第九話:“銀“世界の其々 - First contact -



 まだ辺りは深夜。

 数百年前にテラフォーミングされた翠の月が血塗れの雪林を照らす。


 そんな中、一台の軍用指揮車両の中では人類初の、「死者との対話」という試みが行われていた。


「初めまして、私は人類軍中佐、アングスト」


 ―――遥か彼方で死した過去の人物、『電霊体ガイスト』。


 パストメイル・プロジェクトの責任者であるアングストは、その計画によって甦った死人の魂へと、最初のコンタクトを測っていた。


「……まずは貴方方への非礼を詫びさせて頂きたい』


 ―――彼等は謂わば影法師かげぼうしだ。


 あくまでも過去に死した者のデッドコピーであり、今や遺骸兵器パストメイルのシステムの一部。

 本来であれば、人権などない部品の一つでしかない。


 だが、彼等電霊体には自分達人類にはない力がある。


 その未知の力を持ってして、あの鬼神の如き力を持つ一騎当千の決戦兵器「遺骸兵器パストメイル」を動かすのだ。


『虚数の海で霊体と化していた貴殿方を、再び現世に引き戻してしまうような真似をしてしまったこと、大変申し訳なく思う」


 なればこそ、一応の敬意は払っているように振る舞わなければ。

 僅かでも反抗の芽が出ようものなら、いずれ獅子心中の虫となりかねない。


 そう考えたアングストは最大限穏当に、彼らを持ち上げるように話そうと考えていた。

 当然彼らへの敬意や、謝罪の気持ちなどありはしなかったが、計画の為ならばと唇を噛みながら。


『―――』


 その問いに遺骸兵器弐号機、type-Rの電霊体は何も語らなかった。

 その沈黙は、まるでこの対話自体を無駄だと、煩わしいものだと切り捨てているような、そんな印象を抱かせる。


『いやぁ、謝ることはないさ!僕は君達のお陰で現世に甦ることができたんだ、むしろ感謝をするところさ』


 それとは真逆に壱号機―――type-Fの電霊体は、飄々と返す。

 その声色は一見、人類に対してかなり友好的に思えた。


 ―――だがアングストにはそれを素直に受けとることはできない。


 経験則上、この手の不自然なまでに聖人君子然とした人物は得てして、腹に一物抱えているものだ。


「そういってもらえるとこちらとしても有難い。……それで、貴殿方に質問がある」


 アングストはそんな2体の亡霊のパーソナリティを確認すると、引き続き努めて丁寧な口調で接しようとする。

 そこには当然、初手でへそを曲げられてはたまったものじゃない、というアングストの打算的な思惑があった。


 ―――極力彼等を持ち上げ、精々利用させてもらおう、と。


遺骸兵器パストメイルとの接続―――操縦士との契約に応じたということは、貴方達にはなにか望みや、目的があるはず。それを聞かせてもらいたいと思うのだが……」


 だからこそ、この質問は真っ先にしなければならないものだった。

 アングストが聞き出したかったのは、彼等が契約者であるフィラナ、クリスの呼び掛けに応じた理由だ。


 死者が生者にその生殺与奪の権利を譲り、あまつさえ協力するというのだ。

 そこには当然、その選択に至った理由がある。


『望みなど、ない。私が求めているのは戦いだけだ』


 ―――だが、弐号機の電霊体であるtype-Rはぴしゃり、とそう言い切った。


 望みがない、などおかしな話だ。

 そうアングストは眉を潜める。


「戦いたい」、そんな単純な理由で死した人物が生者、しかも子供に自分の命運を託すことなどするものか。


 おそらく、この電霊体ガイストの腹の内には何かしらの野望が秘めている。

 それこそ自分たち軍に知られてはならないような、危険なものが。


 アングストは直感でそう理解したが、その場で追及することはなかった。


 先程も言ったがここで彼等に敵対心が芽生えては計画に支障が出る。

 電霊体風情にどのような願いがあるかは解らないが、単体で出来ることなどたかが知れている。


