第4話

「おい!ドクを……移動病棟……」


「大丈……風……守っ……」


「また……死………た」


「おち……て………」























「死なないでくれ」



.。o○



「なんだ、生きてたのか。クソガキめ。自分の蒔いた種だ。自業自得だ」


 フェイル2が目覚めるとまずは煤けた天井が目に入った。

見回せば腕には点滴のチューブが繋がり様々な機器がジージーと電子音を上げ、彼女のバイタルサインを表示している。どうやら多少薄汚いが病室のようだ。

 ベッドに横たわるフェイル2の隣にはギンジロウが安いパイプ椅子に足を組んで座っている。


「世界の肉食展」


「ハッ!起きて最初の一言がそれかよ。もうとっくの昔に終わっちまったよ。次は来年だ」

 

 それを聞いて起き上がろうとしたフェイル2をギンジロウは手で制した。


「全く期待外れだよお前には。ピースメーカーの2台や3台倒してみろってんだ。これに懲りて無茶をするのは止めるんだな。お前は無敵でも何でもねーんだよ」


「はい。いいえ。当個体はフェイルシリーズの中で高い単純戦闘能力を保有していると認識しています。平均的なピースメーカー2機であれば約95パーセントの確率で無力化することが可能です」


「要するにピースメーカー2機と100回戦えば、ほぼ確実に死ぬってことだろーがよ。お前ご自慢の仮想ペルソナ?とかいうやつは随分おめでたいな」


「………」


「それと今回の事態を収拾するのにいくらかかったと思う?笑えるぜ」


 ギンジロウはもはや現実逃避といった感じでしわしわになった支出表をフェイル2に見せた。

 治療費800万円元、多目的コンテナミサイル1億2000万円元、修理費200万円元、その他、その他。

 内訳はこうだ。


「ついにお前の負債が一億を超えた。もうお前を売って損切るとか言う話のレベルを超えちまった」


 ハハッと乾いた笑いを上げるギンジロウだったが、一瞬でフェイル2が今まで見たこともないような無機質な表情を浮かべると。


「だから俺は考えた。結果がこれだ」


 そういってジッポライターみたいなものをフェイル2に見せつけた。


「コイツは起爆装置だ。で、肝心の爆薬はどこにあると思う?」


 トントンと人差し指でフェイル2の心臓あたりをつついた。


「お前のここだよ」


 瞬間。白いシーツが舞い上がりギンジロウの首をフェイル2が鷲掴みにした。ギンジロウの半分もない細い腕がまるで万力のように首を締め付ける。


「お゛、お゛れ゛を゛ごろじても゛!ばぐはづす゛る!」


 フェイル2の手が緩み地面に倒れ込むギンジロウ。激しくむせ込み涎が床を伝うが苦しさを押し殺して次の言葉を続けようとする。

 間を開ければフェイル2が何処かへ逃げそうな気がしたからだ。


「い゛、いいか。俺が提案したいのは2つだ。俺の言うことを聞け。そして何かする時は俺に相談しろ。あとはお前の好きにしていい」


 どうだ?といった感じでフェイル2を見つめる。

彼女はいつもと変わらず無機質な視線で何を考えているか分からないが。


「はい。あなたを当個体の暫定的サブアドミニストレータからアドミニストレータへと命令権を移行します。この権限内には当個体の自傷、自害行為が含まれます。良い命令を」


 椅子に座り直したギンジロウは安堵したようにそれで良いと呟いて、しばらくフェイル2にベッドで寝ている様にと言いつけて病室を立ち去った。



.。o○




「まったく君の奇特さと甲斐甲斐しさには涙が出るやら笑いが出るやら」


 診察用ベッドに机、2つの椅子。そこに二人の男が腰掛けて向き合っている。ギンジロウと向き合って座る血で薄汚れた白衣で白髪の男はドクター、カバネグレイブストーン。

 レントゲン写真や資料が並ぶこの部屋は診察所だ。ナースに出された茶のグラスがカタカタと時折揺れるのはこの診察所は移動しているからで、日々新鮮な患者を探し回っているのだ。それは時に銃弾が飛び交う戦場にも及ぶ。


