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第十三話:“金“光の食卓 - rest And relaxation -



 古城の一角にある、大きな食堂。

 そこには孤児院の生徒たちが集まり、皆思い思いの面子と共に昼食を嗜んでいた。


 そして、その中のひとつの席。

 クリスとフィラナ、そして他数人の男女は、そこで食事を取ることとなった。


 フィラナの手には、既に一個のハンバーガーが握られている。


 ―――ルールー食堂一番人気の品、「古城バーガー」。


 挟まれているのは人類生存圏の中枢部、『首都セントラル』で採られた牛肉で作られたパティと、古城で生育された玉ねぎやレタス、トマトだ。


 ―――表向きは古城のどこかの農園で作られていることになっているが、実際は地下の農業プラントで全自動のなか栽培されているものだという。


 だが、その味は絶品。


 新鮮な野菜の味もさることながら、食堂のおばさんが丹念に焼き上げた絶妙な焼き具合のパンズと、肉汁を逃さぬよう外側をカリっと焼き上げてからオーブンでじっくりと火を通したパティのジューシーさが相まって、極上の美味しさを引き出している。


「……美味しい」


 その美味しさは、フィラナを少し感動させるほどのものであった。


 ―――無理もない、普段は栄養食のようなものしか食べていなかった少女が、この極上の味に勝てるはずはないのだ。


「でしょー!ここの食堂のハンバーガーは、そりゃあもうかなりのお味なんだから!」


 クリスは何故か胸を張る。


「もぐ……もぐ……」


 だがフィラナはそれを完全に無視して、黙々と食べ続けた。


 ―――美味しい、とても美味しい。


 所詮はプラント製のものと舐めていたが、この味は完全に想定外の良さだ。


 一口食べる度に、口のなかが幸せになるこの感覚―――あぁ、まともな食事などいつぶりだろうか。


「くだらない強がりなどせず、早く食堂に食べに来るのだった」―――そんな後悔をするほどには、極上の味であるといえた。


 食べる手が止まらず、ついつい無言になってしまう。

 横でクリスがわちゃわちゃしている気がするが、今はそんなことを気にしている場合ではないのだ。


 そうしてフィラナは黙々と食べ進んでいく。

 そんな彼女の表情にはいつしか、自然と笑顔が浮かんでいた。


「―――なんか、ちょっと安心したわ」


「もぐ?」


 明後日の方向から聞こえた阿呆クリス以外の声に、フィラナは目をぱちくりさせる。


 そこには、暖かな表情でフィラナをじっと見つめる、生徒たちの姿があった。


「いやほら、昨日の挨拶がかなり冷たい態度だったからちょっと絡みづらいなーって思ってたんだけど、そういう笑顔もできるんじゃん!」


「うんうん、今のハンバーガーを頬張る姿、めっちゃ可愛かった!」


 口々に生徒たちは語る。

 如何に今のフィラナの姿が小動物めいていたかを、複数人で仔細に。


「リスっぽい可愛さ」


「確かに!きゅるんとした目とかも小動物に通ずるものがある!」


「―――!?」


 降りかかる賛辞なのかなんなのかよくわからない言葉の応酬に、フィラナは思わず赤面してしまう。


「み、見ないでください……!」


 俯くフィラナ。

 そんな彼女の姿を、皆に混じってクリスも弄り始める。


「いやー、可愛いなーフィラナちゃん!小動物!よっ!小動物!」


「うるさい!後で覚えてろよ……」


「なんでわたしだけおこられるのー!?」


 そんなやり取りを見て、クリスの学友の一人は微笑みながらクリスに質問した。


「そういえばクリス、フィラナちゃんとは結局親友になれたの?」


 その質問に、クリスはまたも胸を張ってフィラナに抱き付き、宣言した。


「ごらんのとおり!」


「なってない!」


 コンマ数秒くらいの速度でのフィラナの否定も、残念ながらクリスには届かない。

 ただ誇らしげに胸に手を置き、ドヤ顔を続けるだけだ。


 ―――もう否定するだけ無駄だと悟ったフィラナも最早諦め、またもぐもぐとハンバーガーを食べ出す。


 周りの生徒たちはそれを少し困りながら見ていたが、そこで一人の少年が口を開いた。


「―――まぁ、クリスの親友どうたらは別として」


「ひどい!」


 クリスの悲鳴を無視して、名も知らぬ少年は続ける。


「フィラナちゃんはもう仲間なんだから、困ったことあったらすぐ言ってくれよな」


「―――!」


 フィラナはその言葉に、目をぱちくりさせる。

