ハワイ旅行はタブーと共に

第1話

| 太陽が頭のてっぺんから少し傾いたあたり。

 ギンジロウは不咲区のメインストリートを歩いていた。

 

 昼の不咲区にあるメインストリートは、辛うじて道路の体裁を保っている所の両端にこれでもかと露店が立ち並ぶ。

 そこに車が通れないほどの人だかりが行き来するのだ。


 まるで隠れていたネズミやゴキブリが湧き出てきた様だと、人混みを嫌うギンジロウは顔をしかめた。

 そうなるとギンジロウ自身もネズミやゴキブリの類なのだが。


 歩くギンジロウを露天商が威勢の良い声で引き込みをしてくるが、慣れた様子で無視した。

 

 ここの露店は10割方ヤブだ。

 そのうちでマトモな店は6割といった所。 

 マトモじゃ無い店は何かといえば、やれデタラメな化合物で出来た謎肉を調理して売っているだの、アシの付いている盗品を売っていたり。

 そういった店は生命に関わる。

 

 じゃあここの露店街は機能していないのか?と言われればNOだ。

 マトモじゃない店は数日でトンズラする。

 それと違いマトモな店は常に店を構えている。


 初見ではわからないだろうが頻繁に来ている地元民からすれば簡単に見分けは付く。


 例えば、パンチパーマのおばちゃんが売ってる吊るし肉の正体は養殖クリッターだ。

 アルヴァタールが良く買ってくる。


 例えば、いかにも貧困風な若者が売っている常備薬の数々。

 一見問題なさそうだが、その男をギンジロウは初めて見る。

 これは様子見だ。


 大手製薬会社が秘密裏に人体実験を行っているのは周知の事実だが、ターゲットにされるのは主にスプロールに住む貧困層だ。

 どうせ住基コードの無い存在しないはずの人間達だ。

 攫って閉じ込めて実験を行えば良いのだが、人権団体が煩く騒ぎ立てて企業イメージが落ちるらしい。

 だからこうやって貧民に紛れてネズミが共食いしている風を演じている様だ。

 本音と建前ってやつだ。


「おっと」


 唐突に背後からぶつかってきた子供の首根っこを捕まえて張り倒した。

 ギャンギャン泣き出した子供の手には片手に収まるくらいの四角柱、物理マネーが握られている。


 4万円元。


 元はギンジロウのポケットに入っていたもので、それを引ったくって取り返した。

 そそくさと駆け寄ってきた男と女が子供を回収して去って行ったが良く有る事だ。


 何事も無かったように、ギンジロウはけばけばしいネオン看板が目印のビルを目指してまた歩き始めた。


 ガーっと音を鳴らして立て付けの悪い自動ドアが開くとムワッっとしたタバコの匂いと騒音がギンジロウを包み込んだ。

 ネオン看板のビル内は狭い通路がいくつも並び、釘が打たれた台を前に、老若男女が狂ったようにノブを回して玉を弾いていた。

 いわゆるパチンコ店だ。

 ギンジロウは様々なデータが表示された電光板を見て適当な台に座ると、四角柱の物理マネーを台の横にある穴に差し込んだ。

飲み込まれていく物理マネー。同時に銀色の玉がジャラジャラと台から吐き出された。


 ギンジロウの右側の席ではオバちゃんが台のガラス面に頬を擦り付けている。

 左側ではオジちゃんが液晶画面を、まるで孫の頭を撫でるように撫でていた。


 │メルヒェン《ここ》に来れば若きも老いも、誰もがトレジャーハンター。

 俺は今日、この四万円元を八万円元に増やす。

 そう決意してキンジロウは台のノブに手を掛けた。



.。o○




 「ありしたー」



 店員の挨拶を背にギンジロウはパチンコ店「メルヒェン」を後にした。


 「四万円元しか持っていかなかったのに、十一万円元負けるっておかしくねーか?」


 つい独り言が出てしまったようだ。

 その背中はどこか煤けている。

 

