第十一話:“鈍“色の所信 - determination to Distorted -





『―――貴方達は全員、『遺骸兵器パストメイル』の、適合候補生よ』



 アニータから告げられた、自分達の真実。

 その事実は、子供たちのアイデンティティを揺らがせるのに、十分すぎるほどに残酷なものだった。


 自分達は善意で引き取られたと、そう思い込んでいた。

 この施設の大人たちは皆、子供達を大切に思ってくれている、家族同然の存在だと。


「―――候補生って……そんな!」


 それが、なんだ。

 新型兵器の搭乗者候補生?

 そんな事実は、一切承服していない。


「私達は、そんなこと知らされてませんでした!ただ、この施設の人が来て……」


「そう、貴女達をスカウトした。―――事情を知らせることなくね」


 アニータは、そう淡々と告げる。

 ―――怒りと困惑に打ち震えるコルセスとククリには、その手が震え、唇を強く噛み締めていることは分からなかった。


「元々は、最初から軍人としての教育を行う為の施設になるはずだったの」



「……でも、最初期メンバーの精神状態を鑑みて、初めはカウンセリングも兼ねた『学校』としての機能を持たせることになった」


 ―――最初期メンバー。

 この施設が設立された際、一番最初に招かれた少年少女達。

 何を隠そう、この場に居るクリス・ファレノプシーもその一人だ。


 バイラス出現直後に孤児となった彼等のその心のダメージは、今の子供達とは比べ物にならないほどに重いものだった。


 ――そして当然だ、戦後に様々な事情で孤児となってしまった者達と、目前で家族も友人も隣人も、その全てが喰らい尽くされていった者達では、その心に負った傷の深さが違う。


