決して振り返ってはならない

 男は走っていた。わき目も振らず、ただそれから逃げるために必死で走っていた。

 男は平凡な会社員で、今日は友人達と飲み会をしていた。

 浴びるほど酒を飲み、酔っぱらった彼は道の隅で、力尽き寝てしまったのだった。

「お兄さん、起きてください」

 そう声をかけられて体をゆすられたことで気がついた男が目を開けると、視界には顔の半分が溶けて爛れた女がいるではないか。

 男の酔いは一気に覚め、女の手を払いのけて一目散に逃げ出した。

 五分ほど全力疾走で走った男は、背後から追いかけてくる足音がないことに気づいてようやく立ち止まった。

 大きく息を吐いて、強く鼓動する心臓が落ち着くのを待つ。

 ふぅー、と大きな溜息を一つ、心臓が落ち着いた男はいったいあれはなんだったんだと顔をあげて自分がきた道を振り返った。

「どうして逃げるの」

 顔の半分が爛れた女が立っていた。



 翌日、道の脇で顔の半分が爛れた女の遺体が見つかった。

 その姿は遺体を見慣れた警官ですら、嘔吐くことを抑えることが出来ないような状態だったという。



 その日の夜

 女は走っていた。わき目も振らず、ただそれから逃げるために必死で走っていた。

 女は独身で彼氏もいない。周囲は結婚していくのに自分だけは愛されないとやけ酒を飲み、道の隅で寝てしまっていたのだった。

「お姉さん、起きてください」

 声をかけられたことで気づいた女が目を開けると、そこには顔の半分が爛れた男が立っていた。

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