 メルヒェンに入った頃は太陽が頭上にあったのに、今は月が頭上にある。

 まるで物理法則を捻じ曲げられた様だ。

 バカでかい月に笑われた気がしてギンジロウは転がっていた空き缶を蹴飛ばした。


 小気味よい音をたてて飛んでいった空き缶は、地面に着地するとコロコロところがり、コンビニエンスストアの入り口で止まった。


 そういえばもうタバコがない、すべてメルヒェンで吸い尽くしてしまったから。

 ジャケットのポケットをポンポンと叩き、タバコの箱を取り出して逆さまにしてみるとパラパラとタバコ滓が落ちていった。


 幸い鋼の理性で残した一万円元がギンジロウの手元にあり、タバコと酒程度は買えそうだった。


 ウィーン


 「シャセェーイ」


 店内に入るとスピーカーから音声が流れた。

 店員は居ない。

 フルオートメーションコンビニエンスストアなのだ。

 万引きや強盗はどうするのだという疑問も有るだろうが、店内の天井に幾つも取付けられたサブマシンガンがギンジロウの方へと向いた。


 もしも万引きや強盗をすれば即座にオダブツ。

 この過剰防衛力が、治安の悪いスプロール内での無人営業を可能にしていた。

 

 「タバコ〜♪酒酒〜ェンタバコプリン〜♪」


 頭に浮かんだ欲しい物を即席の歌にして商品をかごに入れていきふと思い立った。


 │フェイル2《あれ》の飯がない。

 何時も彼女の世話をするのはアルヴァタールなのだが……。

 彼は今、帰郷していた。


 なんでも年に一度、大災害レベルの化物が村にやって来るから、その進路を変えないと村が踏み潰されるんだと。


 ギンジロウ自身もドキュメンタリー番組でそれを見た事があるが。

 まるで着ぐるみを着た様な二足歩行の狼が取材に答えて、翻訳のテロップが出ていたのが印象的だった。

 内容も内容で、動く要塞を竹槍で反らす様な……といった感だった。


 村の場所を変えろよ。

 

 それはともかく│フェイル2《ガキ》の晩飯は──。


 「君に決めたッ!」


 そう言ってカゴに入れたのは、食用オイル1リットルを三本にテラ盛ヌードル。

 子持ちなら、育ち盛りの年頃に見えるフェイル2に対してはあまりに思えた。

 そもそも人の食事ではなかった。

 しかしただの食事で彼女の必要摂取カロリーを満たすのは困難。

 大型の動物を飼うのに匹敵するコストがかかるのだ。

 

 全く酒とタバコが有ればOKな俺を│フェイル2《ガキ》には見習ってほしい。

 エコだよエコ。

 この大消費文明時代、エコの心が必要なんだよ。


 しかし小鍋ほどもあるカップ麺をカゴに入れた後、更に酒を買い足すギンジロウはエゴだった。


 「オカイケイ。8524円元。デス。キャンペーンチュウ。ダヨ。クジヲ。8マイ。ヒイテネ」


 買い物カゴをスキャナーに通し、会計が終わるとスピーカーからキャンペーンの案内が流れた。


 そしてカラフルな西洋甲冑を着込みカタナを持った七人の侍がタッチパネルにに表示された。

 どうやら映画、セブンホーリーサムライのコラボレーションらしい。

 とりあえず期待もせずピンクサムライのオッパイを8回タップ。

 

 「オウボケン。ダヨ。オウボケン。ダヨ。オウボケン。ダヨ。オウボケン。ダヨ。オウボケン。ダヨ。オウボケン。ダヨ。オウボケン。ダヨ」


 クジに全く期待していなかったギンジロウは、電子音声が結果を告げ切るのを待たずに会計を離れようとしたその時。


 「オオアタリ!ハワイリョコウ。イッシュウカンノタビ!」


 ファンファーレと共にでかでかとパネルに掲載されていた特等が当たったのだった。

  

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