借金は一枚のICチップと共に
第1話
「馬鹿げてる」
その一室でアンブレイカブルこと
全てがギンジロウを悩ませていた。そもそもが、とギンジロウは昨日会った仲介業者との会話を思い出した。
*
「少女を買い取っていただけない?理由をお聞きしても?バイオテックに傾倒した彼らを糾弾するには絶好の材料になると思いますが?」
綺麗に整備され治安が保たれた大通り。そこに
ビズ・アライメンツは様々な
見上げれば首が痛くなるような真っ白な高層ビルディング。磨き上げられたガラスが清潔な室内の三人を映し出した。
椅子に座るめずらしくも小奇麗なスーツを来たギンジロウ。但し無精髭とボサボサな髪の毛はそのままだが──、に同じく小綺麗なスーツ姿の美女がデスクの反対側に座っている。赤縁のメガネと長い髪を後ろで一つにまとめた姿は知性を感じさせた。部屋の入口付近にはまたまたスーツ姿の、白髪を七分分けにした大柄な男。そのスーツの両腕部分は切り取られベストの様な形になっている。
その理由は両腕が機械へと置換されいびつに巨大化しているからだ。直立した男のギラリと光る目がギンジロウを常に捉えている。もしギンジロウが何かしたのならば、鋼の拳が飛んで来ることは間違いようがなかった。
それを分かっているギンジロウは居心地悪そうにチラチラと男の方を見る。そこで美女が口を開いた。
「何度もご説明いたしますが。クライアントは当初の予定通り入手したデータだけで100パーセントの効果を得られると判断しています。たしかに確保した少女は一時的には効果的ですが……」
ギンジロウからチラリと視線を外す美女。言おうか言うまいかといった感じだが、数秒で視線を戻すと。
「彼女は社会不適合者ですよ。機械不能者です。確かにクライアントは人権団体ですが、機械主義者で……、あくまで人類に対してですから」
少女の事を人間ではないと言い切る女。それにギンジロウはなるほど確かにと納得した。
今や機械文明の真っ只中。人は気軽に機械を生身の身体と入れ替える。脆弱な生身はハイパフォーマンスな機械へ。人々は機械の子宮から生まれ、寿命はゆうに100歳を越える。そこらかしこに張り巡らされたワイヤレスネットワークにダイブすれば、あらゆる情報や快感が手に入る上にインプラントタイプの機械はアナログな外部機器を全て凌駕する。能力も、精度も。
ただの生身の人間が既に追いつける世界じゃない。故に機械アレルギーなど患っていたら生まれた瞬間に社会の最下層へとジャンプする事になる。
小学生でも知っていることだ。肉体をより機械へ置き換えられる人間が上に行く。生まれた瞬間から既にカーストが出来上がっている。
「確かに機械主義者が機械アレルギーの旧人類なんかをお立ち台に乗せて悲劇のヒロイン扱い。憐れみを乞うなんて笑い草だ。プライドが許さんでしょうね」
ギンジロウは吹き出すように失笑した。場にいくぶん和やかな空気が流れ、ギンジロウは出されたインスタントのコーヒーを一口飲み、ですが。机に身を乗り出して切り出した。
「俺も生活が懸かってるんです。何か別口はないんですか?この際なら安くても良い。ピースメーカーの修理代くらいには当てたいんですよ───」
*
───そして結論として未だ少女は別室で手錠に繋がれて、薬で眠っている。
仕方なく手近な問題から片付けようと壁に立てかけた木の棒を両手に持つと、天井に向けて全力で突きを繰り出した。馬鹿でかい音量でレゲエを垂れ流す上階の住民向けて。
そんなこんなしている内に時が経ち、ギンジロウは鎖に繋がれ床の上で丸くなって寝ている少女の前へ、安い木の椅子をゴトリと適当に置くと背もたれに手を乗せて体重を椅子に任せた。胸で椅子の背にもたれ掛かる感じだ。
前の戦闘から2日。薬で強制的に眠らされている少女は変わらずボロボロのバトルスーツを身に付け、返り血は黒くなりカピカピになっている。日焼けしたような薄い褐色の肌、邪魔にならないよう程々の長さで切られた黒髪は寝癖がついてボサボサになっている。
その様子はなにかのニュースで見た、ジャングルの奥地で眠る猛獣に育てられたという少女を連想させた。
