キャッシュは鉛の弾丸と共に

第1話

「ババア!ババァー!!」


 太陽が空の中ほどに登った昼時。

 片目の潰れたガラの悪い男が、裏通りに有る店の扉を叩いている。よれたアロハシャツ、左手は履き古したジーンズに突っ込んで声を張り上げるのは鍵屋銀次郎カギヤ ギンジロウ

 ガンガンと叩かれる扉には『BAR CAT EYE』と象られたネオン管。

さらには全体がピンク色にペンキで塗りつぶされていて無駄に悪趣味だ。

しばらくがなりたてて扉を叩き続けると、勢い良く扉が開かれてギンジロウの顔面に激突した。

 突然の痛みに苦悶の声を上げて顔面を手で抑えながら後ずさる。涙が滲んだ目を開くとそこには二十歳そこらの女が扉の隙間からこちらを伺う姿が。


「あら?あらまぁ。てっきりそこらの行き詰ったヤクザがショバ代求めて怒鳴り込んできたのかと思ったわ」


 そう言って扉から出てきた女。第一印象は路肩の街娼。

黒のレースでできたネグリジェ、手入れされた黒いロングへアにはピンクのメッシュが入っており、眠たげな瞳はどこか艶めかしさを感じさせる。体躯はスレンダーでその美しさは人間離れしていた。

そんな女の"後付け"された猫の耳と尻尾がピコピコと動いた。


「このっ何しやがるババ──ッ」


 ヅカヅカと女へと詰め寄ったギンジロウのみぞおちに猫の尻尾が突き刺さった。腹を抑えて悶えるギンジロウを見下ろして。


「ギンジロウ。ババアなんてうら若き乙女に向かって失礼さね。アタシにはミドリコっていう名前がある」


「な、何が……乙女だ。てめえのっ!手前の歳を言ってみろ!」


「アタシはまだ一番歳を取ってる部分で94歳さ!それ以外はまだ10年未満のピチピチだよ!」


 女に歳を聞くなんて失礼だねとばかりに猫のしっぽでギンジロウの顔面をはたくミドリコと呼ばれた女。

 うら若いその姿は作られたものだ。躰の大部分は機械へと置き換えられ、元の生体の部分は脳と幾ばくの内蔵。所謂、サイボーグというやつだ。作り物故に、猫のしっぽや、耳も付けられる。

 今や老人など機械を嫌うナチュラリストか、年寄りに興奮する特殊な変態への需要しか無い。


「それでどうしたね。こんな昼間っからがなりたてて。わかった。女日照りで溜まってるんだろう。お姉さんが一肌ぬいでやろうか?」


 そう言って妙なジェスチャーをするミドリコ。


「はっ!ババアに任せるくらいなら俺はそこらのネストに行くね。バーチャルリアリティに身を任せたほうがまだマシだ。それよりもだ」


 ギンジロウは自分の後ろで呆然と突っ立っていたワイシャツ一枚の少女。フェイル2の首根っこを捕まえてミドリコに見せつけた。

 血まみれのボロきれになっていた戦闘服を脱がせられ、大人サイズのシャツを着せられたフェイル2。シャツの裾から伸びる日焼けしたような褐色の太腿は年相応の健康さを感じさせた。

 目を点にしてギンジロウとフェイル2の間で視線を右往左往させるミドリコ。


「なんだ。あんた少女趣味だったのかね。どこで買ってきたんだねその娘っ子」


「せめて隠し子とか行き倒れの子供を保護したとか、そういう考えがまずは出ねぇのかよ……」


ケラケラと笑うミドリコ。ありえないありえないと顔が語っている。その様子からはミドリコのギンジロウに対する人望が見て取れた。


「まぁいい、遥か昔に少女だっただろうあんたに頼みが有る」




 ───そうしてミドリコに招かれたキャット・アイの店内でギンジロウは棚に並べられた色とりどりの酒瓶を眺めながら煙草を燻らせた。

 店の中は五人程度が座れるカウンターに手狭なテーブル席が2つ。一人か二人で客を回せる程度の規模だ。営業時間外の店内は通常の照明が灯されて明るくなっている。それが営業時間であればいくばくのダウンライトとネオン管の明かりだけになり、サイバージャズが流され様々な客層の人間が訪れる。良い客にしろ、悪い客にしろ。

 ギンジロウが煙で輪っかを作っていると、背後から衣擦れの音が聞こえ始めた。ミドリコがお古の服をフェイル2へと着せているのだ。ギンジロウに食と住は分かっても年頃の少女の衣が分かっていなかった。監禁するばかりなら適当な布切れでも被せておけばいいのだが、働いて金を作り出してもらわなければいけないのだ。