 それにいざとなれば、機体に仕込まれた消去機構もある。

 不審な行動が見られたならば、起動させて排除すればいいのだから、今すぐに手を打つ必要はあるまい。


「……なるほど。ではtype-F、貴方は?」


 そしてアングストは次にもう一体の電霊体ガイストへと問いかける。


『望みねぇ……僕も特にはないかなぁ』


 だが、彼もまた話をはぐらかすように「願いはない」、などと宣った。

 その声はいかにも楽しげで、それはまるで死者への恐怖を抱く生者達を嘲笑うかのようだった。


「……承知した」


 当然、納得などしていない。


 だが真正面からそう言われては、アングストから口を出すこともできなかった。

 だからそのことを承服した体で、一旦その話を打ち切るように肩を落とす。


 ―――願いがないなどと、よくもまぁぬけぬけと。


 アングストの内心は彼等電霊体への不信感と、弄ばれているような不快感に染まる。


 素直に願いを伝えてくれたなら、こちらだって悪いようにはしないというのに。


『……あぁ、あとアングストくんだっけ?「貴方」、なんて改まる必要はないよ』


 アングストが一人心地ていると、type-Fはそう言う。


 ―――その言葉に、少し彼の心は晴れた。

 いい加減この厚顔な人擬ひともどきに媚びへつらうのも苦痛になってきていたところだった。


 自然体で敬語を捨てて話せるなら、そのほうがよっぽどいい。


 アングストが内心でそう考えた、その瞬間。



『―――だって、見下している存在にそう言う物言いをするの、ストレスが溜まるだろう?』



 見透かしたような言葉を、浴びせられる。


「―――ッ」


 言葉が出ない。

 自分達の彼等への一種の差別意識は、当の昔に看破されていたというのか。


 少なくとも悟られるような態度を取った覚えはない。


 若しくは、この電霊体の―――


『君達が気にしているのは、僕たちがこの世界に害を為すような願いを持っているか、だろうが……』


 type-Fはアングストの言葉を待たずに、話を続ける。


『まぁ、少なくとも僕ら二人に関しては心配しなくてもいいと思うよ?』


『そこの黒騎士……今はtype-Rリベンジャーだっけ?彼は特にね』


 ―――願いはない。


 その言葉が偽りであることは当然、明白だ。

 その上で彼等を信用することが、果たして自分たちに出来るだろうか。


 アングストは思案する。

 彼等電霊体を、人と認めて接すること。

 それは勿論、すぐには出来ない。だが、いつか信頼関係が築ける可能性は―――


「……承知した、君達を一旦は、信用させてもらうことにしよう」


 ―――ない、とは言えない。


 だが、それは決して今ではないのだ。

 少なくともアングスト自身の中には、彼等を自分達とは対等と認められない、驕りがあった。


 それは自分自身でも抑えられるものではなかったが、それでも。


 彼等が信頼に足る行動でその潔白を示し、彼等も自分達にその信頼を寄せてくれたならば、もしくはその先に繋がるものはあるのかもしれない。


「……それでは会話を終了させてもらう。君、電断してくれ」


 そういうとアングストは部下に接続を切るよう命じる。

 少なくとも、直近で彼等が現代を生きる人類に危害を加える気がないことはわかった。

 今日のところは、ここまでで十分だったのだ。


『―――あぁ、最後にひとつ』


 だが、意外なことに電霊体―――type-Fがそれを引き留める。


「なんだ?」


『先程出た魔物―――バイラスというんだったかな?あれに関して、少し気になっているんだ』


 バイラス。

 この数年で出現を始めた、新たな人類の天敵。


「奴らは、つい数年前から出現した―――」


『あぁいや、そうじゃあないんだ』


 アングストはそんな常識を改めて説明しようとしたが、type-Fはそれを静止する。

 思えば、機体内部のアーカイブで現代の粗方の状況に関しては閲覧することができるのだ。