「黙れよドク。クソ高い医療費を取りやがって。人助けの心はどこに行ったんだ?」


「はは、そんなものは大学病院の中でゴミ箱に捨ててきたよ。それに命より金のほうが尊いのは当たり前だろう?それが嫌だったらドクター契約を申請してくれたまえよ。もちろんそれが捨て猫相手でもね。そうすればぼくは人でなしだろうが何だろうが助けてあげるとも」


「金の亡者め」


「ご最も。それよりも面白い寸劇だったね。起爆装置?ただのジッポライターが?」


「黙れよ。聞かれるだろうが」


「寝ずの看病、挙げ句の果に親と子ほども離れた少女に負けて床に這いつくばらされて……どう思うグレイシャー君」


 問いかけられたのはドクターの後ろで佇む金髪のボインだ。メロンくらいある。完全にドクターの趣味だ。

 ピンクのナース服を着た天使グレイシャー。患者の間ではそう言われているらしい。扇情的な体型に見合わず清楚な笑顔を浮かべると。


「ええ、先生。とっても惨めで健気で……とっても可愛そう。そういう趣味なのかしら?狙ってやったとか?」


 とかのたまう。天使の笑顔で。

 このドクターあってこの看護婦ありだ。


「そんな訳あるか。それよりグレイス。だけどそんな君も魅力的だ。どうだ今夜は、体だけの関係でも……正直本気では付き合いたくない」


「ま、先生。私、今回のことでギンジロウさんは小児性愛者だと思ったんですが、唯の万年発情猿だったみたい。しかも高額負債者なんて、まるでミトコンドリア以下」


「はは、つまりグレイシャー君の魅力は知能すらない細胞小器官にも分かるってことだろう」


「もう!先生ったらお上手なんだから」


「ははははは」


ギンジロウとドクター、グレイシャーの笑い声が診察室を満たす。


 馬鹿野郎。ミトコンドリアだって頑張ってるんだ。精一杯人が生きるためのエネルギーを生産してるんだ。無くちゃ生きていけないんだぞ。

 と、ギンジロウは心の中で反論した。

 が、これを口に出したらあの手この手で別方向から虐げられるのは目に見えていた。

 この二人は患者の傷口を抉るのが得意と同時に、何よりも心の傷を抉るのも上手いのだ。

 故に無反論が吉。一息ついて話題を反らす。


「で、ジャリガキはどれ位で退院できる?」

 

「ふむ、外傷はそれ程でもない。レーザー出力が低かったのが幸いしたな。精密検査をやるとして2日後くらいだろうよ」


「そうか、じゃあ俺はその間ヤボ用でしばらく離れる。アルヴァタールが来たらガキの面倒を適当に見るように言っておいてくれ」


「おや、良いのかね。リトルプリンセスの面倒を見なくても。」


「止めろ。吐き気がする。それに、招待状が来てるのさ」


 椅子から立ち上がりその場を去るギンジロウ。

 去り際に懐から一枚のカードを懐から取り出した。そこにはこう記されている。


  10月20日の0時に港コンテナ街154で待つ。一人で来い。


                   貧困者相互扶助会




.。o○


 "splash splash"


 深夜0時の港。打ち寄せる海水が防波堤に当たり泡を立てて散っていく。

 大型クレーンやチラホラとついた証明はスモッグに滲み、遠くでは工業用の大型船が腹に響くような独特の排気音を出して沖へと去っていった。


 ここは不咲区を内包する企業、メタマテリアルカンセイ管理エリアの末端。昼間は無数の貿易船が出入りするが、夜間になれば明かりは街頭程度。

 人通りも無く同規格コンテナ倉庫が並ぶこの区画は犯罪の温床となる。

 もし道行く人や路地裏に佇む人が居たとして、その顔を見てはいけない。仮に、"その時"を見てしまった場合、命を失う事になる。

 

 そんな危険地域の一角。森の中の枯葉みたいな倉庫の巨大扉を、ギンジロウは両手で取ってを持ち右足で蹴り飛ばした。

 錆びついた扉はいびつな音を立てながら、人一人が通れる程度に開かれる。

 中は真っ暗でギンジロウの影がほのかな街頭の光を受けて倉庫内に影法師のように伸びた。


 倉庫の中程まで進んだ所で唐突に2つの強烈なライトが灯る。

 車のヘッドライトだ。ギンジロウは眩しさに光を手で遮った。

 

