第2話
バボバボバボと壊れそうな音を出して内燃式のワンボックスカーが町の高架を走る。サングラスを掛けて不機嫌そうにタバコを吸うギンジロウに対して丸いヘッドライトがキュートだ。
ミラーを見れば後部座席には着物姿のフェイル2と、スリットの長い紺色のドレスを着たミドリコ。空中に画面を投射するタイプの
ギンジロウは着飾ったミドリコにお前は一体どこに行くつもりなんだんだと言いたくて仕方なかった。大した場所に行くわけじゃない。今から行くのは街の中心に作られたショッピングモールだ。
歯ブラシから
しばらく進むと高架が大きな建造物に吸い込まれていく。影がギンジロウの車を覆った。馬鹿みたいにでかい屋根だ。モール全体を覆い尽くしており、上を見上げれば様々な広告が映し出されている。100万人近くを収容できるこのスーパーケンセイモールは一種の街だ。中での移動はほとんど車だし、宿泊施設もある。さらに店舗はコロコロ変わるから案内板に無い店が無数に存在する。
片側四車線の道をミドリコの案内で飛ばしていると目の前に大理石出できた宮殿の様な建物が現れる。(ハセガワヤ。200年の歴史を持つ老舗だ。ターゲットは主に裕福層。)
ここに入ろうっていうのかこの女は。
店の前に車を付けると店員が駆け寄ってきて降車を促した。
「エンジンはかけたままで良いからね」
言われるがままにすると店員はボロボロのワンボックスカーに乗り込み店の裏手へと消えた。駐車場へ行ったのだろう。店内に入るときらびやかなショップがいくつも立ち並んでおり、客層も明らかな裕福層ばかりだ。そこはギンジロウが知るスーパーケンセイモールではなかった。
改めて自分の格好を見る。よれたアロハシャツにボロボロのジーンズ。明らかに場違いなのはギンジロウであった。
こっちだよと迷いもなく進むミドリコにギンジロウは追い縋る。
「おい、ババア。どういうつもりだよこんなところに連れてきて」
目を右往左往させて周りを見回しながらコソコソと話しかけるギンジロウ。明らかに挙動不審だ。
「どういうって。この娘っ子の服を買うんじゃないのかね」
「そうだが……そこらのディスカウントストアで良いんだよ!こいつの服なんて」
そう言ってカラコロと履かされた下駄から音を出しつつ後ろについてくるフェイル2を指差した。
「そういう所じゃ服は売ってても、子供用のまともなバトルスーツなんて売ってないんだよ。だいたい成長期の子供にそんなもん買ってたらきりが無いからね」
「そんなもんいらねーよ!普通の服で良いんだ!普通の!」
「大体、あんたあの子をまともじゃない事に使うつもりだろ。全部お見通しさね。伊達にあんたより長生きしてないよ」
「はっ!ご聡明なことで!おっしゃるとおりですよ。だけど俺は一円元も払わねーぞ。こんなバカ高そうな店で買ったモンによぉ」
「結構。結構。あたしはあたしで好きにやらせてもらうさね。ほら、こんなうましか男はほっといてお姉さんと一緒に行きましょうねぇ」
ミドリコはフェイル2の頭をひとなですると手を取って歩き出した。
「そうだ、あんたの名前呼び辛いし、トモエちゃんって呼んでも良いかね?あたしに娘が出来たら付けようとしていた名前で───」
ギンジロウは自分を置いてきぼりにして勝手に話を進めるミドリコを面白くなさそうに見た後、大股で歩き出した。途中、すれ違った中の良さそうな家族にわざとぶつかりガンもくれてやる。そそくさと去っていく家族連れの男。歳を取った女は化けもんだ。男じゃ絶対勝てねぇ。
それからミドリコによるフェイル2の着せ替え大会が始まった。
ワンピース、コート、ジャケット、パーカー、ポンチョ、ニット、ブラウス、チュニック、スカート、ジーンズ、デニール、カプリ、フィッシュテール、ホットパンツ。
様々なものを様々な店舗で。その時間は三時間に及び、膨大な荷物はギンジロウに預けられた。
フェイル2は無表情ながらどこか疲れ顔だ。ギンジロウは死んだ。
そして最後に立ち寄った子供用の防具専門店。手でごまをする店員に対して、ミドリコは迷いなくガラスケースに入れられたバトルスーツセットを指差した。
