第3話
「こいつに心当たりは?」
空調が行き届き白を基調とした内装の、カフェなのか事務所なのか区別がつかないような場所で、ギンジロウはメガネを掛けた私服姿のインテリ優男へと画像データを送った。
この優男は企業へ天下りした元国営団体の人間で、これから赴く下水路から得られるデータを管理している。
監視カメラとか、水の流れ、掃除屋からの目撃情報、網に詰まった死体が誰だとか。
つまり街の地下を這う下水路の大体を把握しており、彼がその情報を意図的に堰き止めギンジロウの様な人間達に売りつけて小金を稼いでいる。
錆びて回らなくなった蛇口みたいな奴だ。
そしてギンジロウが送ったのはミドリコを襲った青紫色をした触腕の画像だ。
優男が高額なデザイナーチェアに座りながら画像を一瞥した。
円形テーブル置かれたコーヒーをゆったりと一口飲んで。
「うーん。これだけじゃ何にも言えないね。こんなのは吐き捨てるほどに居る。この
優男は答えた。
まるで戦争に行くような姿。
白いセラミックパネルが動きやすいようつぎはぎに付けられた戦闘服を着込み。腰ホルスターにオートマチック銃。背中にはかけ紐でポンプアクション式ショットガンとアサルトライフルを引っさげ、肩から斜めにかけられたベルトには反り返った刃を持つマチェットや手榴弾、マガジン、熊撃ち用のスラグ弾などキリがない。
そんなギンジロウに対して別段何時もと変わらないように。
どうやら周りの職員達も同様のようで、壁にいくつも掛けられた大型モニタを見ながら談笑したり、マグカップ片手に書類を見たりしていた。
どうでも良さそうに答えた優男に対してギンジロウは隠すでもなく紙幣を何枚か円形テーブルに放り投げた。
そそくさと紙幣を懐にしまう優男。
「他に何か変わったことは?」
「見なよ。今日もここは変わらないさ。どうしようもない命知らずがゴミ捨て場に入っていって、殺したり殺されたりしてる。まぁ君達が居なくなったら僕らも困るんだが」
優男が親指で示したいくつも壁に吊るされている大型ディスプレイには、監視カメラの映像が無数に映し出されており、時折マズルフラッシュの光が瞬いたりしている。
確かに戦闘服姿の人間が異形の何かと戦い、殺されたり殺したりしていた。
下水路が出来た当時はこうではなかった。
最先端の設備は市民に安全と益をもたらしていたが、ある時から企業が扱いに困り捨てた実験生物が住処としてしまい、繁殖してしまったのだ。
LEDの薄暗い明かりが常に灯り、ナノマシンの汚物を分解する反応で発生する熱は常に生物が暮らすには最適な温度を提供していた。
そこからはドミノ倒しの様に事が進み。突然変異や同様の実験動物がネズミ算式に増えて行った。
下水路には多額の投資が既に掛けられており放棄するわけにも行かず、
優男がどうでもいい話(娘の事とか、最近のニュースで報道された事件の事とか)を話し終わるのを待って一息の間を取った。
ギンジロウは更にワイロを渡すか悩んだが止めた。
「分かった」
もう十分だ。だといった感じでイライラしつつギンジロウは優男に背を向けて事務所の出口へと向かったがその途中で背後から声をかけられた。
「─── ただ。最近ゴミ捨て場に新顔が増えていてね。見た事もない
相手もある種の商売で、こちらとの信頼関係でこの情報の取引は成り立っているのだ。
過剰な搾取は客離れと恨みを買う。
こちらとあちらの立場は対等でもあるのだ。
事務所の外に出ると
倉庫に居たときとは違い、手には3メートルほどのポールの先に円形の"やすり"が付いたグラインダーを持ち、背中のハードポイントには人の身長ほどもあるライフルが備え付けられている。
その足元でアルヴァタールと弾除け程度にはなるだろうと連れてきたフェイル2がギンジロウの帰りを待っていた。
アルヴァタールはアパートメントの自室に居る時と違い、よく手入れされた皮鎧を着込み片手で幅広の木刀を持ち肩にかけている。
その首には麻紐のネックレスがいくつかかけられ、小石や枯葉、砂、水、生草など様々なものが入った瓶、あるいはそのものがくくりつけられている。
これは彼が
木刀などよりも銃を使えばいいと普通の人間は思うだろうが、どうも"まじない"と機械や金属は相性が悪いらしい。