 だからこそ、ケアの必要があったのだ。

 パストメイル・プロジェクトは発足したばかりで、実機の完成までは今暫くの期間を必要とした。

 だからそれまでの間は『孤児院』という殻を被り、戦闘行動に支障がない程度に孤児達のメンタルの回復と、大人―――将来の上官達との信頼関係の構築を行う。

 それが城の表層の本来の役割だった。


「それが、この城よ」


 アニータの言葉に、ククリは顔を覆い地面にへたりこむ。

 ショック、という以外に言葉がなかったのだ。

 今までの信頼が音を立てて崩れていくような、そんな感覚。


「……先生」


 そんなククリを一瞥してから、ベットから起き上がった隻腕のコルセスがふと、声をかける。


「何?」


 ―――アニータは覚悟を決めているようだった。

 この先、目前の少年に何を言われても仕方がない、と。


 そして、その言葉が紡がれる。


「―――俺らを騙してて、何も感じていなかったのか?」


「……」


 それは、同然の質問だった。

 この数年、紆余曲折あったけれども、恥ずかしながらも家族とも呼べるような間柄になったと、コルセスは信じていた。

 たまの反抗だって、信頼の裏返しだったのだ。


 だけど、その関係性が薄氷のごとき危ういものであったことを、彼は知ってしまった。



「俺らのことを、あのロボットの部品かなんかだとでも見てたのかよ、この2年間ずっと!?」


 だからこそ、憤る。

 コルセスはただ激昂し叫んだ。

 片腕の痛みなどお構いなしに、腕を振り回しながら。


「……そんなつもりは、ないわ」


 その直球な怒りの発露に、アニータも思わず気圧される。

 だが、その言葉は否定しなければならなかった。


「勿論最初は、パストメイル・プロジェクト完遂の為の必要な犠牲だと、そう思ってたし、そう教え込まれてた……」


 それはこの施設にいた大人達の代弁。

 部屋の外で聞き耳を立てる食堂担当の中尉も、庭園の剪定担当の軍曹も。


「でも、貴方達と直に触れあって、一緒に過ごして……私……」


「―――この生活が、ずっと続けば、なんて……!」


 ここにいた誰もが、そう思っていたのだ、と。


「……」


 もちろん人類の再興の為には、パストメイルの完成が不可欠だ。


 ―――けれど、それが完成さえしなければ子供達を戦争に送ることもない。

 大切な教え子達を、あの化け物達に会わせずに済むのなら、それでも―――


 口にこそしないが、この施設の大人達は皆同じ感想を持っていたに違いない。


「ごめんなさい……ごめんなさい……!」


 アニータはもはや抑えきれず、目から涙を流す。

 地面に崩れ落ち、ただひたすらに、謝罪の言葉を口にする。


「アニータせんせ」


 ―――そんな彼女に、クリスは寄り添った。


「クリス、ちゃん……」


 涙を浮かべるアニータを前に、クリスはその瞳をまっすぐに見つめて告げる。


「わたしは、先生たちに感謝してるよ。だって私に、大事な友達をくれたんだもん」


 その言葉に、一切の陰りはなかった。

 心の底からの感謝。

 それ以外に、クリスの胸中に言葉は存在していない。


「たしかに、今回のことはショックだし、驚いたけど……」


「―――わたしは皆を守りたいから、先生たちに協力するよ」


 その言葉を聞いた瞬間、アニータの涙腺の壁が、再び決壊する。


「―――っ」


「クリス……」


 その様子を見つめていたククリやコルセスも、そのアニータの様子に思わず表情を曇らす。

 彼女が本心から自分達を気にかけていること、それを少し、信じられる気がしたのだ。


「ありがとう……ごめんなさい……!」


「わっ!」


 アニータはクリスを強く抱きしめ、感謝、そして謝罪を口にした。

 そんな泣きじゃくるアニータを、クリスは子供をあやすかのように撫で、そして温かく見守るのだった。




 ◇◇◇




「―――先生」


 それから数分。

 アニータが幾分か落ち着いたところで、緑髪の少女、ククリが不意に口を開いた。


「私は正直、まだ先生達を許すつもりはありません」


 それは一見、厳しい言葉の導入に思えた。

 だからこそアニータも、その言葉の刃を甘んじて受けようと、堪忍したようなそぶりを見せる。


「……でも」


 だが、ククリが口にした言葉は、アニータが想像していたものとはこれまた大きく違った。


「でもそのことで、今までの関係が全部なかったことになるわけじゃ、ないよ」


「今まで、ずっと楽しかったもん。……お母さん達が死んですぐの時とは、比べ物にならないくらい」


 ククリから出たのは、アニータを少し、気遣うような言葉だった。


 それにアニータが呆然としている横で、コルセスもまた続くように言葉を紡ぐ。


「……俺だって、そうだよ」


「でもよ、いくら謝られたって、俺の腕は帰ってきやしねぇんだ」


「……こんな思いを、他のガキ連中にはさせたくは、ねぇよ」


 それはククリとは違い、アニータに懇願するような言葉。

 だけれどもコルセスの言葉もまた、アニータ達とのこれまでの関係を否定しない、先々に向けたものであった。


「―――えぇ、分かってるわ……」


 コルセスとククリの言葉に、アニータは頷く。

 子供達を極力巻き込みたくない。

 それはアニータとて同じ気持ちだった。


 他の、子供。

 そこであることに気付いたのは、コルセスだった。


「……そうだ」


「あの転校生……フィラナって、事情は全部知ってるのか?」


 フィラナ。

 あの蒼き鎧の巨大兵器に乗り、空中で戦闘を行っていた少女。

 丁度昨日来たばかりの転校生でもあり、クリスが一目惚れして騎にかけている相手でもある。


「……えぇ、彼女は全て知っているわ。その上で、この計画に志願してきたの」


「なるほど」


 その返答にコルセスは得心がいく。

 元々軍人。すべてを知った状態でここにきたのであれば、それは自分達に関わろうとしないのも当然だろう。


 だって、彼女からすれば自分達施設の子供は、偽りの平和をただ享受する道化でしかなかったのだから。


「フィラナちゃん……」


 ククリもその言葉に納得した様子だが、コルセスとはまた違う方向性へと考えを巡らす。

 きっと、彼女も自分達と同じようにバイラスに家族を殺されて、恨みを抱えてここにきたに違いない。

 きっと、その心は荒みきっている。

 クリスが心配していたのもきっと、そういう心の機微を察してのことなのだろう。ならば、戦いに赴く彼女の心を、少しでも癒すことはできないか、と。


 ―――大人たちにしてもらったように。


 そう考え、ククリは同じ志であろうクリスを見つめる。


「―――ねえ、先生」


 だが、その肝心のクリスから発された言葉は。


「わたし、バイラスと戦うよ」


 ―――ククリが想像していたものとは、大きく異なるものだった。


「クリス……?」


「だからさ、他の皆を戦わせないで欲しいんだ」


 クリスは言う。自分だけが戦えば、他の子供達は戦わなくて済むのだろうと。

 その他の中には、きっとフィラナも含まれているに違いない。


 ―――そして、クリスはその輪の中には勘定されていないのだ。


「……貴女の協力の意思はとても有り難いわ……でもごめんなさい、それは確約できないわ」


 だがアニータはその言葉に、あくまでも冷静な言葉で帰す。


「バイラスが私達の生存圏を脅かし続ける限りは、この計画は破棄されることがない。……だから、いつかは―――」



 そう、バイラスがこの世に存在する限りは、現状はなにも変わらないのだ。


 敵が居て味方の戦闘要員が増えない以上、採用範囲を広げるしか、今の軍に打つ手はなかった。


 そしてそのことに気付いたクリスは、良いことを思い付いた、とばかりに満面の笑みで言葉を発する。



「―――だったら、バイラスが居なくなればいいんだよね」


「えっ……?」


 ―――意味が、わからなかった。

 この娘は一体、何を言っているのだ。

 その場にいた誰もが同様の感想を抱くその言葉に、クリスは改めて、自分の思い付いた案を繰り出した。




「わたしが、全部殺すよ!」




「―――皆の、為に!」



 朝だというのに空は曇り、辺りは朝だというのに薄暗く。

 ―――それは、そんな鈍色にびいろの空の元に決された、酷く歪んだ所信表明であった。

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