第3話

「止まりなさい!止まりなさい!そこの黒いピースメーカー!!」


「がんばれッッッ!がんばれッッッ!」


「第3カナサキサービスエリアへは200メートル先の分岐を左です」


「オドリャッッコラァアアアア!!」


「カタギが邪魔するんじゃあねぇ!」


 ギンジロウの祈り虚しく、ヤクザが乗るレムレスに追い縋った黄色いピースメーカーが、巨大なドスに刺されて、あるいは銃弾に穿たれ崩れ落ち横転した。

 今がた崩れ落ちた黄色のピースメーカーは高速道路を管理するNEXT中日本の治安維持用ピースメーカーだ。

 だが如何せん機体の性能差と戦い経験数が違うのか次々とヤクザが乗るレムレスに討ち取られてしまった。


「分岐を通り過ぎました。進路を修正してください」


「がんばっ……あああぁあああああぁ」


「オウジョォオォォオオォ!」

 

 "BLAAAAAAAAM!!!!"


 レムレスのライフルから弾丸がばら撒かれオンボロ車の側を掠め、衝撃で車体がオモチャみたいに跳ねて後輪が泳いだ。

 あまりに危機一髪。蛇行運転していなければ直撃していただろう。

 ピースメーカーが使う武装は、今までの黒塗りセダンが撃ってきた豆鉄砲なんかとはレベルが違う。

 対物ライフル相当の威力を持った銃撃の掃射だ。

 車の薄いボディーなど容易く紙切れみたいにボロボロにできる。

 

「バッキャロォォォォ!サイトオ356号オォォ!歯ぁ食いしばれや!!」


「アニキィィィィ!」


 ライフルを撃ったレムレスにもう1体のレムレスが殴りかかった。

 高価な曲面装甲がベコりと凹む。

 

「殺してどうする!生け捕りにしてケジメを付けさせるんだろうが!ダルマにして魚のエサにするんだよ!」


「ケジメ?」


「こうするんだよ!」


 ばかりとレムレスの肩が開き中からいくつものレンズがせり出した。

 まるでレンズの一つ一つが意思を持っているかのように蠢き。


「大人しく事務所に来いやァァァ!」

 

 レーザー光が無数に乱舞してギンジロウの行く手を阻む。たまらずフルブレーキ。タイヤ痕が弧を描き車線を横切る形で停車した。

 アルヴァタールが頭を強かにシートに打ち付け苦悶の声を上げた。体重の軽いフェイル2などは助手席と運転席の間を縫って後部座席から吹き飛んできた。


「おうおう!出て来いや!もう逃げても無駄やぞ。完璧にロックオンしとる。抵抗してもええで、レーザー避けれるんならなぁ!こっちは手足の一本や二本無くても別にええ言われとるから」


 ゆっくりとヤクザが近づいてくる。

 

「ギンジロ、どうしよう」


「分かってる。最悪だ。おい、おい!クソガキ!」


 吹き飛んでフロントガラスに突っ込んできたフェイル2を引き戻した。強かに額をぶつけた様で血が僅かに滲んでいる。

 命に別状はないようで、石頭で助かったなとギンジロウは安堵した。

 それもつかの間。


「本個体の外的要因による負傷を確認しました。本個体の生命維持に影響が発生していますか?いいえ。敵対対象は存在しますか?はい。本個体の生命維持を最優先します」


 何度か見たことがある。フェイル2の狂戦士じみた強さ。その前触れだ。


 だが今回は新型ピースメーカー2機。

 明らかに分が悪いように思えた。


 「あっ。おい!馬鹿野郎!正気に戻れ!」


 「ギンジロ!来る!」


 オンボロワンボックスカーが衝撃に揺れ拉げた。ヤクザの乗るレムレスがヤクザキックをしたのだ。

 荒れた車内が改めてかき混ぜられて、ギンジロウとアルヴァタールとフェイル2がもみくちゃになった。


 「クソガキ!おい!考え直せ!」


 「敵対存在のエクスターミネート根絶を実行します。OUTR器官の残存エネルギー80パーセント。エクスターミネートモードの実行可能時間は30分です。エクスターミネート開始まで3、2、1、実行」


 「ギンジロ。同時に機外へ。二人なら!」


 「俺らでピースメーカーの火器管制FCSをごまかせるか!同時に撃たれて終いだ!ああ!くそ!」


 「神妙にお縄につきな!いくら逃げても貧困者相互扶助会 ウチらの情報網からは逃げられんけえ!」


 ヤクザが吠える。

 そして往生際の悪いギンジロウ達に、遂にしびれを切らしたのかヤクザの片方が動き出した。


「往生際の悪い漢共め。仕方ない。やれ!サイトオ356号!」

 

「ニンジョオ!」


 車へと伸ばされたレムレスの指先からレーザーが照射され車体が真ん中から溶断されていく。

 そしてギンジロウ達の乗る車が真っ二つに切断された。

 バランスを保てなくなった車は箱が開くようにパカリと開き、レムレスの巨大な掌がギンジロウ達を捉えようと迫る!


