第八話:“朱“色の雪 - Residue of slaughter -




「―――なに、これ」


 空から戦闘の終了した戦場、雪の積もった森林を観測したフィラナは、思わず吐き気を催す。


 辺り一面に飛び散るバイラスの遺体と血液、そして内臓。

 それらが白い雪を赤黒く染め上げたそのコントラストは正に、殺戮の後といった様相だ。


『どうやら、僕らの他にも遺骸兵器が起動したようだね?』


「うぅ……」


 冷静なtype-Fの言葉を余所に、フィラナは思わず口を抑える。

 操縦席は密閉されているはずなのに、辺りの血と漿の匂いでむせかえっているような、そんな感覚。


「気持ち、悪い……誰がこんな殺し方―――」


 吐き気を何とか抑えつけながら、どうにか言葉を紡ぐ。


 この惨状が他の遺骸兵器によってもたらされた物なのはフィラナにも直ぐ分かった。


 ―――問題は、一体誰がやったのかだ。


 そんな時、機体のカメラがあるものを捉える。


 黒い人型の巨大な鎧。

 背部や肩部など、各部には鋭利な造型がみてとれ、その外装はtype-Fとは違い不完全で、内部フレームが露出している。


 それはまさしく、type-Fではない別の遺骸兵器だった。


 そしてその操縦席が、軍人達の手によって開かれる。


 どうやら操縦士は気絶したらしい。大方、城の中でも好戦的な気質の物を知らない子供がぶっつけ本番で乗って暴走したのだろう、とフィラナは考えた。


 だが、一体誰だろうか。


 フィラナがそう思案したその瞬間、操縦席から一人の人物が引き出され―――


「―――え?」


 目に映ったのは、白く美しい長い髪。


 月光で煌めくその煌めいた美しい姿に、フィラナは覚えがあった。


 そう、あの子だ、自分に執拗に話しかけてきていた、能天気な少女。


「そんな、あの子が……!?」


 フィラナの瞳が、動揺で揺れる。


 ―――あの、何も考えてなさそうで、血を見たことなさそうな人畜無害を形にした少女が、こんな殺戮を?


 そんな、まさか。


 混乱するフィラナ。そしてそれを尻目に、機体からフィラナに宛てたものではない、type-Fの独り言めいた言葉が響く。


『―――あぁ、そういうことか』


『お互い難儀だね、type-Rリベンジャー


 フィラナにはその言葉の意味は分からなかったし、今はそれどころではなかった。


 だが所々が月から注がれる光の中、その不穏な言葉は、フィラナの記憶に強く、深く焼き付いたのだった。




 ◇◇◇




 バイラス襲撃から、およそ一時間。


 森林に停まっていた車両のうち、負傷者を搬送する為何台かは古城へと帰還していたが、大多数の輸送車両はそのまま停泊して周辺の環境や、バイラスの死骸の調査を行っていた。


「―――回収状況は?」


 そんな中、監督責任者であったアニータは各所の被害状況や設備の収容状況などの確認に各所を奔走していた。


 もう既に粗方の確認は終えられており、残るは計画の要―――遺骸兵器と、その操縦士の状態確認を残すばかりだった。


 本来であれば真っ先に確認するべき案件だったのだが、バイラスに物資を破壊されてしまったことと、そもそも機体自体にブラックボックスが数多かったことから調査結果が一向に上がらず、結果アニータによる確認も後回されていたのだ。


「現在、遺骸兵器パストメイル二機の収容を完了しました。操縦士、フィラナ・F・カリブルヌス特務少尉には特に外傷はなし。……クリスちゃ、いえクリス・ファレノプシーも、意識こそ戻らないものの、命に別状はないとのことです」