店員のごますりが加速する。その目つきは狩人の目だ。絶対に逃さないという。
ギンジロウはバトルスーツについた値札を見た。───見ない事にした。
セイヴ&キャメルマン社の子供用防護服「獅子の毛皮」。
子供用と表記されてはいるがその実、オーバースペック品だ。
体型に合わせたオートフィッティング機能。衝撃で瞬時に硬化する液体装甲と炭素繊維の複合装甲で銃火器や刃物に強い耐性を持つ。背面に付けられた有機的な形状の脊髄サポーターやショック吸収ゲルが強烈な衝撃から身を守る。
その他にもバイタルのチェックや出血時の自動加圧止血など至れり尽くせり。
ギンジロウが普段着るバトルスーツよりも数倍値段が張る代物だ。
試着室に入って行ったミドリコとフェイル2。中からは二人の話し声が聞こえる。着心地だの、運動性能だの。一息ためてカーテン越しにギンジロウは呟いた。
「バ……ミドリコ。今度、さ。飯でも一緒に行かねぇか?いい店知ってんだ。夜景がよく見えてさ、白鯨も目の前まで来て。その後なんだ、その」
ギンジロウの目に金のマークが浮かぶ。ミドリコがここまで金を持っていたことを今まで知らなかったのだ。しわしわのババアだったミドリコが、今やネギを背負ったシワシワのカモにギンジロウは見えた。ミドリコは94歳だが心の目を閉じればいける!と考えたギンジロウへの返答は素早く、鋭く突き出された尻尾だった。カーテン越しに尻尾がギンジロウの肝臓へと突き刺さる。恐るべし。その場に崩れ落ちるギンジロウ。ナムサン。
「金目的の付き合いはお断りだよ!」
崩れ落ちた後に一喝。即答された。
───まったくひどい目にあったと、ギンジロウはレストランのボックス席に腰を下ろし荷物をドカリと床に置いた。
服がほとんどとはいえ、ギンジロウの身長と同じ程に高く積もった今日の戦果を見てミドリコが満足気だ。
「疲れた疲れた。こんなに買い物をしたのは久しぶりさね」
くたりと猫みたいにソファにしなだれたミドリコ。疲れたのは俺だとギンジロウは言いたかったが喉のあたりで堪えた。
「警告、フェイル2の体内熱量が警告域です。安全域まであと、8000キロカロリー」
「はいはい、お腹すいたねぇ。なんでも頼んでいいからね」
「了解しました」
コイツ朝にたらふく食ってまた喰うのかとギンジロウは想像しただけで胃もたれを起こした。だが、まてよ。そもそも朝に俺が食べる朝食の8倍、いや10倍は食べていた筈だ。さらに8000キロカロリー?想像もつかん。
フェイル2が注文端末をポチポチと押して(かなりの速度で)注文するのを見てギンジロウの心が粟立った。
「おい、ガキちょっと見せろ」
フェイル2が持っている注文端末をぶんどり履歴を見てみると。
「おいおいおいおい。1ページ目の左端から4ページ目の右端まで全部一個ずつ頼んでんじゃねーか!どんだけ頼むつもりだったんだ!ええ!」
「注文端末には12ページまで項目が羅列されています」
「知っとるわそんなもん!!」
そして注文金額を見てワナワナと肩を震わすギンジロウ。表示された金額はギンジロウの月の食費を大幅に凌駕していた。注文をキャンセルしようと端末を操作する。
「まぁ良いさね。たまには」
ミドリコがギンジロウから端末をつまみ上げてフェイル2へと返した。先の続きとばかりに端末を操作して注文を続行するフェイル2。
「俺は一円元も払わんぞ」
「結構結構。あんたにはそういうのは期待してないよ。たまには使ってやらないとパパにも悪いからね」
そう言って右人差し指で右目のまぶたをぐいっと持ち上げるミドリコ。その瞳は黒に見えるが光の反射で深い緑だということが分かる。
今のクレジット決済は網膜認証が標準である。故に強盗に遭った時は目をくりぬかれることが多い。
しかし、パパと言う言葉にギンジロウは困惑した。
(こいつの歳が94だから、30歳、いや40歳足すと……)
その何とも言えない表情を見てミドリコは笑うと持ってこられたアイスティーを一口飲んで。
「あーパパはパパでもあたしより年下だよ。今年で45歳だったかね。たまにうちのバーに来てるだろ。スキンヘッドで、ガタイがよくてさ。赤い