「サイトー。ほんとにみてくれは一人で来たよ。馬鹿かな?俺は無敵だと思ってるタイプ?XXXにXXXを突っ込まれてXXXさせられるとか思わなかったのかな?」


「坊っちゃん。下品な表現は止めるようにと。それと貧困者相互扶助会我々に喧嘩を売ったのですから。両方かと」


 子供だ。声変わりしていない子供の声。そして落ち着いた男の声。

 強烈な光に慣れたギンジロウは手を下ろして声の相手を睨みつけた。


 一人は黒いスーツ姿の男。肩まで伸びたロングヘアを中分けしている。表情はサングラスに覆われ見えない。

 そしてその後ろにもう一人。フリルの付いたドレスを着た金髪の少女だ。フェイル2と同じ年頃に見えた。


 ギンジロウは舌打ちした。


 子供だ。


 子供は不幸を運んで来る。そもそもなんで子供が居る。それならいかついフィジカルヤクザのほうがまだマシだ。

 ワガママ、非論理的、気分屋。自分の事を王様だと勘違いしてるのか。

 それに声変わり前のあの声。あの声で喚かれると頭がガンガンするからだ。


 だがギンジロウはどうにもこの場に似つかわしくないその子供を組織の幹部か何かの子だろうと結論付けた。

 きっと愛しのパパか何かに駄々をこねて無理やりこの場に付いてきたのだ。もちろんパパは自分の子供に嫌われるのが怖くて断れないから、部下の胃がはちきれんばかりに恫喝して送り出すのだ。もちろん腐るほど護衛をつけて。今もライトの光が届かない暗闇には無数のボディガードがいて、俺に照準をつけているのだろう。

 しかしこんな交渉ごとに子供が出てくるわけがないと、ギンジロウはロングヘアーの男を睨みつけつつも心の中で安堵した。


「でもざぁ〜んねん!お兄さんの目論見は外れて、僕が今回のメインイベンターさ。取り敢えず懐の銃は……まぁいいや」


 ギンジロウは至って鉄面皮を貫いた。確かに懐に銃は忍ばせてある。こんな場では当たり前だ。高級ホテルや式典にドレスコードが有るように。


 ハッタリだ。ガキのくせに生意気にも心を揺さぶってきやがる。見てろ、大人の恐ろしさってやつお思い知らせてやると、闘志を燃やした。大人気のない事だが。


「おい、アンタ。カギの戯言はどうでもいい。目的を聞かせろ。なんで俺を呼び出した?ケジメをつけさせるなら不意打ちで拉致して何とでもすればいい。だがそれをしない」


 数秒、沈黙が場を支配する。ロングヘアーの男は口を開かない。

 代わりに少女が喜々として話し始めた。


「そう!僕らはいつでも君達を殺せたし殺せる!今だってそうさ!試しにその懐の拳銃、撃ってみなよ。空になるまで撃っても僕らには一発も当たらないよ」


「ガキは黙ってろ。だかそうか、あんたは戦闘用にマシナイズされたサイボーグか。それは生身の俺にはどうにも出来ないな。お手上げだ」


 そう言ってギンジロウはを両手を上げて自嘲気味に笑う。


 もちろんブラフだ。


 ギンジロウは今日の昼に駆けずり回った。このコンテナ倉庫に射線が通る場所を探すためにだ。

 そして今、10キロ離れた場所で雷電プラスが高速貫通弾を装填したスナイパー砲を担いでいる。

 銃口はギンジロウの視線とリンクしており、指令を送れば即座に発射。高速貫通弾は建物を切り取るように貫通して標的に75ミリのキレイな穴を空けるという寸法だ。


 ロングヘアーの男がサングラスを指で直したのは、何時でもお前を殺せるという事への肯定か。


「その通り!サイトーのマシナイズ率は80%。一般的にピースメーカーも倒せるし、銃弾だって避けれる。お兄さんが瞬きをする間もなく殺せるから、遠くで狙わせてるピースメーカーに指令を送る前に息を止められるよ」


 今度こそギンジロウから冷や汗がどっと溢れた。ヤクザネットワークで監視されていたのだ。だが未だ雷電プラスに問題はなく。護衛として付けたアルヴァタールからも魔術的返答はない。

 問題が無いように欺瞞されている?アルヴァタールも既に?