フェイル2はぴっちりとしたつや消しの黒いバトルスーツ(この前ミドリコに買ってもらった"獅子の毛皮"だ。有機的な形状の脊髄サポーターが生々しい)の上に、またまたミドリコからもらった着物に合わせる様なフード付きの黒い羽織。赤い花柄がワンポイントで縫われている。
ミドリコは彼女がバーに行く度に高額な何かを、ほいほいと気軽に渡していた。
そして右太腿にはギンジロウの雷電プラスを壊したプラズマブレードの柄がベルトで括り付けられ鈍く輝いている。
「どう?タコサンの話は聞けましたか?ギンジロ」
「駄目だ。これだから元国営団体の連中は使えん。賄賂で金を搾取することが癖になってやがる。だが新種が最近多くなってるらしい。どこかの企業が処分がてら放流したか………。あの触手もそのうちの一匹だろうよ」
とにかく使えん情報だ。と言って、ギンジロウはどけどけと手でアルヴァタールとフェイル2を追いやって、ベルトに付けておいた黒い金属でできた鍵のボタンを押した。
雷電プラスが跪いてコックピットのハッチが開く。ギンジロウは慣れた動きでコックピットまでよじ登った。
狭い操縦席に申し訳程度作られた収納スペースへライフルとショットガンを投げ入れてドサリと操縦席に座り、右手を丁度伸ばした所にある物理キーボードを叩いてパスワードを入力するとセンサがギンジロウの顔をスキャン。
モニタにWELCOMEの文字が表示された。
キーボードを叩いた流れで、赤く点灯したスイッチをカバーを開いて押し込む。背中と両足に備え付けられた4つのディーゼルエンジンに火が灯り、ドロドロと重低音を奏でた。
森に生える木ほども有りそうなレバースイッチ群のひとつをカチリと押してやるとコックピットが閉じ始め、徐々にギンジロウの視界から外界が消えていく。
完全に閉じきった所でコックピットのハッチ裏が輝き、雷電プラスのカメラアイが捉えた世界を映し出した。
「立つぞ。そのまま離れててくれ」
ギンジロウが喋ると雷電プラスに備えられた拡声器から声が発せられた。
じっとこっちを見ているフェイル2とアルヴァタールを確認したギンジロウは、スイッチの森から迷いなくひとつのスイッチを押した。
少しの浮遊感、振動と共にモニタに表示された視界の高さが変わる。
立ち上がった雷電プラス。両足の装甲板が羽根みたいに拡張した。
「行くぞ。乗ってくれ。耳栓忘れるなよ」
アルヴァタールがフェイル2を促してちょうど開いた装甲の裏側へ。雷電プラスの足元につれて行く。
そこには丁度人が一人乗れる程度のスペースと掴まるための持ち手が付いていた。
彼は甲斐甲斐しく手取り足取りしてフェイル2を乗せてやり、耳栓もつけて。振り落とされないための取っ手に掴ませてやった。
その後、ポンポンとフェイル2の頭を撫で、自分の仕事に満足しつつ反対側の脚部へと乗り込んだ。
よし。と4つ有るペダルの一つを踏みつけるとゆっくりと雷電プラスが前進して、先程出てきた事務所の隣に有る大型重機が何台も通れるような巨大な扉の前まで進んだ。
見上げれば元々は崖だったようで、それを人工的に切り崩した結果。周りは巨大な壁が果無く続いている。かなり低い場所に有る土地の様だ。
なにやらギンジロウはやり取りして。
『登録ナンバー464325。カギヤギンジロウ。ライセンス失効まであと。二ヶ月です。早期の更新をお勧めします。更新料は。58500円元。です。第一ゲート。開放します』
無機質な人工音声がスピーカーから流れ、巨大な扉がスライドして開いた。
中に入るとそこはコンクリートでできた巨大な空間になっており、行先にはさきほどと同じ巨大な扉が有った。どうやら博物館や美術館のエントランスでよく見られるような二重扉になっているようだ。
コンクリートの壁は一部がガラス張りとななっており、その向こうでは先の事務所の職員が変わらず働き、先の優男がこちらを見て手を降っている。
「アルヴァタール。お前は何度か来てるから大体分かってると思うが───」
耳栓に内蔵されたスピーカーから聞こえてきたギンジロウの問いかけにアルヴァタールが頷く。
「よくサンポすると家に帰れないヨ」