 まさか、これまでの自分自身の態度から、そのような言葉をかけられるなんて夢にも思わなかったからだ。


「そうそう、これからずっと同じ城に過ごす仲間なんだからさ!」


 周りの他の子供達も皆、その少年の言葉に賛同する。

 ―――その暖かさが、とてもむず痒くて。


「……」


 フィラナは思わず、俯いて、押し黙り。


「あり、がとう」


 一言、そう呟いたのであった。




 ◇◇◇



 昼食を取り初めて、およそ30分ほど。

 皆それぞれ注文した品を完食し、使った食器を食堂の下げ口へと自分で持っていく。


「じゃ、俺らちょっと外で遊んでくるわ!混ざりたくなったら来いよ!」


 クリスとフィラナを除く子供達は、皆走って校庭へと向かう。

 昼休憩はあと1時間もない。皆、限りある休憩時間を最大限に利用して、遊びまくろうとしているのだ。


 そんな彼らが走っていく姿を、フィラナ達は後ろから見つめ続けていた。


 そんな時、


「みんな、いい人たちでしょ」


 ―――クリスが、いつになく真面目な口調で呟いた。


「……えぇ、まぁ」


 そのことには、同意をせざるを得なかった。

 正直、フィラナは彼等のことを少し憐れんでいたのだ。

 いつかは死地へと送られ、命を落とすかもしれないというのに、仮初めの平和によりすがる愚者である、と。


 もちろん、昨日の今日でその認識が大きく変わるようなことはない、だが―――


 それとはまた別に、快く自身を迎えようとしてくれていることへの感謝の気持ちは、当然ながら浮かんだ。


 だがそんな彼等の仮初めの平和を享受したことによる優しさ、そして能天気さを目の当たりにする度に、別の大きな疑問が首をもたげてくるのだ。


「……なんで」


「―――なんで、直ぐに戦う決意ができたの?ただの少女だった貴女が」


 それは、もっともフィラナが聞きたかったことだ。

 自分が始めて戦う決意をしたときには、正直心に不安が大きかった。

 自分は果たして、怪厄征伐の役に立てるのか。それ以前に、軍の志願者の合格基準である「一定以上の戦闘的、もしくは指揮的技能を持ち合わせている」という要項に果たして自分は合格できるのか、と。


 結局のところ、フィラナは合格できた。

 幼少期に親から教えてもらった射撃の腕のお陰で、そこらの強制徴兵されたばかりの大人たちよりも優秀な結果を挙げることができたからだ。


 ―――それまで銃に触れたこともなかったような市民に戦闘技能を求めるのも、酷な話ではあるのだが。


 ともあれ、周りと自分自身との戦いを常に紙一重で制してきたことで、今の軍人「フィラナ・Fフィーリエ・カリブルヌス」の人間性は確立された。


 不安しかなかった少女のか弱い精神は、戦場や訓練での優秀な結果、それに裏打ちされて強固なものへと変貌を遂げたのだ。


 ―――だが、目の前の少女はどうだ。


 他の子供達と、なんら変わらないはずの少女。


「?」


 フィラナの言葉にきょとんとした顔で、渦中のクリスは小首をかしげる。

「目の前の女の子は一体何を言っているのだろう」と、そう言うように。


「だって、皆を戦わせたくないなって思ったから!わたしに戦う力があるなら、わたしが皆の代わりに戦えばいい、それで万事解決でしょ?」


「―――」


 なんなのだ、この強さは。


 自分が1年かけて近くかけてようやく手にした確固たる信念を、目前の少女は昨日の今日で身につけたというのか。


 そこで、フィラナは気付いた。


 ―――クリスの瞳に、何か普段とは違った決意のようなものが秘められていることに。


「……なるほど、わかったわ」


 よく、分かった。

 きっと彼女は―――


「改めて、よろしく」


 考え込むフィラナに、クリスは手を差し伸べる。


「一緒に守ろう、皆を!」


 その手を、一瞬躊躇を挟みつつもフィラナは握り返す。



「……まぁ、考えとく」


 そんな言葉と共に、二人は先々の戦いを思い、そして、


「じゃあ、親友になることも!」


「それだけは絶対ない!」




 ―――もはやお約束となりかけた漫才もどきを繰り広げ、その場を別れたのであった。




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追憶のパスト・リザレクション 鰹 あるすとろ @arusutorosan

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