第七話:“血“染めの少女 - punishment to Me -
―――
その光景は、それ以外に形容のしようがない散々たるものだった。
ただ目の前の敵を掴み、その掌で握り潰す。
知能の欠片も窺えないその獰猛さは、まるで相対する敵よりもよっぽどに獣らしい。
「ほんとに、クリス……なの……?」
友であるはずのククリすら、思わずそんな言葉をこぼす。
確かにあの鎧に乗ったのは、自身がよく知る親友、クリス・ファレノプシーその人だったはずだ。
―――だが、目の前のこの化け物はなんだ。
もはや人であることを捨てたかのように、四足歩行で
その腕から五本の刀剣が展開、まるで爪かのように大きく広げられ、
<――――――!?!???>
―――怪厄の胸部へと抉りこまれる。
それと同時に刀剣がまるで指のように可動。まるで掌で何かを握るかのように、怪厄の胴体が5つに引き裂かれた。
辺りの雪原が、臓物混じりの赤黒い血の色で染め上げられる。
「敵の心臓を、的確に抉って―――!?」
軍人であるアニータですら、思わず戦慄する。
壱号機―――フィラナの駆るtype-Fの起動時には全く抱かなかった感情。
―――それは、恐怖だ。
軍人の自分が、自分達の作った兵器に恐怖するなどおかしな話だ。
だがそれほどまでに目前の機体は、化け物しか形容の出来ない挙動を繰り返す。
あの獣の中に乗ってるのは本当に自分の教え子なのか。
あの明るい少女であったクリスの中に、これほどまでの殺意が隠されていたというのか。
―――いや、そんなはずはない!
アニータは考え直す。
あれほどまでに底抜けに明るかった少女に、そんな二面性があるはずもない。
恐らくは、機体に励起された電霊体が機体を乗っ取っているに違いない。
そうだ、そうなのだ。
でなければ、あれは―――
「アニータ、これは……」
立ち尽くすアニータの後ろから、『校長』―――アングスト中佐が姿を現す。混乱の最中にモニタリングが機能しなくなり、自分の眼で確かめる為に飛び出してきたらしい。
「……どうやら、弐号機が起動したようです。接続者は―――」
アニータがそう言おうとしたその時、数匹のバイラスが血塗れの遺骸兵器へと飛びかかる。
恐れを知らない、とはこのことだ。
あれほどまでに惨殺された同胞を見ても、彼らのその人間への絶対的な殺意は揺るがないらしい。
だが、相手が悪い。
彼らが相対する鎧は、彼らと同等―――いや、それ以上の殺戮欲求をその身に宿した化け物なのだから。
肩に取りついた数匹のバイラスは、装甲を引き剥がそうとその隙間へと牙を突き立てる。
だが、それがよくなかった。
その瞬間、肩部装甲の隙間からチェーンソー状のブレードパーツがせり出し、その無数の刃を高速回転させる。
―――三匹のバイラスの肉が、まるでミンチのように擂り潰されて辺りへと飛散する。
それは一見血の雨のようだったが、雨というには質量がありすぎる。
木々の枝を、飛散した内臓が直撃してへし折る。
そこにもう一頭のバイラスが飛び出し、今度は背部へと飛び付く。
それもまた、悪手だ。
<―――!?>
背部から、エネルギーで構成された光翼が展開される。
その光に、バイラスの手足が触れた瞬間。
バイラスの手足が分解され、塵と化す。
それはもはや、血液すら飛び散らない絶対的な死だ。
高密度のエネルギーの乱気流に飲まれた物質は、即座に光のような塵へと分解されて空へ舞い上がる。
その場に残ったのは、その外装の全てが血に染まった遺骸兵器「type-R」。
―――そして、辺り一面に散らばった、かつて化け物であった挽き肉のみであった。
「数体のバイラスを、この一瞬で……!一体、誰が―――」
アングストの疑問は当然のものだ。
あのような戦い方をするような人物は、軍にだって、あの孤児院にだっているはずはない。
「―――接続者は、クリス」
だが、アニータはあえて告げる。
アングストの固まった表情を振り替えることなく、繰り返しその名を告げる。
「……クリス、ファレノプシーです」
―――画して、白雪積もる深夜の森林での襲撃は無事に解決した。
無惨に飛び散った血液と腸、そして二機の鎧を残して。
◇◇◇
「はぁ、はぁ……!」
操縦席で白髪の少女、クリスは息を切らしながら操機に伏せる。
その額には多量の汗が浮かび、戦闘時の内部状況の緊迫を物語っている。
―――戦闘中の記憶は、朧気だった。
覚えているのは、目前の怪厄を『自分の手』で殺したいと思ったこと。
―――そして、怪厄の血肉が飛び散る様が非常に美しかったと感じたことだけだ。
だが、そんなことはどうでもいい。
皆が護れたのだ。他ならぬ自分の手で。
そのことが、今はたまらなく嬉しかった。
『敵生体反応0。戦闘終了だ、女』
操機からそんな声が響く。
「おん、な、じゃない……クリ、ス……」
クリスは息も絶え絶えながらに、声の主に自身の名前を告げる。
女、などという呼び方はされたくない。自分には、皆がつけてくれた大切なクリス・ファレノプシーという名前があるのだから、それで呼ぶのが道理というものだろう。
『……初陣にしては上出来な戦果だ、“クリス“。だがこの程度で疲弊されては困るぞ』
それに対して響く
それが“彼“の最大限の自分への譲歩なのだと、クリスは苦笑する。
「……はは、これからもっと殺さなきゃ、だもんね、きっと」
“彼“の声色は、クリスを心配したようなものではなかった。
込められている感情、それはきっと「同情」だ。
『あぁ、そうだ。―――
声は語る。
近い未来にお前は必ず死ぬのだと。
『お前に平穏な死はあり得ない。お前は苦しみ、もがき、後悔しながら死ぬ。それが確定された末路だ』
何かを護るために剣を握った者の末路は、往々にして無惨なる死のみであると、そう語る。
『―――後悔は、ないか?』
その声には、にわかに経験則が含まれているように感じた。
それはもしかしたら、“彼“が前世かなにかで体験したことだからこその含蓄なのかもしれない。
―――だが、クリスにはそんなこと、どうでもよかった。
「別に、構わないよ」
だって、クリスがどうなろうとも他者に迷惑はかからない。
敵を殺せば『皆』の命が護られるし、その戦いの中で自分が死んだとしてもそれは謂わば必要経費だ。
自分の命を消費することだけで他者が護れるなら、それ以上のことはない。
「―――それで、皆が楽しく暮らせるなら」
クリスは優しい笑顔で、呟く。
―――瞼が重い。
この兵器を使用した副作用、なのだろうか。
そう感じたときには既に遅く、クリスはゆっくりと、瞳を閉じてしまう。
そうだ、コルセス達、皆は無事だろうか。
一瞬周りを見たときにアニータ先生らしき人影も見かけたし、敵は全部殺したのだ。
きっと、大丈夫だ。
誰一人かけることなく、『皆』が楽しく遊んでいる姿を、きっとまた見ることができる。
そんな思考を最後に、クリスの意識は暗転した。
『―――あぁ、本当に気に入ったよ、お前のことを』
“彼“は称賛する。
少女のどうしようもない
彼女の中に燻っていた、どうしようもない孤独を。
―――そう、彼女の語る『皆』の中には、いつだって彼女自身は入っていなかったのだ。
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