「お前が言ってる事はよく分からんが。ガキ、お前は絶対に勝手な行動を取るな。俺より先を歩くな。俺より先に銃を打つな。俺がヤバかったらお前が盾になれ」
ギンジロウの冗談みたいな本気の要求に対するフェイル2からの返答は無かった。
『第二ゲート開放します。ライセンス失効まであと。二ヶ月です。早期の更新をお勧めします。更新料は。58500円元。です』
先程と同じように巨大扉がエア排気の音と共に開き、生ぬるい風と若干の鼻をつく匂いが辺りに漂う。
カサカサと得体の知れない昆虫や線虫が壁を這い、バサバサとコウモリの様な何かが飛んでいった。まず目に入ったのはざあざあと流れる大量の汚水。その両端に車が二台ほども並べるほどの通路があり、天井は見上げる程度に高くぽつぽつと申し訳程度に冷たい照明の光が灯っている。
待っていましたとばかりに飛びかかってきた子供ほどもあるネズミを、フェイル2は懐のホルスターから抜いたオートマチック銃で撃ち抜いた。
弾丸はネズミの脳天から尻にかけて貫通し地面に弾痕を刻んだ。
フェイル2はいかにも不可解だといった感じで手にしたオートマチック銃の口を覗き込む。
「提案。フェイル28との交戦には火力が不足しています。武装構成の再構築を」
「黙ってろ。それと銃口を覗くな」
ギンジロウは話を速攻で反故にされた事にモヤモヤしつつも、コンタクトレンズ型の携帯情報端末を操作して視界に現れた自分の位置と下水道のマップを確認。ナビゲーションをスタートさせた。
『バーキャットアイまで、あと13キロメートルです。予想時間は。1時間。45分。です』
機械音声が目的地と所要時間を告げる。
視界にナビゲーションの矢印が現れ直進を指示した。
まずはミドリコの家へ繋がる排水管のある場所へ。
何か手がかりを探すためだ。
ギンジロウは操縦桿を握ってアクセルを踏み込んだ。ピースメーカーから燃焼ガスが
不意を突かれたアルヴァタールがよろけて落ちそうになり文句をぐちぐちと言ってきたが適当にいなした。
あのタコみたいな触手はミドリコとギンジロウの家のミキサーを壊してくれたばかりか、こんな苦行もよこしてくれたのだ。
おかげで食い詰めていなければ来たくもない、こんな汚い場所に来る羽目になったのだ。
匂いは体やピースメーカーにうつるし、気味の悪い
そら、道の隅を見れば得体の知れない繊維質の粘性生物がまるで心臓みたいにどくどくと蠢いているし。
確かに倒した
どんな致命的な奴を倒しても二束三文。特別に
本当ならこんな場所はなんのスキルもツテも無いはみだし者が自殺でもしにくる場所なのだ。
そうぐちぐちとギンジロウは頭のなかで愚痴を吐き出したが、ギンジロウはたびたびここで食い扶持を稼ぐ時もあった。要は気分の問題だった。自分で行くか、行かされるか。
もしあの青紫の触手がまた居たら蜂の巣にしてクソの穴に放り込んでやると、八つ当たり気味にピースメーカーをとばした。
しばらく下水道とは思えないほど広い通路を、情報端末のナビゲーションに従って進んだ。
ギンジロウの視界に広がる子供が描いた迷路じみた地図は平面だけではなく上下方向にも縦横無尽に走り、混迷を極めている。
もしナビゲーションがなければ一度入ったら出れまい。実際この下水道は都市全体の地下に張り巡らされていて、今も絶えず増えたり減ったりしている。
その土木建築工事の大抵はピースメーカーで行われ、まるで巨人の住処の様な構造物が容易く造られる。そうして子供の絵本にあるような、一度入ったら出られない魔女の森みたいなファンタジーな場所が出来上がるのだ。
しかしファンタジーな場所に住まう住民は魔女だの妖精だのではない。
曲がり角の先でギンジロウが見たものは、塗り固められた汚泥で作られた筒状のものだ。
それが無作為に積み上げられ、本来コンクリート造りのはずの壁面を覆いつくしている。無数に空いた穴は見る者の心を不安にさせる。
その穴からは、まるで毛のないチンパンジーみたいな奴が出入りしており、人の身長ほどある百足の様な甲虫に乗り移動するものものいた。
パワードチンパンジーだ。
虎躍生物科技の置き土産の一つ。
