自分だけともなれば、世界の命運はフィラナの手に託されたも同然と言える。


 ―――そのことが、フィラナへの大きなプレッシャーとなっていることには、本人すら気づくことはなかった。


 機体から降りてきたスロープから、フィラナは機体の操縦席へと昇ってゆく。


 到着した先にあった操縦席は、不気味なまでの静寂に包まれていた。

 装飾が施された黒と金のその外装は、まるで霊柩車や棺を想わせる。


「―――起動試験、開始します」


 フィラナはゆっくりと、シートへと腰を落ち着ける。

 それと同時に、機体のコンソールに映像が表示され、立体映像のように拡張コンソールがフィラナの周りに展開された。


 通常の機体にある操縦桿は、「遺骸兵器」にはない。

 代わりにあるのは、宝石のような結晶が埋め込まれた操機だ。


「さぁ、そこに手を置いて、機体に心を委ねて」


「―――」


 フィラナは『校長』の指示の通り、宝玉へとその手を載せる。

 冷たい感触が、手のひらへと伝わる。


 ―――瞬間、脳裏に今まで感じたことのない感覚が走る。

 ここではないどこかへ繋がっているような感覚。

 冷たく、仄暗いその感覚は、まるで死への恐怖のように底知れないものだ。


 だが、その中に僅かな暖かみを覚える。

 ―――これはきっと、誰かの手だ。

 自分は誰かの手を取り、引き上げようとして居る。そんな感覚があった。



 そしてフィラナが何者かの手を掴み上げた、その瞬間。


 ―――遺骸兵器パストメイルが、起動した。



「―――同調率、規定値まで上昇」


「電霊体、励起確認」


「契約機構、全工程完了。―――限定蘇生術式、起動試験成功です」


 機体の外からモニタリングしている研究者達は、実験の成功に思わず頬を綻ばせる。

 数年来の研究の成果が、ようやく実った。


 この兵器さえあれば、人類は再びこの惑星の覇者としての地位を取り戻すことができる。


 ―――兵士たちも無邪気に試験の成功を喜ぶ中、機体が立ち上がった。

 蒼い装甲を持つ、碧眼の機動兵器。

 遺骸兵器パストメイル試作壱号機「Type-F」の起動の瞬間の光景を、皆一様にその瞳に刻み付けていた。



「―――」



 操縦席のフィラナは、機体のコンソールをじっと見つめる。

 そこには先程まで表示されていなかった、家紋のようなエンブレムが表示されていた。


 剣と龍をあしらったそのエンブレムは、まるで中世を想わせるデザインだ。


 そしてフィラナがそれを認めたと同時に、操縦席の中へと声が響く。


『―――うぅん、よく寝た!』


 その声は若い男性のものだ。温厚そうなその声色から、優男であることが手に取るように分かった。


「貴方が―――」


『……あぁ、君が僕の契約相手だね?』


 電霊体ガイスト

 既に死した人間の魂を強引に連れ戻し、機械に定着させた存在。


「えぇ、私が貴方の接続者リンカー。名前はフィラナ」


『ふむ、フィラナか……良い名前だ』


 そう呟くと、機体からの音声は一旦停止する。

 思案、しているのだろうか。

 機械が考え込むなど、少し不思議にも思える。

 それも人の魂を使用したからこその反応なのだろうが。


 フィラナがそう考えていると、また機体から声が響いてきた。


『僕は君に喚ばれてこの時代に呼び起こされた、謂わば亡霊だ、元の名前などとうに棄てている』


『だから僕のことは……そうだな、“ファントム“とでも呼ぶといい』


“ファントム“と名乗ったその亡霊。

 それに対しフィラナは、この先彼と共に戦う未来を夢想し、言葉を返した。


「―――よろしく、ファントム」


 彼と共に、この戦争を終わらせよう。

 フィラナはそんな決意と共に、機体を前進させる。


 ―――これが、後のフィラナの運命を、彼女の意図しない方向へと変えるとは、思いもせずに。




 ◇◇◇





「起動は成功だ!」


「これで、人類は―――!」


 研究者と軍人が一斉に歓喜に打ち震え、肩を組み喜びを分かち合う森の中。


 ―――だが一人の管制官がに気付いた時、すべては崩れ去った。


