バー
仕事帰り、週に一、二度バーに寄ってお酒を飲むのが当時の俺の楽しみでね。
その日もいつものバーで、顔なじみの常連さんやマスターと雑談をしてお酒を飲んで帰っていたんだけど、道中でじっと見られているような視線を感じたんだ。
ただ、周りを見てもこちらを見つめているような奴はいないし、その日は気のせいだと思って帰ったよ。
次に同じバーに行った帰り道、同じように視線を感じたんだ。それも移動してもついてきているかのように、ずっと見られている気がした。
お世辞にもイケメンとはいえない俺としては、女性のストーカーだったら嬉しいな。なんて思って無視していたんだけど、次も、その次もバーにいった帰りに視線を感じるとあっては、少し興味のようなものが出てきてね。
なんとかこの視線の元を探してやろうと、視線を感じた瞬間にその場で立ち止まって、周囲をじっくりと探したんだ。
結果は惨敗。結局ずっと見られている気配を背に家に帰ることになったよ。
それで、もしかしたらこの視線について、バーの誰かが知っているかもしれない。そう思ってバーで常連やマスターに視線を感じることについて話をしてみると、同じようにこのバーからの帰り道でだけ視線を感じるという常連が何人も出てきたんだ。
マスターはそれを見てて「もしかしたら……」と、何かに気づいたかのようにして、一つの話をしてくれたんだ。
「数年前に良く来ていた常連の話なんだが、些細なことで喧嘩をしてね、出入り禁止だって言ってしまったことがあるんだ」
「そのあと俺も反省して、三日後くらいに彼に電話したんだ。出入り禁止は解くからまた遊びにきてくれって言うつもりでね」
「そうしたら、彼は喧嘩した次の日に高熱が出て、今は入院してるっていうんだ」
「もしかしたら俺との喧嘩のせいもあるかも、なんて思って次の日に見舞いに行って、その場でいろいろな話をして、仲直りしたんだ」
「でも、彼はそのまま病気が悪化して二週間後に亡くなってしまってね。ただ、話を聞いていてそういえば出入り禁止を解くって話をするのを忘れていたことを思い出してね」
「もしかしたら彼がうちに遊びに来たくて、うちから帰るお客さんを見てたのかなぁ」
その話を聞いて、俺も他の常連さんもお酒のせいもあってかわんわん泣いちゃってね。
「今日はそいつの出入り禁止を解こうぜ、マスター! 大きな声で宣言して、それから皆で騒ごう!」
なんて泣きながら常連の人が提案して、皆でその彼の話をマスターや昔からの常連さんにしてもらいながら騒いだよ。
その日の帰り道では視線は感じなくなっててね、あぁ彼は店に入れたんだなぁなんて感慨深かったよ。
次の日にそのことをマスターに教えてあげようと店に行ったら、店が閉まっていて驚いたよ。
何かあったのかと思って、マスターと仲がいい常連さんに電話して話を聞いたら、朝から高熱を出して病院に運ばれたって聞いて更に驚いたんだ。仲直りしたんじゃないのかマスターって疑問に思ったね。
結局、マスターはその後に亡くなってしまって、そのバーがあった場所は別のバーになっていたよ。
俺もそれを見てからは長いことバーには行かなくなったなぁ、次は俺の番かもしれないと思うと怖くなってね。
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