ギンジロウは手元のアナログな時計に目をやった。コチコチと秒針が動く。少女に睡眠薬を増し打ちしてから約12時間、そろそろ目覚める時間のはずだった。
適当に温めたホットドックを袋から取り出して頬張りながら空いた手に先の木の棒(レゲエキラーだ) を持って少女をつつく。ぴくぴくとまぶたが動き、ゆっくりと黄金色の瞳が露わになる。
「グッモーニン。ジャリガール。気分はどうだ?悪いわけないよなぁ?」
状況を把握できないでいる少女はぽかんとギンジロウを見ている。その様子はどこか小動物的な印象をギンジロウに与えた。
「正直俺は今、お前をどうしようか悩んでる。倒錯趣味の金持ちに売っぱらうかその手の研究施設に検体として売り払うか……」
だがもちろんそんなツテは無かった。あればもうここに少女は居なかっただろう。
ある場合に置いて笑みは最大の敵意だという。ギンジロウはあら事で鍛えた笑みを顔に貼り付けてそう言った。実際そこらのチンピラが走って逃げる程度には凶悪だ。ギンジロウはなんとかウサを晴らしたかったのだ。年端もゆかぬ少女相手に大人気もなく。
きょろきょろと周りを見回す少女。話を聞いているのかいないのかと言った感じで、ギンジロウは聞・け・よと木の棒でこつこつと少女の額をこついた。
少女はあっけにとられてギンジロウを見た後、違和感を感じたのか己の手を見た。その手首には合金で出来た手錠が付けられ、少女が手錠についた鎖をくいくいとひっぱると、ちゃらちゃらと音を立てて突っ張った。鎖は床に刺さった杭に固定されているようだ。
「そろそろ状況が把握できてきたかな?囚われのお嬢さん」
ギンジロウがニコニコと笑みを崩さずに言った。
「あなたは?」
やけに落ち着いた声で問いかける少女。無機質だとか機械的、あるいは事務的なといった子供には似つかわしく無い反応だ。それにやれやれといった感じでギンジロウが答える。
「おいおい。忘れたとは言わせねえよ。俺の雷電プラスの腕をたたっ切って胴体に大穴を開けてくれただろ。その上に見ろよこの顔、火傷でハンサム顔になっちまった。」
そういって左頬を撫でるギンジロウ。プラズマブレードの熱で頰は赤く火傷を負っていた。
少女は視線を外して数瞬思考した後に。
「フェイル2はその記録を保持していません」
と、回答した。
ギンジロウは大げさに両手を広げて。
「おいおい、おいおい。嘘はいけねぇよ。お前のパパとママは何を教えてくれたんだ?あの白い塔の連中はガキの教育もうまく出来ないのか? 」
早口でまくし立て、ガンを飛ばしながら凄むギンジロウ。その様子だけ見れば仕事仲間は言うだろう。大人気ないとか、子供じみてるとか、余裕のない大人とか。しかしそれにも少女は微動もせずギンジロウの視線に無感情な瞳で返していた。
「より多くの情報開示を求めます。現在の場所とアドミニストレータの所在を教えてください。また、フェイル2の遺伝情報の元となった個体は不明です。」
淡々とギンジロウの質問に答える少女。
機械じみていて子供らしくない反応にギンジロウは面白くねえと呟いた。
ギンジロウ自身、自分の顔はそれなりの威圧感を持っていると自負している。片目は潰れているし、仕事で相手を御すためにそれなりの所作をすることも多い。それ故に癖のようなものが顔についてしまっているのだ。そこらの"ふり"だけのチンピラ共なら睨みつけるだけで黙らせることが出来る。
しかしフェイル2と名乗った少女は泣きわめくも、許しを乞うも無く。どこ吹く風と言った感じで平然としていた。
その態度はギンジロウの予想と大きく外れ、思い通りにならない結果に口の端をひくつかせて答えた。
「ここは俺のスイート。スゥィートホームの一室だ。お前の居た白い塔じゃあねーよ。"あどみにすとれーた"さんとやらはしらねーが、爆発で粉微塵になって死んじまっただろうよ!」
手に持った棒で床をバシバシと叩きながらがなるギンジロウ。
隣人の部屋から苦情の声が聞こえてきたので、座っていた椅子を壁に蹴飛ばして黙らせた。その様子にも少女は驚きもせず、ギンジロウはまるで人形を相手にしてるみてぇだと感じだ。なんで"ウサ"を晴らすためにやってるのに俺が疲れてるんだ?とも心の中で思いながら、がっくりと天井を見つめるギンジロウに少女が口を開いた。