「それにしてもどこで拾ってきたんだね。そんな娘っ子。見たところどこかのハーフかね?まぁ今はどんな人種もつくれるか」


 ミドリコがフェイル2の黄金の瞳や薄褐色の肌、黒い艶やかな髪を見ながら疑問を口にした。

別にこの少女が何の人種だとかなんて事はギンジロウにはどうでも良いことだったから適当に返答をした。


「はい右手を上げて。そうそう。やっぱり胸が無いと似合うね。そういやあんたの名前は?」


「はい、私に登録された識別名はフェイル2です」


「なんだ、けったいな名前だね。ちょっと!ギンジロウ!」


「あ~ん?」


 唐突に話題を振られたギンジロウがスツールの背にもたれ掛かり、エビ反りの様な形で背後に振り返ろうとすると、ミドリコの耳が見えたあたりでセクシーな赤い下着を着た女が目の前いっぱいに広がった。

 夜の仕事情報誌「ドーモット」の表紙だ。それがなかなかに分厚い事をギンジロウは記憶していた。そこまで認識したところで物理法則に従って飛来してきたセクシーな女はギンジロウの顔に直撃した。


「こっちを見るんじゃないよ!」


 雑誌を投擲したミドリコが叫び椅子から崩れ落ちたギンジロウもそれに返した。


「理不尽だろ!」


「理不尽なもんかね。乙女の柔肌を少女趣味の野獣から守るためだよ」


 さらなる追撃を避けるためにギンジロウはいそいそと背後を見ないようにもとの椅子へと座り直した。吸いかけだった煙草はドーモットと床に潰されたようで椅子に座り直したギンジロウの顔は渋い。


「それよりこの子の名前だよ。失敗作だなんて……」


「はっ。お似合いじゃねえか」


「馬鹿なこと言ってんじゃないよ。こういう年頃の子供は多感な時期なんだから、将来この子が道を外れたりしたらアンタにも一因があるんだからね」


 随分飛躍したなとギンジロウ。そもそも既にその道から外れに外れている事は彼の中で明白だし、換金まで長くて数ヶ月だろう。それ以降は知らぬ話だ。


「じゃあなんて呼べばいい?俺にはジャリとかガキで十分だと思うが?」


 とんでもない名前を付けた親に対して怒り顔だったミドリコはギンジロウの返答を聞いて呆れ顔になった。これでは少女の親と同レベルだと。


「はぁ。あ、もう腕は下ろしていいよ。あんたはどうなんだい?」


「個体名を判断するのに支障がなければ問題無いとフェイル2は考えます」


 律儀に命令通り腕を上げていた少女はぱたりと腕を下げ無感情に答えた。

 常識が無い。という観点で言えば少女はギンジロウよりも深刻だった。これは苦労するねぇとミドリコは唸り、とりあえず着付け終わった少女の腰をポンポンと叩いて終わったよと合図した。


「ほら、ギンジロウ。もうこっちを向いてもいいよ。元が良いと映えるねえ」


 言われて振り向いたギンジロウの目に映ったのは黒と赤のグラデーションになった袴と着物を着せられた少女だ。直立不動でじっと立っている様はよく出来たマネキンの様だった。なるほど確かに見た目麗しいだろう。100年近く前の時代であれば。

 どうだい?と言いたげにミドリコがドヤ顔をしているが。


「何百年前の服を引っ張り出してきたんだよ!時代を考えろ!時代を!コイツは江戸時代から来たタイムトラベラーか!」


「なんだい!あたしが子供の頃に着てた服に文句でも有るのかい!それに何百年って、せいぜい80年さね」


 物持ちが良すぎるだろうとギンジロウが少女に近づきその着物を手に取った。指から零れ落ちるような手触りは合成繊維などではなくシルクで作られている証拠だ。


「おいおい。こんなもん着て裏路地を歩いたら翌日には剥がれて吊るされるぞ」


「突然来て文句の多い男だね。これ以外はウチには無いよ。娘が出来たら着せようと思って取っといたもんだからね」


 ミドリコは可愛いねぇ可愛いねぇと少女の頭を撫でくりまわしながら答えた。緩みきったその様子は孫の出来た祖母の類だ。もみくちゃにされるとうの少女は棒立ちでされるがままに答えた。


「フェイル2の運動性能が15%低下しています。装備隠蔽性能が20%上昇しています。装備の改善を提案します。日光繊維製のF-021バトルスーツを提案します。大連人工革鋼板入靴具を提案します。対重火器駆動実行不可能」


 うぐ、と顔をひきつらせるミドリコ。ギンジロウは少女の言った装備を頭の中から手繰り寄せた。ぬるりとしたエナメル質のぴっちりとした全身スーツ。付属品のヘルメットには巨大なガラスレンズが2個ついている。さらに機能性だけを追求した無骨なブーツ。そのデザインはどこか両生類を連想させた。


「だめ!だめだめだめだめ!」


 ミドリコがすごい剣幕で少女を揺さぶって懇願しだした。先程の緩み顔は一転して深刻顔になっている。


「良い?女は常に見た目に気を使わないと駄目なんだよ。それが戦場であっても。一輪の花でありなさい。夜に浮かぶ月でありなさい!」


「現在の装備ではフェイル2の生存率が5%低下しま───」


「命に代えても!! ギンジロウ!車を出しな!」


 少女とミドリコの額がくっついた。

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