どうも人と同じ様な知性を持った生物を作り出そうとしたようだが、結局失敗して検体をそこらに捨てていったらしい。
それが人の手があまり入らないこの下水道で繁殖してしまったのだ。
しかもその会社自体は好き勝手してくれた後に煙に巻き、中国へと逃げ帰ってしまった。
巷ではいつか陽の光を求めて下水道から地上に攻め込んでくるなどまことしやかに噂されている。
こんな馬鹿げたバイオテクノロジー実験の産物が都市にはごろごろしているのだ。大衆のバイオテクノロジー批判と機械至上主義はこういったところも原因の一因となっている。
世間に機械主義者がのさばるのも納得だろう。
二日酔いのえずきじみた独自の鳴き声で意思疎通を図るパワードチンパンジー達は、目視できるかぎりで10匹程度。
甲虫から吐き出される粘液にどこからか拾ってきたゴミやヘドロを塗りつけて住処を拡張している奴や、鉄パイプなどを持って巣の周りを彷徨く奴、得体の知れない生き物を貪る奴等。
知能は低そうに見えるが"人間と同等の知性を持った"というコンセプト通り、見た目とは違いそこそこの社会性や知能を持ち合わせている。
そら、あそこで互いに食いついて共食いしてる奴らなんて正に人間みたいだ。
お陰で小銭を稼ぐためにやってくる奴等に"ゴミ掃除"される度に仲間が殺されている事は自覚しているようで、かなりの敵意を人間に持っているのだが。
パワードチンパンジーのコロニーには一般的に50匹から100匹ほどの個体が居ると言う。
ギンジロウは倒し切るのは手間だと結論付け、アクセルを底づきするまで踏んだ。
ひとつ882KWのエンジンが四基同時に轟き、雷電プラスの背中から太腿からエグゾーストが迸る。
ビリビリとした振動がギンジロウを覆う。
脚部のタイヤが空を切り金切り音を上げたと思うとゼロから数十キロメートルの速度まで一気に加速。
「突っ切るぞ!取り付かせるなよ!エンリコ99寄越せ!」
ギンジロウが口にした命令を雷電プラスのOSが認識。
背中に二つ有るハードポイントの左側に取り付けられた巨大なアサルトライフルが雷電プラスの脇下から飛び出るように差し出された。
それを空いた左手で受け取り腰だめの状態で乱射。
運悪く歩哨に出ていたパワードチンパンジーが
流れ弾は脆いコロニーをボロクズみたいに穴だらけにして、逸れた弾丸は下水道のコンクリート壁に着弾することで粉々になり散っていった。
コンクリートも穿てない弾丸を使うとは奇妙に見えるかもしれないが、下水施設の保護の為、ピースメーカーの使用する兵器に制限が掛けられているのだ。
もしこれが一番安い鉛弾だった場合でも施設に甚大な被害を出してしまう。
故に
パワードチンパンジー達は迫りくる敵に気づき雄叫びを上げながらこちらへ突き進んでくる。
死ぬことを恐れないその突撃は正に特攻兵だ。
雷電プラスの持つライフルの銃口が細かく、精密に動いた。
向かってくるパワードチンパンジーを雷電プラスの火器管制装置が正確に捉え、寸分違わずに銃弾を命中させていく。
「eee bugal deene schleete leewen eichee bewgeet eeche ginne wooand」
アルヴァタールが呟き左手に握った枯葉が光の粉となる。
十メートルはある下水道の、天井近くまで積み上げられたコロニー。
そこからバラバラと落ちてくるパワードチンパンジー。
雷電プラスに取り付こうとしているのだ。
軽業師めいて雷電プラスの肩に飛び乗ったアルヴァタールは、それらに向けて左手のひらに留まる光を自分の息と共に吹きかけた。
目に見えない風の刃が何匹ものパワードチンパンジーを真っ二つに両断。
一瞬で走り去ったギンジロウ達の後に遅れてどちゃどちゃと残骸が地面に散らばった。
過ぎ去った災害をを恨めしそうに見送るパワードチンパンジー達。
その瞳は纏わり付くような怨嗟で満ち溢れていた。
こうして彼らの憎しみは積り重なっていくのだ。
───それからナビゲーションに言われるままに広大な下水道の通路をひた走った。
下水道にはパワードチンパンジー以外にも様々な生物が生息している。ゲコゲコ鳴くワニとか、のたのたと地上を歩くコウモリとか。