 魔の手がギンジロウ達に届くその瞬間。拳2つ程の金属円柱が車の中から宙に向けて投げられ破裂した。キラキラとした白い雪めいたものが辺り一面に降り注ぐ。

 アンチレーザーグレネードだ。

 ばらまかれた特殊金属片が照射されたレーザーを拡散させて急速減衰させるという代物。

 ヤクザ事務所からフェイル2が頂戴してきた戦利品の中に一つだけ紛れていたものだ。

 金属粉が薄れレーザーへの防御効果が無くなるまで。一発あたりの効果時間は約5秒。本来なら連続投射して持続的に弾幕を張る必要があるが。


 ただ、使用要領の注意ラベルにはこう書いてある。


 『本使用要領は丨純粋生体基準F&Bです』


 切断された車からピンクの影が飛び出した。ジャージ姿のフェイル2だ。レムレスから発射されたレーザーを金属粉の銀幕が遮り一瞬でレムレスへと肉薄する。


「ギンジロ!予定通りへ!」


「死ぬなよ!5分持たせろ!」


 始まったピースメーカー対人間の戦いを尻目にギンジロウは全力で疾走し少し離れたトラックの影へと滑り込んだ。

 安全確認をして息を整えながらつぶやく。


「コード4。疑似操作系構築しろ。雷電プラス限定起動。クイックブート」


 


 .。o○



 ─── 不咲町にほど近い産業特区。大小様々な企業の工場が立ち並ぶ。 その中に一つ。工場の騒音も届かない産業特区のはずれに一つの倉庫が有った。何の変哲もない倉庫だ。凹凸のある薄い金属板の外壁。四角い造形。大きな搬入用シャッター。


 その中の暗闇に鎮座するは鋼鉄の巨人雷電プラス

 高さ約4メートル。いくつもの追加装甲が足に、胸部に、腕部に取り付けられて。純正でも元々マッシブな機体は更に質量が増している。角ばった頭部には4つのカメラレンズ。その無骨さは言うならば二足歩行した戦車。戦場の花形とまで言われる人形兵器。争いを生むこれを、人々は皮肉を込めてピースメーカーと呼ぶ。


 「生体認証確認。疑似操作系構築。雷電プラス限定起動します」


 無人のコクピットに光が灯り人工音声が鳴り響き、倉庫の天井がモーターによって開け放たれた。

 ゆっくりと立ち上がった雷電プラスを太陽の光が照らし出す。


 「ご注意ください。このモードでは多数の機能に制限が発生します。通常の使用にはスタンダードブートを行ってください」


 機械音声が警告を行い、通常の30%の動作速度に変えられた雷電プラスがゆっくりと倉庫の端に吊り下げられた"あるもの"を掴み取る。

 円筒の筒にトリガーがついた、いわゆるロケットランチャーというやつだ。ただし、その太さは丸太ほどもある。

 

 それを肩に担いで空に登る月へと構えた。

 トリガーが引かれ爆音とともに巨大な円柱弾頭が発射される。

 同時にロケットランチャーの後部から吹き荒れたバックブラストが逃げ場の無い倉庫内を蹂躙してガタガタと建物を揺らし、棚や机を吹き飛ばした。


 白い尾を空に伸ばしながら飛翔していく真っ赤な弾頭。

 それは太陽光を反射させきらりと輝いた。



 .。o○



「ぬうん!この小娘!小癪!戦闘サイボーグか!」


 走りぬけるフェイル2のわずか数十センチの後方をいくつものレーザー光が追い、アスファルトを焼き切っていく。

 人体に当たれば即死必至の威力だ。


 そもそも生身の人間の足でピースメーカーから逃げるのは不可能だ。レーザー兵器となればなおさら。発射=着弾である。躱すには火器管制装置の処理と、照準を行うアクチュエータが動作するスキを突く必要がある。


 時間にしてコンマ秒の世界。

 

 そのわずかな隙を頼りにフェイル2は徐々にレムレスへと接近していく。

 

「アニキ!お!オタスケ!」


 サイトオ356号が放ったレーザーの雨あられはすべてフェイル2の影へと吸い込まれる様にはずれ、焦ったサイトお356号の操縦が乱れる。

 一方、アニキと呼ばれた男は手をこまねいていた。


 如何にフェイル2を討ち取ろうと狙いを付け様としても、サイトウ356号が射線上へと来てしまうのだ。

 

 ただ単純にレーザーを避けているわけではない。その手練の動きを見てアニキは唸った。

 だが手はある。

 レーザーの威力を対人殺傷用にまで落とし込めば頑強なピースメーカーごと打ったとして問題は無いのだ。

 だがピースメーカーの照準システムを欺瞞するほどの動きを見切るのは至難。

 