遺骸兵器これに搭載されている機能で地図を確認したんだけど、ここは人類の勢力圏、大陸を横断した強大な壁の内側のはずだよね?』


「あぁ、そうだ」


 だが改めてtype-Fが問うたそれも、機体のアーカイブに記載されているような情報だった。


 バイラスの発生は地球上のある一点、一つの都市近郊を基点として始まった。

 その都市を中心としてバイラスはその勢力図を広げていったが、各国家の総力を尽くした防衛戦の甲斐あり、その侵攻速度はかなり押さえられた。


 そこで時の国連総長は、僅かに生き残った人類を一ヶ所に集め、その都市から数百kmほどの地点に人類の生存権を囲う巨大な壁を築く計画『アイギス計画』を発動した。


 巨壁の建設は各国から避難してきた人員を最大限投入することでおよそ1年ほどで完成。


 しかしその頃には大多数の軍人達はバイラスとの大規模戦闘で命を落とし、壁の中に残された人々は、その8割方が女子供、もしくは老人となってしまっていた。


 まだ年若い少女であるフィラナが特例で軍人として籍を置いているのもそれが要因である(本人からの志願が非常に強かったことも一つの要因ではあるが)


 ―――だからこその、パストメイル・プロジェクトなのだ。

 例え年若い少年少女であっても、過去の戦士達のアシストを受けたり、その人物がもつ特異な力を利用することで前線で活躍できるようにする。


 それこそが本計画の趣旨であり、最終目標であった。


 だが、この城で遺骸兵器完成までの期間、教職員として関わってきた軍人達の中にはその心境が大きく変わってしまった者もいることも事実で―――


 ―――閑話休題。


「バイラスは稀に壁の内側にすら自然発生する。この地域の付近にバイラスが数匹も自然発生するなど、極めて稀ではあるが―――」


 つまりは、『アイギス計画』にて建設された壁の内側にバイラスが現れたということはそれすなわち、自然発生した物以外に考えられないということだ。


 壁は完成後も、内側から改修と強化が続けられている。

 建設初期ならまだしも、現在の堅牢な巨壁が易々と破られることなど有り得ないのだ。


『うん、なるほど』


 アングストが改めて説明をすると、type-Fはまたもそれを遮った。


 ―――一体なんなのだ、とアングストは内心苛立ちを覚えた。


 だが、その苛立ちが続いたのも、ほんの数秒のことだった。


『―――今回の敵、僕は壁の中で発生したものではないと思うよ?』


「……何?」


 なぜならtype-Fが口にした言葉が、あまりにも意外なものだったからだ。


 壁の内側に現れた個体が、自然発生した個体ではない?

 一体何を言っているのだ、この亡霊は。


『一匹二匹ならいざ知らず今回出現したのはおよそ二十匹だ、しかもその全てが、明らかに人を狩り慣れているような動きをしていた』


 だが確かに、type-Fのいうことにも一理はあった。


 あのバイラスの群れの統率は並外れたものだったのだ。発生してすぐの個体にしては、随分と知能が発達していたように見受けられる。


 ―――しかしそれは、自然発生の個体でも有りうることだ。


 どこかで自然発生してしまった個体が、軍に発見されることなく一定期間人類の生存圏で狩りを行っていたならばあの程度まで発達することはあるだろう。


 ……その可能性は、バイラスの索敵と排除を是とする軍の怠慢を認めるようなものてあることから、中々に業腹ではあるが。


『僕らの世界の常識を当てはめるから今とはズレがあるかもしれないけど、少なくとも一度に二十匹近くも魔物が自然に湧くなんて、そうあることじゃないと思うんだ』


 確かにtype-Fの言うとおり、現代の価値観でも珍しいことではある。


「そう、ということは有りはしたんだろう?そちらの世界でも」


「あぁ、あった、でもそれには少し事情があって、世界自体が不安定だったことから出た一種のバグでしかなかったんだ。君たちのこの世界でそれが発生する可能性は、そう高くはないと思うよ?」