「つまり」
「つまり?」
次のいたぶる策を練っていたギンジロウがオウム返しの様に問いかける。
「つまりアドミニストレータの所在は不明。さらにフェイル2に着けられた拘束具と状況から推察すると、あなたはフェイル2と敵対関係にあったという事でよろしいでしょうか?フェイル2はタスクに失敗し監禁、拘束されている」
「やっと思い出したか?そして俺が勝った。お前は敗けた。手こずらせてくれたが、お前は売り払われて換金されるのを待つだけってわけだ」
状況を理解したらしい少女に満足し、どうやって虐げようかとギンジロウは頭を回し始めた。
まずは少女の絶望的な未来を事細かに説明してやろう。そしてそれが逃げられない未来だという事を少女に理解させてやるのだ。ゆっくりと、確実に。売り払うのに影響のない苦痛を与えてやるのも良い。電気ショックとか傷ができないやつを。そして絶望に打ちのめされた少女はあの仮面の様な顔をむちゃくちゃに歪めて助けを懇願するだろう。だが容赦なく切り捨てるのだ。奴は幼いが雷電プラスの敵だ。容赦などしない。雷電プラス、お前の敵は俺が取る。
今後のストーリーを考えウキウキとしだすギンジロウだが。
バキリ。
金属がひしゃげ、千切れる音。
「あ?」
ギンジロウは何も理解できないまま言葉を発し、そこで意識は途絶えた。
「───うっは!?」
エビみたいに勢い良く飛び起きるギンジロウ。
最初に目に入ったのは千切れ跳んだ手錠の鎖。辺りを見渡すと部屋の入口の扉は開かれて部屋の中はもぬけの殻となっていた。右手に付けた時計をみると1時間は経過しているようだ。
どうやらなだめるために近づいたフェイル2から鉄拳を御見舞されたようだ。ギンジロウが殴られた左頬を手で擦りながら、フェイル2を拘束していた鎖を拾い上げた。
鎖は捻りきられており、金属の劣化で千切れた様子ではなかった。
「ふんっ!」
ギンジロウは試しに鎖を引っ張ってみたが、次第に手が痛くなりやめた。
とんでもない馬鹿力だ。フェイル2と出会ったときの戦闘を思い返した。フェイル2は共に仕事に出たイーグル2を生身で屠った実績があるのだ。実際ギンジロウも危ういところだった。
迂闊だった。そう思いながら部屋を出てこれからどうするか、と考えていると鼻にチリチリくるスパイシーな匂いがいしてきた。
これは同居人の。といっても勝手に住み着いている男が作る郷土料理の匂いだ。
「アルヴァタール!アルヴァターール!!料理をやる時は人気の無い無人島にでも行ってやれって毎回言ってんだろーが!」
まだふらつく頭を抱えながらふらふらと居間へと向かった。ギンジロウの住むアパートの間取りは3つの個室と居間、キッチン、バス、トイレとなっており、どこに行くにも居間を通らなければならない馬鹿げた作りになっていた。
取っ手の壊れた扉を蹴り飛ばして開けると、そこには居間のテーブルで真っ赤に染まった肉料理を食べる褐色の少女。
更に喜々として料理を運ぶ身長2メートルはある大男。赤い長髪、額には黒く輝く角が。その顔はガタイの割に優男で知性を感じさせる。異大陸の
エプロン姿の大男が居間に現れたギンジロウに気づく。
「ギンジロ!お目覚めシタカ!」
カタコトの言葉で料理を机に置きながら男がギンジロウに喋りかける。先の戦闘の最中に無線で話したメイガスと言う男がこれだ。名をアルヴァタールと言う。
その言葉にフェイル2もギンジロウに気づいたのか気づかないのか、鉄面皮のまま真っ赤な肉料理にかぶりついている。
「ジャリィ……。俺をのして、あまつさえ自分を拉致した男の家の居間で飯ィ食っとるとか、いい度胸じゃねぇか……」
ギンジロウが凄んでフェイル2にずかずかと大股で近寄っていく。とアルヴァタールが間に入った。
「ギンジロ!やっぱり小さいのいじめるのワルイよ。ヒトデナシ」
「そうだ!俺はひとで無しだよ!何が悪い!」
語気も強く肯定するギンジロウ。騒がしいも何のそのフェイル2は次の皿───ギンジロウが言うには『謎肉のパイ』へと手を伸ばした。せめて食うのを止めさせようとギンジロウがフェイル2に手をのばすと、アルヴァタールがそれに気づき体を割り込ませてギンジロウからフェイル2を庇い立てをした。