「操縦士2名は先程の車両で、古城へ搬送しています」


 その報告に、アニータは一先ず安堵のため息をつく。

 まず第一に、遺骸兵器の収容が無事に完了したことへの安堵が大きかった。

 何せ、意思ある兵器だ。

 つい先刻―――初回起動試験以前とは、当然のことだが扱い方も変わってくる。

 憑いた電霊体によっては、軍による拘束を拒絶して暴走することだってあり得るだろう。


 勿論それを防ぐための防護策が何重にも施されている。

 とはいえ、未知のシステムを積んだ遺骸兵器という理から外れた兵器を運用することに、僅かながらの恐怖心めいた物を抱いていたこともまた確かなのだ。


「了解、状況は把握したわ。……それにしても」


 報告を聞き終えたアニータは、少し声のボリュームを落として報告していた兵士―――古城では『事務員』として勤務していた男へと話しかける。


 それは軍人としてではなく、『先生』として話しかけたことを暗に表しており、『事務員』もそれを察して耳を傾ける。


「まさか、クリスが遺骸兵器パストメイルに乗ってしまうだなんて、ね」


「はい、あの天真爛漫な子が、あんな戦い方を……」


 二人、というよりも、古城に勤務していた大人達であれば誰であれ抱いたであろう感想。


 まさか、彼女が。


 遺骸兵器弐号機、type-Rのあの獣じみた戦いぶりは、およそ常人のものではなかった。

 電霊体が操作していたのかもしれない、とも考えていたが、クリスの様子を見る限りその可能性も無くなった。


「一体どうして、あんな……」


 ―――クリスの手には、操機を強く握った痕が残っていたのだ。

 それもただ置いていたのではなく、操縦の為に動かした痕すら。


 それはつまり、クリスが自分の意思で遺骸兵器を動かしていた、ということに他ならない。


「……そこら辺は、本人が目覚めてから聞くしかない、か」


 アニータはそう言うとうん、と頷き、次の確認を行う。


「……遺骸兵器パストメイルの状況は?」


 今回の襲撃に際し迎撃にあたった二機の遺骸兵器、その現在の状況だ。


 遺骸兵器壱号機、type-Fは初回起動ながら、元来フィラナが保持していた操縦技術も相まってかなりの活躍を見せた。

 各武装は問題なく機能していたようではあったが、実際の戦闘による負荷など、確認が必要な要項は数多い。


 ―――弐号機、type-Rに関してはもはや言うまでもない。

 そもそも何故、勝手にクリスとの契約が締結され、起動、暴走したのか。

 今回のあの機体の行動には不可解な点が多すぎた。その上、収容はスムーズに行われたというのだからこれまた可笑しな話だ。


「type-F、R共に大きな損傷はありません。……ただ、type-Rは何分機体の各部に多くバイラスの一部が入り込んでいるので、むしろ清掃のほうが苦労するほどで」


「特にシステム面にも、目立った不具合は見られません。type-Rもログを辿る限りでは、正規手順で起動されているようでして……」


 その報告に、アニータは眉間を抑える。

 問題なし。

 それがあれほどまでの異常行動を見せた機体を検査して、導き出された結論だという。


「……わかったわ、ありがとう」


 アニータは納得できない内心を押し殺し、話を切る。

 結局のところ、ここで話していたところて、何が解決するわけでもないからだ。

 せめて、古城に帰還してからでも悩むとしよう。


 ――クリスそんなとき、背後から男性の声が響いた。


「おぉ、ここに居たかアニータ中尉」


「アングスト中佐がお呼びだ、指揮車両に向かってくれ」


 話しかけてきたのは、古城では教師、それも『数学教師』を勤めている男性、クレディだ。

 階級はアニータと同じく中佐で、古城には一年程前に着任した。

 アングストによく目をかけられており、古城の軍人の中では比較的新参でありながら、アニータに次ぐ位置に席を置いている。


「あ、分かったわ!それじゃあ、申し訳ないけど後のことを頼むわ」


「承知いたしました」


『事務員』にそう指示をし、アニータは言われた通りに指揮車両へと向かう。


 車両は割合近い位置に止められていた。

 その全長はおよそ5mほどの大型車両で、内部には大量の機材が積載されている。


 アニータがそのドアを開くと、中には幾人かの兵士達と、指揮官用の座席で腕を組むアングストの姿が目に飛び込んだ。


「失礼致します、お呼びでしょうか、中佐」


「来たか、アニータ」


 『校長』―――アングスト中佐はアニータの姿を認めると、ゆっくりと席を立つ。


「これから起動した遺骸兵器の電霊体とのコンタクトを取る予定でな、君にも来てほしい」


電霊体ガイスト……」


 ―――ガイスト・システム。

 遺骸兵器に搭載されたコアに虚数空間よりサルベージされた人間の魂を定着させることで、その故人が持っていた力をリアクターの燃料として半永久的に駆動させる為に作られた、謂わば人身御供のシステム。


 励起された人物―――電霊体ガイストは、機体の一部としてその行動の自由を阻害される代わりに、現代へと甦る。


 そう、まさに過去からの蘇生パスト・リザレクションだ。


 彼らは操縦士と契約を結び、同意の上で機体へと定着する。

 つまりは何らかの願いや思惑があって、この契約を締結するのだ。

 その願いが何なのかは当然、本人に問わねば分からない。


 そしてこのシステムの最大の欠点は、もしも電霊体ガイストに到底叶わないような願いがあり、それが実現不可能だと知ってしまった時に、機体の制御を放棄してしまうかも知れないことだ。


 そうなれば強制送還すればいい、と誰もが思うだろうが、そう簡単なことではない。


 強制送還の機構自体は機体に存在しているし、可能だ。

 だがその場合、電霊体の消滅と共に機体との適合がリセットされてしまう。


 つまり、また新たな子供を宛がわなければならなくなるのだ。


「奴等は所詮人類の模倣体の成れの果てだが、その強大な力は本物だ。こちらに手出しは出来ないようにしているとはいえ、油断はしないように」


 だからこそ、電霊体とは良好な関係を築くことが不可欠となる。


「……承知です」


 ―――例え内心に、何を抱えていたとしても、だ。



「よし、始めてくれ」



「接続します!」


 アングストの指示を受け、通信士達が操作を始める。


遺骸兵器パストメイルとの同期開始、ログチェック完了」

「バイパス確立、機体自我領域への接続完了」


「電霊体とのコンタクト完了、いつでも開始できます」


 最後のその報告を聞き終えると、アングストは軍服の襟を正し、前を見据え指示を告げる。


「よし、モニターに出せ」


 その言葉に、兵士の一人がエンターキーを押下する。


 モニターに、エンブレムのような物が表示される。

 それは其々“F“と“R“を象ったデザインで、二機の遺骸兵器の電霊体を表している。


 それはつまりモニタに電霊体のアバターが映し出され、既に会話が可能なことを意味していた。


 そしてアングストは深く息を吸い。




「―――初めまして、私は人類軍中佐、アングスト」



 未知の存在との、初の対話ファーストコンタクトの口火を切ったのであった。



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