『だから、彼らは多分壁の外にいた群れの一つじゃないかな?それが何故、内側に居るのかは僕には分かりかねるけれどもね』


 type-Fのその推理は、確かに興味深いものだった。


 だが、壁になんらかの異常が発生した、ましてや壁が破壊されたなどという連絡は一切受けていない。

 軍からの連絡も何もない以上、彼のその考察は空想にすぎないものだ。


 城塞基地「ルールー」は確かに僻地ではあったが、巨額の投資が為された新兵器開発計画「パストメイル・プロジェクト」の主導を握る重大拠点だ。


 壁の外のバイラスが侵入するような事態が起こったのなら、緊急連絡が来ないはずがない。

 アングストはそう考えた。


「……分かった、可能な限り調査しよう、忠告感謝する」


 だが、それを一蹴することはしなかった。

 可能性はあることだ、追々確認をすればいい。


『うん、それだけだ。最後に一つ』


 アングストの返答にうん、うんと頷いたような声をあげると、type-Fは最後と前おいて話す。


『僕達は少なくとも、現段階で君達に仇なすことはない。勿論未来の事だから確実ではないけれど、恐らくこれからも』


 それはひとつの宣言だ。

 自分たちは友好的であると、ある程度は信頼してほしいと。

 そんな意志が込められた、共に未来の戦友に向けた餞別のような言葉だった。


『それじゃあね、また話そうじゃないか!』


 そんな言葉を最後に、遺骸兵器からの出力が途切れる。


遺骸兵器パストメイルからの通信終了、切断しますか?」


「あぁ、頼む」


 アングストからの許可を確認すると、通信士が機器で操作を行い遺骸兵器との通信接続を切断した。


「……それと、一つ頼みたい」


「私の執務室の機器に、統合本部との通信を繋いでくれ」


「承知致しました」


 その行動はtype-Fからの助言を受けたから、というわけではない。

 元来、今回の戦闘に関する報告をしなければならなかったのだ。


「彼等の言いなりになるのは、少々癪だが……」


 ―――だが、確認することは増えた。


「事実確認と報告は、念入りに行わなければな」


 こうして、アングストは見下していた電霊体からの提案を受け入れた形で、状況の把握を進めていくのだった。




 ◇◇◇




 青い光に照らされた、城塞の医務室。


 辺りの棚には医薬品や医療に関する書籍、そして児童書が納められており、その近くには数台のベットが立ち並んでいる。


「……」


 その中の1台に横たわっていた蒼髪の少女、フィラナ・Fフィーリエ・カリブルヌスはゆっくりと身を起こすと、隣に並ぶベットを見る。


 ―――そこには、美しい銀色の髪を月光に晒して輝く、一人の少女が寝息を立てて横たわっている。


 その表情は非常に穏やかで、まるで幸せな夢を見ているようだ。


「―――貴女が、あれをやったというの……?」


 だからこそ、フィラナはそう呟くしかなかった。


 つい数時間前の、あの惨状。

 獣の狩りの後のような、血塗れの戦場に立ち尽くしていた、黒い遺骸兵器。


 その中から彼女が救出されたその時から、フィラナの脳裏に浮かんだ言葉は今でも脳裏をリフレインしている。


(信じられない)


「はぁ……」


 考えても仕方がない、ということは分かっていた。

 結局のところは、目を覚ました本人に聞かなければあの事態の真相が明らかになることはないのだ。


 フィラナは当然、そんなことはよく分かっていた。


 だがそれでも気になってしまい、数分ごとに起き上がってはクリスを見つめていたら、結局一睡も出来なかったのだ。


「……寝よう」


 フィラナはそのことを努めて脳裏から打ち消そうとして、布団を頭から被る。


 だが、その時、



「―――私が、殺さなきゃ」



 隣のベットから聞こえてきた譫言うわごとを、聞き取ってしまった。


「……え?」


 咄嗟に起き上がり、発言の主であろうクリスを見る。

 見るとクリスの寝相は先程よりもかなり悪くなっており、布団がかかっていないも同然になっている。


「寝言、なの……?」


 フィラナはその無意識の発言に疑問を覚えつつも、クリスの布団をかけ直す。


 何せ雪原の中の古城だ、そんな状態で寝たら風邪を引いてしまう。

 フィラナはそんな作業に集中し、クリスの発言を忘却しようと努めた。


 ―――だが、その衝撃はそんなことで消えるものではなく。



 結局のところ、その夜フィラナは一睡も出来ずに翌朝を迎えたのであった。




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