お前はどっちの味方なんだと目でアルヴァタールへと問いかけるギンジロウ。ちら、とフェイル2の方を見るアルヴァタール。
「テメーはテメーで喰うのをやめろよ!理解してんのかこの状況をよぉ!」
「体内熱量が警告域まで低下しています。安全域まで残り3000キロカロリー。おかわり」
おかわりと言う言葉に甲斐甲斐しくもアルヴァタールが別の皿を持ってきた。盛り付けられた料理は炒められた何かに紫色のソースがかけられ、なにかのつぶつぶが浮かび上がっている。酸っぱいとも甘いとも言える匂いが漂う。ギンジロウが言う所の───ヤバイ炒めだ。食えと言われたら酒で流し込むものだ。それを平然と食べる少女にギンジロウは恐怖を覚えた。
金の匂いを感じて少女を攫ってきた事を後悔するギンジロウ。つくづく自分にはこう言う才能がないと、肩を落としてドカリとフェイル2の正面側にある椅子に座り込んだ。
「お前、これがなんだか分かるか?」
ふるふると首をふる少女。とうのアルヴァタールはギンジロウを責める様な目つきで見つめた。少女の家の様なものを爆破しておいて、勝手に攫ってきて、その上ほんとうに言うのか?と言った感じで。
それを見てギンジロウは、ああ!言うね!と視線を返した。そもそも金の匂いを感じて攫ってきた少女がすぐに金にならないとわかった時点で、残った後の搾りかすは厄介事の気配だけだ。
「これはお前が壊した雷電プラスの修理費請求だよ。1600万円元、80回払い 。いいか。お前は助けが来ると思ってるかもしれないが、そんなもん来ないぞ。お前の家は今頃更地になってる。帰る場所なんてねーんだ。それに家は無駄飯喰らいを置いとく余裕はない」
しかしここで少女を貧民街に放って無駄死にさせて、手元に1600万円元の借金だけ残すというのもバカバカしかった。ギンジロウの頭の中で巡る思考は、いかに少女を金に変えるかという事に充てられていた。
「選べ。倒錯趣味の変態共に売られてはした金になるか、自分で1600万円元の借金を返済してここから出ていくか。お前が選べ」
変態共に売られた場合と、ここで働く場合の説明を少女に懇切丁寧に説明しながら凶悪な笑顔で少女に迫るギンジロウ。はたから見れば親の借金を子供に被せる様な無慈悲なヤクザとかギャングの類だ。対して少女はどこ吹く風と食物を胃に流し続けた。ギンジロウは心が折れそうになった。
よほど作った料理を食べてくれる人が嬉しいのか、少女の頭をよしよしと撫でるアルヴァタール。
だが10歳程度の子供にこの判断をさせるのはどう見ても鬼畜の所業だった。
さぁ!さぁ!と迫るギンジロウにアルヴァタールが反論した。
「ギンジロ!モウトメテヨ。このコ嫌がる!少女ここで預カルヨ。もうワタス次の狩り手伝わない」
アルヴァタールにそう言われて。うぐ、とギンジロウが僅かに身を下げる。実際、彼らの部族が使う"まじない"は非科学的であるが
仕方なくギンジロウは舌打ちして勝手にしろと椅子にもたれかかり、コンクリートの天井を見上げた。最悪、働かせるだけ働かせた後、買い手が見つかったら売れば良いのだ。とギンジロウの中でゲスな考えが閃いた。
アルヴァタールはそんなゲスな考えを知ること無く、食事を終えた少女の汚れた口を甲斐甲斐しくもエプロンの端で拭いてやっていると
「提案します。フェイル2はあなたを
「あーもういい。わかった。わーったよ。喋るなとりあえず」
早口でまくし立て始めた少女を手のひらを突き出して静止するギンジロウ。精魂尽きたと大きく息を吐いて目を閉じると、遠くで乾いた火薬の音が幾度も鳴った。きっと顔も知らぬ誰かがまた死んだのだろう。
もし企業勤めの"まともな"サラリーマンだったら、こんな話を聞けば軽蔑や罵倒をされるかもしれない。"ひとでなし"だの"ろくでなし"だの。
だがもうこの日本でギンジロウの様な"負け組"が生きて行くには弱きを挫いて強きを助ける他ないのだ。次に挫かれるのが自分だという恐怖に怯えながら。
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