人間が汚水を掛けられると嫌がる事を知っている半魚人めいた奴は雷電プラスの巨大なライフルから放たれた銃弾で藻屑と化した。
『バーキャットアイに到着しました。ナビゲーションを。終了します」
ギンジロウの視界に終了の文字。
ポーンと軽い効果音を出して機械音声がナビゲーションの終わりを告げた。
雷電プラスのコクピットハッチが開き、アサルトライフルとショットガンを背負ってギンジロウは地面へとよじ下りた。
目的の場所へたどり着いた彼の目の前に鎮座しているものは巨大な送風機に似ている。
ただ一点違うのは、風を送り出すためのはずのファンが様々なものを切り刻むために鋭く鈍色に輝いている事だ。
それは"何か"がつまって壊れたミドリコ家のミキサー。
ギンジロウは顔をしかめながらその辺に落ちていた錆びた鉄の棒で詰まった何かすくい上げた。
にちゃりと音を立てて目の高さまですくい上げられたものは、緑色をした半透明のゲルだ。
よく見れば繊維質な何かが含まれていることが分かる。
「うへぇ。何だこりゃ」
「それはフェイル28の体組織の一部です。機密保持のための│アポトーシス《自己死》機能により、高速分解が行われていると想定されます」
いつの間にか、音も無くギンジロウの背後にまで来ていたフェイル2はさも当然とばかり。
「うん?いや、フェイル28?」
ギンジロウは異臭を放つゲルに鼻をつまみながら鼻声で疑問を口にした。
「はい。フェイル28は当個体と同じ目的の下に作られた個体の一つです。」
それを聞いてギンジロウは天を仰ぎ見た。見えたのはコンクリートの天井と冷たいLEDライトの光だけだったが………。
そのまま十秒くらい何か考える様に固まり、それからとりあえず立ち上がって息を一杯に吸い込んだ。
くるりと背後へと方向転換するといつも通り何を考えているか分からないフェイル2。
ギンジロウは彼女の細い肩に両手を添えて揺さぶった。
「お・ま・え・の!お友達が!原因かよォ!」
壊れた人形みたいにカクカクと揺れるフェイル2
「お友達ではありません。当フェイルシリーズは完全なる生命体へと至るため、互いに淘汰。進化を促すよう設計されています」
「余計悪いわ!そのお友達は何体居る!言え!」
「お友達ではありません」
肺に貯めた空気を使い果たしたギンジロウはフェイル2から手を離し肩で息をした。
そもそも完全な生命を作るために失敗作同士を争わせるという方法自体が間違っているのだ。
失敗作をいくらこねて固めても元が駄目ならミロのヴィーナスは生まれない訳で。
例えこのガキが最後まで生き残ろうと失敗作は失敗作。
完全な生命体などとは程遠い、エンゲル係数のバカ高い大食いが出来上がるだけだ。
マッドサイエンティスト共の考えそうな抜けた計画だぜ。とギンジロウはつばを吐き捨てた。
「そもそも、お前。知ってたならなんで教えなかった?俺に対する嫌がらせか?」
「聞かれませんでした」
「じゃあ聞くぞ!フェイル28ってやつの事を教えろ!詳細にだ!」
「機密事項です」
びしりと指差して質問したギンジロウにフェイル2は悪気の欠片もなくそう切り捨てた。
躍りかかろうとするギンジロウを羽交い締めにして制止するアルヴァタール。
「ギンジロ。おつちいて。あの、緑のが狙うのならもう大丈夫。雰囲気珍しげ」
そう言ってアルヴァタールはミキサーにこびりついた緑のゲルを指し示した。
アルヴァタールのような先住民達は物に宿る何か(気配のような)を感じ取れるらしく、犬の様に痕跡を辿ることができるらしい。
彼曰くそれは立ち上る陽炎の様なもので、様々な色、匂い、感触を持っているという。
「それ、海の深みの匂い、水面のキラキラ、サラサラの緑。いろんなのが混ざってます」
ギンジロウはまだ言い足りないと、忌々しげにフェイル2を見てアルヴァタールへと向き直り
「痕跡は?」
「ダイジョブ、まだ残ってる」
よし。と雷電プラスの操縦席に飛び乗り、巨大な鋼の手をアルヴァタールへと差し出した。
「アルヴァタール!手に乗って進む方向をナビしてくれ!使えん糞ガキは適当に乗ってけ!」
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