「……!?、指令、これを!」


「なんだこれは……魔力反応多数!?」


 それは城の防衛機構の外側、第一守護術式の外に設置された索敵機器から関知されたものだった。


 異常な値を示す魔力値と、複数の大型動物のような動体反応。


 その全てが、ひとつの答えを写し出していた。


「―――バイラスか!」


 ――バイラス。

 地球に住む人類の大半を喰らい、その生存権を大幅に縮小させた、過去最大の脅威。


 だが、ここはその勢力図の外だ。

 人類の最後の生存圏を死守する巨大な障壁、「ロングライン」。

 いくら最前線に近いとはいえ、その内側に位置するこの古城に、襲撃が来ることなどまず考えられない。


「そんな、なんでこんな場所に……」


 研究者達はにわかに怯え始め、実戦経験のない兵士たちも浮き足立っているのが見てとれる。


「―――狼狽えないで、状況を!」


 そんな中、アニータは毅然と状況の把握に勤める。

 ここで狼狽えているようでは、今後の戦闘を生き延びることは決してできはしないだろう。


 ―――そして何よりも、あの子達を戦いに送り出さなければならないのに、大人が怯えているような姿を見せるわけにはいかない。


「は、はい!敵バイラスの個体数は20体、いずれも中型個体!」


「多いな……」




「なに、何が起きて―――」


『どうやら、敵が近付いているようだよ?……おそらく、僕の知ってる魔物に近しい物かな』


 ―――どうやら“ファントム“は、魔物のことを知っているらしい。

 世界に蔓延る異物である魔物。

 ことその位置付けとしては、大きく間違ったものではないかもしれない。


「……いいえ、これはきっと、ただの魔物じゃない」


 だが違う。


「魔物をも喰らい、人類の生存圏を極僅かにまで追いやった怪物」


「―――バイラス、よ」


 ――バイラスは、魔物とは大きく一線を画す、人類最大の天敵だ。

 その繁殖力と、魔力に耐え剣を砕くその堅牢な表皮。

 ―――そして個体毎に異なる、異質な能力。


 それにより、何人の人間が犠牲になったことか。フィラナの目の前でも、何人もの人々が死んでいった。


 だからこそ分かる。

 この騒ぎは、奴等が来たことによるものなのだと。


「フィラナ少尉、聞こえる!? 」


「……はい」


 そんな中、入ってきたのはアニータからの通信だ。


「もう把握していると思うけど、バイラスの襲撃を受けたわ!……初回起動の直後で、申し訳ないけれども……」


 言葉通り後ろめたそうな声で敵の襲来を告げるアニータに、フィラナははっきりと意思を伝える。


「……分かってます!迎撃任務に当たります!」


 ―――これは、絶好の機会だ。

 自らの力を示し、遺骸兵器パストメイルの性能を軍に喧伝するに、これ以上のタイミングはあるまい。


「……聞いたわね、ファントム。貴方の力、ここで見極めさせて」


 そう言って、フィラナは操縦席の水晶へと力を込める。


『うーん、この身体に入ったばかりで仕様の把握がまだいまいちなんだが―――』


 機体に宿った電霊は、のらりくらりと翻弄するように言葉を濁す。


「……」


 ―――よもや、戦いへの参加を拒否するつもりなのでは?

 そんな若干の不安に苛まれるフィラナ。

 だがその不安は、“ファントム“の次の言葉で払拭される。



『―――有象無象に僕が負ける可能性は万に一つもないよ、それだけは断言しよう』


 ―――“ファントム“の言葉は、フィラナが想定していた以上にとても心強いものだった。


「なら、行くわよ……!」


 その言葉と共に、「ファントム」の背部のブースターが展開する。

 その姿はまるで、「龍」の如き姿。

 瞳を輝かせ、背部から光を放ち機体は瞬く間に加速した。



 そうして蒼黒の龍騎は、獣の蔓延る森へと進んでいくのだった。



 ―――その戦場に、少女達が迷い混んでいることも知らずに。

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