 そんな考えがギンジロウの中で駆け巡った。

 口の中がカラカラに乾く。舐めてかかっていたのはどちらか、この二人は恐るべき敵だとギンジロウは今更認識した。

 トリガーを引くのは今しかない。欺瞞されているのか、そうでないかはそれしか確かめる方法がないのだから。


 そう考えた瞬間、サイトーと呼ばれた男の掌がギンジロウの首を掴み宙吊りにした。苦しみに喘ぎ、地面を求めて足をバタつかせる。


 「これだけ、近づいてたら撃てないよね?一緒に大穴が空いちゃうしね。苦しい?宙吊りにされて。」


 顔を真っ赤にして抵抗するギンジロウを少女は子供の無邪気さで嘲笑った。


 「お兄さん苦しそう……。どう?圧倒的弱者の僕に手も足も出ないのって。僕ね、そういうの最高に興奮するんだ!XXXが最高に勃Xしてお兄さんを僕のXXXでメチャクチャにして屈服させたい!」


 少女のフリルスカートに不穏な膨らみが現れる。

 牛乳瓶だ。


 少女は少年だったのだ。キチ○○で子供。ギンジロウにとって最悪の相手だ。

 

「坊っちゃん」


 女装の少年の目に狂気が宿り息が荒くなってきたところでサイトーという男が割って入った。どうもこのままギンジロウを殺す気はない様で吊り上げていた腕を下ろした。


 息荒く片膝をつくギンジロウ。今日で二回目だ。


「はいはい。サイトーは真面目なんだから」


 片膝をついたギンジロウに少年少女が近づいてしゃがみ込み、息がかかるくらいの距離までギンジロウに顔を近づけた。心なしかまだ頬が赤い。バニラみたいな甘い匂いがギンジロウを襲う。


「ホントは、ホントはさ。普通ならケジメをつけてからバイバイなんだけど。今、丁度いい鉄砲玉を僕のお兄様が探しててさ。戸籍もない、仕事もない、お金もない、ないないのいつ死んでもいいお兄さん達に白羽の矢が立ったのさ。クローンはどうも融通が聞かなくてさ」


「ぐ、く……。そのお兄様とやらの小間使いになれって事か」


「そう。ほんとは欲しいのはお兄さんのじゃないんだけど。あの小麦肌の子。フェイル2でしょ?あの''殺したがり''をお兄さんがどうやって制御してるか知らないけど……。僕は殺し合いなんてどうでもいいし」


「お前、それじゃあお前は……」


「お兄さんのご想像にお任せするかな」


 フフっと少年少女が妖艶に笑った。

 ギンジロウは心底自分の判断を呪った。完全にフェイル2の巻き添えだ。やはり自分には子供は鬼門だったのだ。''重ねる''べきではなかった。無情に始末するべきだったのだ。

 だがその後悔もすでに遅い。話は進むところまで進んでしまった。


「大体、足を残し過ぎなのさ。スーパーケンセイモールの時も今回も。金の亡者が動画をネットにアップしてる。他の組織に狙われるのも時間の問題だったのさ」


 ギンジロウはそれを聞いて高い金を払って、ファイル探査型のウイルス(端末を破壊するタイプだ)作成を依頼したプログラマに報復することを決めた。


「もういい……。俺にどうして欲しいんだよ……」


 ギンジロウは俯いた。もう反撃する気も無い。完全にライフはゼロと言うやつだ。なすがまま、身を任せる事に決めた。


「簡単さ。僕達は依頼を出す。お兄さんは相手を殺す。もちろん報酬も出すしね。普通のシャドウラン仕事さ。フェイル2には何処かちょうどいい所で死んでほしいけどね」


「何が普通だ。どうせ俺達が死ぬまで続くんだろ?」


「ふふ。そこも、ご想像にお任せするかな。でも悪くないでしょ。今回の事はお目溢ししてあげるんだから。今死ぬか、いつか死ぬか。当然どっちか良いか分かるよね?」


 そう言って少年少女はギンジロウの頬にキスすると立ち上がった。


「せっかくパーティーに招待したんだから。お兄さんは、踊るしか無いのさ」


 他人の苦しみで快感を感じているのか、少年少女は舌なめずりをしてニコリと笑った。


「バイバイ」


 そしてこれでおしまいといった感じでサイトーに声をかけて車に乗り込んだ。


 黒塗りのセダンが走り去り、暗闇の倉庫にギンジロウ一人が取り残される。

 その頬にはおぞましい感触がいつまでも残っていた。

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