第六話:“紅“の決意 - kill all Enemies -




 ―――星が輝く夜空を背に、木々の最中を蒼い光が駆ける。


 それはフィラナが駆る蒼い装甲の遺骸兵器、「type-Fファントム」が発する残光だ。

 背部ブースターから放出された粒子のような光は、辺りへと吹き荒れてその輝きを広げる。


 しばらくして光が掃けたその痕には、「type-Fファントム」がその武装にて撃ち抜いた「怪厄バイラス」の亡骸が散乱するのみだ。


「すごい……これなら!」


 大地を光の如く駆け抜ける蒼鎧の操縦席で、搭乗者であるフィラナは感嘆の声をあげる。


 自身が試験運用の任を受けた新型兵器、「遺骸兵器パストメイル」。

 その革新的なシステムや性能については、城に来る前の軍学校での座学で十二分に理解していたつもりだった。


 だが、これはそれ以上、想像の遥か先を行くものだ。



『僕の力が役に立っているようで何よりだよ、フィラナ』



 そんなフィラナの様子を見たかのように、機体のコンソールから声が発される。


 ―――これこそが遺骸兵器最大の特徴、「電霊体ガイスト」。


 300年以上前にこの世界に突如現れた魔法を操る新人類、「水晶人類クリスティアン」。

 その死した魂を虚数より抽出、圧縮して人型兵器の動力原としたものがそれだ。


 こうしてフィラナと話している「ファントム」もその一つ。

 云わば似非人えせびと。ヒトではないナニカの、その残滓に他ならない。


「……えぇ、感謝しているわ」


 そんな得体の知れない奇怪な存在に、気を許してはいけない。

 あくまでも操縦者は自分だ。たとえこの電霊体にどれ程の力があろうとも、その主導権は依然として自分の手にある。


 これは自分の力だ。この魂だけの存在のものではない。


「……数だけ多くても、これなら」


 そういい、「type-Fファントム」の腕に装備された大型狙撃銃の上部スコープが展開し、そこに映し出されたデータが操縦席のモニタにも合わせて表示される。


 映し出されたものは数匹の「怪厄バイラス」。

 そして―――


「―――え?」


 怪物が取り囲むその中央に映るのは、3人の子供たち。

 確か、あのクリスとかいう女子の近くに座っていた3人組だ。


「な、なんであの娘たちが……」


 確か子供たちは、夜あの城から出ることは許可されていないはずだ。

 それが何故、大人たちの言いつけを破ってこんなところにまで。


 しかもここは元々演習場として設定された場所で、城からは数kmは離れて―――


『おっと、余所見している暇はなさそうだ』


 ―――「ファントム」の声と共に、機体が大きく揺れる。


 どうやら機体の動きが鈍ったその一瞬を狙って、数匹のバイラスが取り付いてきたらしい。


 その鋭い牙を発光させ、機体の外装を喰らおうと齧り付く。


「!?……くそ!」


 フィラナは一旦、そちらへの対処を優先することにした。

 こんな性能を誇る最新鋭の兵器を、早々にお釈迦にするわけにはいかない。


 そうして「type-Fファントム」は子供たちに背を向け、機体各部の反応装甲を起爆させることでバイラスを引き剥がし、対峙する。



 ―――そうして戦闘に向かうフィラナには、視界の端で走った紅い閃光に意識を向けている余裕はなかった。




 ◇◇◇




「あなた達、なんでこんなところに!?」


 現場の指揮を執っていたアニータの声色が、軍人のそれから「教師」のものへと変わる。


 ―――襲撃の最中、部下から「子供を見かけた」という報告があげられた彼女は、部隊の撤退を進めながらもその捜索を続けさせていた。


 見間違いかも知れない。だが、何もせずに見過ごすことはできない報告だったのだ。


「せ……せん、せ……コル、セスが……コルセスの、腕が……」


 捜索の甲斐もあり、子供たちは発見された。

 ―――一人は片腕を喪い、一人はそれを見て錯乱。

 それは目を覆いたくなるような、惨憺たる光景であった。


「―――ぐぁ……うぅ……!」


 コルセスはもはや、痛みに耐えかねて会話も出来ない状態だった。


 そしてコルセスの腕が喰われ、鮮血が噴き上がる様を目前で見せつけられたフレイも、精神が不安定になり泣きじゃくるばかり。


「―――!早く、救護班を!」


「先生、これってなんなの……どうしてこんな……」


 なんとか平静を取り繕い部下に指示を飛ばすアニータに、唯一正気を保っていた少女ククリが当然の問いを投げる。


「こうなった以上、帰ってからちゃんと説明するから。……だから、今は―――」


 それを何とか、宥めすかして車両へと押し込もうとしたその時。


 ―――辺りを紅い閃光が包んだ。