言われてみれば居たようなとギンジロウは頭のなかで思い返した。
「彼が月に500万円元をあたしの口座に勝手に振り込んでくるからね。使わないってのも失礼だろ。せっかく甲斐性を見せてくれてるんだから使ってやるのが女ってもんだよ。」
ケラケラと笑うミドリコに今日何度目かの恐怖を抱いたギンジロウは心の中で逆らうのはやめようと強く決意したのだった。
それからスターウォーズに出てくるRD2Dみたいな給仕ロボットが延々と料理を持ってきて、4人がけテーブルには料理が収まらず隣のテーブルと合体させられた。
ギンジロウが普段食べないステーキを食べている間にもフェイル2はもりもりもりもりもりもりもりもりと料理を平らげ皿を重ねていく。ミドリコはトモエ食い過ぎ、食い過ぎ。とゲラゲラ笑っているがギンジロウは胃がむかむかして仕方なかった。フードファイターかコイツは。
しかも周りの客は珍獣を見るような目でギンジロウ達を見てきたため。わざわざギンジロウは練り歩いて、一つの席に一つのガンを飛ばして周る羽目になった。例えば家族連れの男のハゲ頭の天辺を手のひらで掴んで、鼻と鼻が当たるくらいの距離で男が視線をそらすまで壮絶な顔で睨みつけたりとか。
お礼参りが終わりしばらくした後にテーブルの上の料理は全て片付き食後の満腹感に各々が一息ついていると、ピンポンパンポーンというよくあるアナウンス音が館内に流れた。
『館内の皆様にご連絡です。現在、スーパーケンセイモールに大規模数の
「なんだ、レイダーが来るのか」
食後で脳から消化器へと血が集まっていたギンジロウは、ぼんやりした頭で今後のプランを考えていた。
そうだ。このガキをフードファイターに仕立てよう。それで別のフードファイターと対戦させるんだ。小さいやつがでかい奴を倒す。ジャイアントキリングだ。民衆はそういうのをいつだって求めてる。はじめは個人チャンネルでやろう。その後有名になったら大手スポンサーについてもらって───。
だが大抵ギンジロウのこういう考えは外れる。それが今の現状を表していた。
その後、血の巡らない頭。独特の後ろ上がりなアナウンサー口調で喋られた内容に、一瞬違和感を感じ取れなかったギンジロウだったが、ふつふつと違和感が湧き上がり初め。
「はぁ!? 何言ってんだコイツ!!」
理解した後に席から飛ぶように立ち上がり近くのウェイターへと掴みかかった。
つばを飛ばしながらがなるギンジロウにウェイターは。
「お、お客様、落ち着いてください。当イベントは毎回不定期で開催されております。今までお客様に死傷者が出たことはありません。お客様方はまったくもって安全でございます!」
クレーマーにいちゃもんをつけられたみたいな困った表情をしながら言葉を返すウェイター。
周りの客からは「やだ、あの人恥ずかしいー」とか「何、服装から見るに一見の貧乏人だろう。常識が無いんだよ」とか。
ギンジロウの中でぐるぐると常識という言葉が混ざって溶けた。言い返す気力も無く席に戻ってソファへどさりと座るギンジロウにミドリコが話しかけた。
「ああ、こりゃ金持ちの娯楽だね。犯罪者相手なら罪にならないから一般人でも気軽に参加できるのさ。自分らは安全な所に居るから安全だし。ほらあんたもたまにスーパーケンセイモールからセキュリティ依頼来てただろ」
確かにと、ギンジロウ。スーパーケンセイモールのセキュリティ依頼はあった。しかもかなりの高待遇。ギンジロウがそれに参加しなかったのは"高待遇過ぎた"からだ。高待遇には理由が有る。実際この依頼は相手を殺した数によって報酬が減額されてしまうのだ。殺しに掛かってくる相手を殺さずに御すなどただの人間には不可能に近い。
更にミドリコが情報端末片手になにやら視線を動かし。
「どうやら1等で200万円元、2等で100万円元、3等で50万円元もらえるみたいだね。あとは10等まで景品があるみたいだよ」
ほらと折りたたみ式の情報端末をギンジロウに見せた。
次の瞬間ギンジロウは走って何処かへ消えた。
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