 アニキはじっとサイトオ356号とフェイル2の戦いを傍観することに決めた。

 致命的なチャンスが訪れるその時まで。


 そしてそのチャンスはすぐに訪れる。

 ついにフェイル2に懐まで辿り着かれたサイトオ356号がやたらめったらにレーザー光を乱射する。

 だがその全ては無駄なあがきだ。


 本来、人に対してピースメーカーの戦闘力は圧倒的だ。

 圧倒的な火力や装甲は完全に、無慈悲に人間を蹂躙することができる。


 だが弱点が有るのだ。


 一般的にピースメーカーの2メートル圏内と言われるデッドライン。そこに入り込まれたピースメーカーは無力化する。

 強力な火器は狙いをつける事が不可能になり、ピースメーカーの目たるカメラからも大部分が映らなくなる。


 できることといえば、このサイトオ356号のようにやたらめったらに暴れて圧倒的質量で運良く敵を潰せることを願うだけだ。

 ギンジロウがピースメーカーに乗る時、アルヴァタールを同行させるのはこのためだ。


 巨人が絶対的に小人より強いわけではない。

 小人が致死の一突きを持っていればなおさら。


 ほとばしるプラズマの刃がサイトオ356号の駆るレムレスの片足を切り落とす。あがくレムレスがバランスを崩し、片膝をついた。

 そこを駆け上がり、背中からコックピットに向けてプラズマブレードを突き刺す。


 その一瞬をアニキは見逃さなかった。

 人はトドメを刺す時に一番油断する。

 いつだってそうだ。

 幾度もあら事を行ってきたアニキはそれを理解していた。


「アニキーーーーーー!!!」


 サイトオ356号の断末魔がスピーカー越しにアニキへと伝わった。

 だがフェイル2がトドメを指した瞬間、わずか1秒にも満たない隙。アニキが放ったレーザー光が彼女を直撃する。

 

 照射された時間は一瞬だが、ブスブスと煙を上げてフェイル2がレムレスの背中からこぼれ落ちた。


 アニキが溜めていた息を吐き出す。

 

「カタキはうったけぇ。サイトオ356号、安心しろ。次の357号もかわいがったる」

 

 アニキは目をつむるとサイトオ356号との思い出がエンドロールのように流れた。サイトオ356号の乗るレムレスから煙が立ち上りレムレスのカメラがそれを追う。

 レムレスのカメラが月を見上げた。

 

「うん?」


 立ち上る煙。それに紛れて何かが来る。



 .。o○



「来た来た!コントロール!視界寄越せ!」


 トラックの影で手をワキワキさせながらギンジロウは叫んだ。

 コンタクトレンズタイプのウェアラブルデバイスが空からの映像を映し出した。

 

 映像には破壊されたレムレス、倒れ込んだフェイル2、別の車両に隠れたアルヴァタール、逃げる人々、迫りくるパトランプ。

  

「あのガキ、マジか……」


 ギンジロウの血の気がさっと引いた。 

 彼の感触ではフェイル2はピースメーカー2機であれば倒せないまでも5分は場をもたせる事ができると睨んでいた。

 しかし現実はどうだ。敵の1機はまだ健在でフェイル2は倒れ伏している。フェイル2の戦闘能力を"信用"しすぎたか、相手が想定外に手練だったか。

 肝心な所で俺はいつもカンを外すと自己嫌悪した。


 それも一瞬。

 流れるカメラ映像に視界を集中させる。


 人工衛星が全てクジラに食われた今、過去の戦争に使われたGPS頼みの長距離、超長距離戦闘は不可能となった。

 衛生からの超質量兵器や高出力レーザー兵器も軒並み胃袋の中。


 では今はどういった戦闘になったかというと生臭い有視界戦闘に逆戻りだ。長距離ミサイルもわざわ手動である程度誘導してやる必要がある。


 コンタクトレンズが映し出すレムレスに赤いカーソルが重なり"LOCK"の文字が表示された。


「マジで頼むぜ。アルヴァタール」


 ギンジロウがトリガーを引くように指を動かした。



 .。o○


 

「ミサイルか!どこから!」


 アニキが乗った無傷のレムレスが赤い弾頭を捉える。

 このレムレス。実はピースメーカーとして非常に高い対ミサイル、ロケット能力を持っている。両肩に備えられた複数のレーザー発振器は攻撃と同時に優れたミサイル迎撃性能を有しているのだ。


 ギョロギョロと両肩のレーザー発振器が動き、射程距離まで獲物を駆る鷹のようにじっとミサイルに追従する。そして射程距離に入った瞬間にミサイルは撃ち抜かれて爆散するという寸法だ。

 ギンジロウの選択は苦し紛れに見えた。


 近づくミサイル。射程距離まであと3、2、1、ここでミサイルが爆散。

 あっけなく撃墜されたミサイル。いや違う、空中分解した弾頭の中から何かがばら撒かれ雨のようにレムレスへと降り注ぐ。その数約20。

 

「マイクロミサイルか!」


 一瞬で迎撃は不可能と判断し、レムレスがミサイルを避けるために後退する。

 

「おおおおおおおおおおおお!!!」


 雄叫び。

 レーザーが瞬き数発のミサイルを迎撃したが、無数に降り注ぐミサイル群はレムレスのミサイル迎撃性能を上回り、瞬きの間にレムレスの腕をや足を吹き飛ばして爆砕させた。

 コックピットや頭部にもミサイルが群がり完全に機能停止まで追い込み、崩れ落ちたピースメーカー2機の残骸はカーチェイスの終わりを告げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る