「ッ!?」


 それと共に大地が大きく揺れる。

 閃光に目を閉じていたアニータが、ゆっくりと開いたその目前。


「これは……」


 そこに在ったのは、巨大な影。

 ―――遺骸兵器だ。


 だがそれは、今まさに戦闘を繰り広げている「type-Fファントム」のものではない。

 未だ未塗装な、黒い外装。

 そして各部の至る所に搭載された、過剰なまでの近接兵装の数々。

 背部には粒子で形作られた巨大な紅光の翼が輝き、その機体が新型航行技術の試験機であることを物語っている。


 その姿に、アニータは見覚えがあった。


「―――遺骸兵器!?なんで弐号機type-Rがここに……」


 今戦闘を繰り広げている遺骸兵器は、フィラナの駆る壱号機、「type-F」のみの筈だ。


 ―――だが目前に在る遺骸兵器は、弐号機である「type-R」。

 未だ起動試験を行っておらず、その時期すら決まっていなかった機体が、何故この場所にいるのか。


 そもそも、操縦者は―――


 そんなアニータの疑問は、隣にいた少女の呟きによって即座に氷解した。


「……クリス」




「!、まさかあの子が!?」




 ◇◇◇




『さぁ、水晶に手を置け』


「……うん」


 黒い巨人の内部で、クリスは響いてきた声に従って操機へと手を置く。

 得体の知れない声ではあったが、クリスはそれに一切反することなく従った。


『随分と、落ち着いてるな』


『てっきり、慌てふためいて戦力にならないとまで踏んでいたが』


 操縦席に響く声には、僅かながらに動揺の色が見える。

 それというよりは意外、といった様相か。


 ただの少女の筈が、嫌に落ち着き払っていることに疑問を抱いたのだろう。


 ―――だが、それに対してクリスは平然と言い放つ。


「だって、怖がってたってなにも解決しないよ」


 それに対して、声は数秒途切れる。


 そしてクリスが手を置いた操機が紅く発光したその瞬間に、再び声が響いた。


『三点、問おう』


 クリスはその言葉に、少し身構える。

 一体何を聞かれるのか、返答次第では機体から降ろされたり、あるいは殺されたりなんてことも容易に考えられる。


 だがきっと、嘘は通用しないだろう。


 ―――ならば、自身の素直な思いを吐露すればいい。


 心内でクリスはそう開き直った。

 どっちにせよ死ぬかもしれないのなら、結局同じだ。


 誰かが死ぬ前に、自分がやらねば。



『―――戦いに赴くことへの恐怖は?』



 最初の問いが投げられる。

 それはクリスにとって、取るに足らないものだった。


「ない、だって戦わなきゃ誰も守れないし」


 そんな事を考えている暇はない。

 むしろ早く赴かねば、余計な犠牲者が出てしまうかもしれない。



『―――私に乗ったことへの不安は?』



 二つ目の問い。


「ない、だって乗らなきゃ死んでたし。それなら乗ったほうが遥かに生きられる可能性があるよ」


 これも同じだ。

 不安など感じている余裕はない。

 あの場にいてもただ死を待つのみだったのだし、目前のコルセス達も今まさに命の危機に瀕していた。


 多くを生かす為には、これが最上の選択肢だろう。



『―――敵を殺すことへの、躊躇いは?』



 最後の問い。

 その問いに対しても、クリスの心は動かない。


「ない。だって殺さなきゃ、その間に誰かが殺されちゃうもん」


 言葉通りだ。

 誰かが殺されるくらいなら、先に相手を殺したほうが遥かにマシだ。


「わたしなら殺されたってなにも、誰も困らない。だから……」


 誰かが殺されるような出来事は絶対に看過できないし、見たくない。

 そして友人達が誰かを殺す姿だって、同じくらいに見たくないのだ。


 だったら―――


「他の皆が戦わなくても済むように、わたしが殺さなきゃ、ならないんだ」


 云わば、これは使命だ。


 守る為に何かを殺さねばならないなら、手を汚すのは自分だけでいいだろう。


『―――あぁ、気に入った!』


 そんな返答に、機体から響く言葉は少し高揚したかのような声色になる。

 それはまるで、クリスを気に入ったかのような態度だ。


 ―――操機から光が迸る。

 その瞬間、クリスの五感はナニカと完全に同調する。


 得体の知れない力が、全身を駆け巡る。


 そして、目前の「怪厄バイラス」を目にしたその時、


『いいだろう。なら私、「type-Rリベンジャー」の全力を預けよう……!』




 ―――瞬間的にクリスの脳内は、獣への殺戮衝動に染まったのであった。


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