ずっと見ている

 それに気づいたのは中学二年の秋のことです。

 夕方の六時半くらいだったでしょうか。赤みを帯びていた空が、暗くなってきて、ぽつぽつと星が見えはじめるくらいの時間でした。

 部活を終えて、新興住宅地にある一軒家の自宅に帰ってきた私は、敷地に入る門扉の前で、ふと背中に視線を感じたのです。

 門扉の前まで歩いてきたときには、周囲に人影はありませんでしたから、おかしいな? と思いながら、私は首だけで振り返って、まわりをかんたんに確認しました。

 しかし当然ですが、周囲に人影はありません。

 気のせいかな? と、首を戻し、門扉を開けようとしましたが、やっぱり誰かに見られているような気配を感じます。

 そこでもう一度、今度はしっかりとまわりを確認すると、向かいの家の二階の窓から、カーテンを開けた状態で、ジッとこちらを見ている人影が見えました。

 なんだろう? と、すこし不気味に思いながらも、視線の正体がわかったので、その日はとくに気にすることもなく、門扉をあけて自宅に入りました。

 しかし次の日も、また次の日も、同じ時間帯に自宅に帰ると、向かいの家の二階の窓から、人影がジっとこちらを見ているのです。

 さすがに怖くなってきた私が、夕食のときにそのことを相談すると、母が向かいの家の人に会ったときに、それとなく話を聞いてくれることになりました。

 それから二日後。朝のゴミだしのときに偶然、向かいの家の人に会った母は、雑談がてらに窓から私のことを見ている話をしてくれました。しかし、向かいの家の人は「そんなことはしていないし、そもそも、その時間帯には誰も二階には上がっていない」と言ってきたそうです。

 そのことを夜に母から聞いた私は、「いやいや、昨日も今日もジッと見てたし」と、軽い怒りを感じましたが、なにかされたというわけでもなく、ただすこし不気味というだけでは、文句を言うこともできず、諦めました。

 最初は不気味で、すこし怖かったそれも、長く続くと日常の一部になり、高校に進学した頃には慣れて、それほど気にならなくなっていました。

 そうして最初に人影を見てから約四年。ずっと続いてきたそれは、大学進学を機に私が一人暮らしをはじめると、終わりを迎えました。


 しかし、それは一時的なこと……。

 一人暮らしをはじめてから約半年ほど経った頃のことです。

 夜、バイト先の飲食店からの帰宅時に、当時住んでいたワンルームマンションのエントランス前で、身に覚えのある視線を背後に感じました。

 一人暮らしを始めてからは、一切感じていなかったあの視線です。

 背中を寒気がぶわわっとはしり、私はおそるおそる後ろを確認しました。すると、案の定、マンションの向かいにあるアパートの二階の窓から、人影がジッとこちらを見ているではありませんか。

 私の頭の中は恐怖でいっぱいになり、その場から逃げるように走って、マンションのエントランスを抜け、エレベーターのボタンを何度も押して、早く着け、早く着けと祈りました。

 チャンという、エレベーターがついた音が鳴り、とびらがゆっくりと開きます。私は急いで乗り込んだあと、自室のある四階のボタンと、閉めるのボタンを何度も押しました。とびらはすぐに閉まり、エレベーターが動きだします。

 私はホっと一息つきました。さっきのはなんだったのか、偶然なのか、すこし冷静になった頭にいろいろな疑問が浮かびます。

 すぐにエレベーターは四階につき、エレベーターからでた私は、廊下を歩いて自室に入りました。玄関で部屋の電気をつけると、朝に部屋をでたときと部屋の様子にも変化はなく、それで一気に安心した私は、外着のままベッドに体を投げ出しました。

 あれはなんだったんだろうか? ベッドの上で考えましたが、答えはでません。

 恐怖心を紛らわせるために、さっきのことは気のせいだと自分に言い聞かせながら、その日は寝ました。

 次の日も、同じ時間にアルバイトが入っていた私は、アルバイト先の同僚であるA子に事情を話し、一緒に帰ってもらうことにしました。

 帰り道でA子は笑いながら「気にしすぎだって、大丈夫だよ」と、怖がる私のことを励ましてくれます。

 そうして私の住むマンションの前につきました。昨夜と同じようにエントランスに入っていくと、やはり身に覚えのある視線を後ろに感じます。

 隣にいるA子はなにも感じていないようで、そのまま歩いてエントランスを抜けていこうとするので、私は立ち止まって、A子に「視線を感じる」と話しかけると、二人で視線のもと。昨日、人影のあった、向かいのアパートの二階の窓を見ました。

 すると、昨日と同じように、人影がジッとこちらを見ていました。隣で同じものを見たA子も、顔を青くしています。

 二人でエレベーターまで走り、そのあと四階の自室へ駆け込みました。

「マジじゃん、マジじゃん。ヤバイ、ヤバイって。ストーカーとか? 警察に相談したほうがいいんじゃないの?」

 部屋に入るなり、A子が興奮したようにまくしたててきます。

 二日続けてのことだったので、私も気のせいにはできず、そうしたほうがいいんじゃないかと思いました。

 しかし実家にいたときの視線と、今回のそれが同一人物であるという確信もなく、そもそも私のことを見ていた証拠もなにもありません。

 結局のところ、最初に人影を見たときと同じように、とくになにもできないまま、月日は過ぎていきました。


 そして現在。

 大学卒業後、就職とともに別のマンションに引っ越しをして、友人の紹介で知り合った男性と結婚。子供が二人生まれ、一軒家に移り住んだ今も、夜に家に帰ると、向かいの家の二階の窓からこちらをジッと見ている人影があります。

 ちなみに、向かいの家には誰も住んでいません。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ちょっとだけ怖い話 まるま員 @marumain084

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