仕掛けた罠3

 二人しかいない、というのは令嬢、令息としてどうなのだ。通常ではありえないと思わないのか、そこがまず一つ目。

 いくら王国の魔術師の証があったとしても、使う魔術が帝国の、しかも現在試験中の魔術なのはどういうことだ、というのが二つ目。

 他にもあげればきりがないが、突っ込みを入れるのすら疲れたというのが、マイヤとヴァルッテリの感想である。

「あ、ミスリルの腕輪どっかいった」

「なんてことを……」

 言外に監視となっている腕輪を捨てたことを言われ、マイヤは呆れた。今までのぼんくらぶりが嘘のようである。

「その分、当家に伝わる剣に魔力流す」

「……左様ですか」

 魔術や魔力に関して無知なマイヤは、ヴァルッテリに任せることにした。

「きっちり話を聞かれている、ということでしょうね」

「おそらく。でないとあんなタイミングよく魔獣が来ない」

「余程の偶然出ない限り」

 二人ぼそぼそと話す。

 マイヤとヴァルッテリは互いに笑みを浮かべ、「相手の笑みが怖い」と思った。


「ここから出れますの?」

「そのために魔力を注いでいるといった方が正しいかな」

 剣を見せつけヴァルッテリが言う。どうやら魔力を注ぐことで発動する剣らしい。

「おかげで予定が狂いましたわ。本来なら、わたくしの専属お針子を紹介しようと思っておりましたの」

 帝都へ連れていくために。昨日のうちにその仕立て屋には使いを出している。

「いや、当家専属もいるけど」

「遠慮いたします。と言いたいところですが、こちらのお針子次第でしょうね。さすがに帝都まで行きたくないと言われれば、諦めますし」

「うん、父上と母上が気に入りそうだね」

 そこまで言うと、ヴァルッテリが唐突にマイヤを抱き寄せた。

「なっ!?」

 必要以上に男に振れたことがないマイヤにとって、刺激が強すぎた。


 何せ、王国の女性は婚礼に至るまで「純潔」でいることが絶対で、未婚の女性が純潔でない場合、恥とされるのだ。男にそういった制限はない。

 解せぬ、と言ったのは当家の先代執事で、合意でない状態で純潔を失った女性を保護する制度も始めた。おかげで「シングルマザー」も多かったりする。

「……そのあたりを守っているとは思わなかったな」

「守っていたのではありません! そういった殿方と会う機会がなかっただけです!!」

 それだけはしっかりと言っておきたい。

 余談だが、帝国側はそこまで気にしない。「病気に罹患するようなお馬鹿さえしなければいい」というのが理由だ。

 そういう意味で、マイヤの母親リーディアは、帰った後も大変だったろうと推測している。


「さた、馬鹿なこと言ってないでさっさと出るか。マイヤ、しっかり掴まっていて」

「は、はいっ」

 ヴァルッテリの服をぎゅっと握った。

「うん、役得」

 ヴァルッテリがふざけた瞬間、ヴィンという音がした。

「魔剣発動。術式消滅」

 あっという間に二人を捕らえていた術式は消滅した。


「速度低下、風圧低下」

「ありきたりすぎですわね」

 術式消滅後、どこかに飛ばされるというのは、物語でもよくある話だ。しかも空中とは。相手方はどうやらマイヤかヴァルッテリ、もしくは二人を殺したいようである。

「全くだね。障壁発動。……失敗した」

「え!?」

「いやさ、腕輪つけないで術式発動させるの久しぶりすぎて……」

 森がマイヤとヴァルッテリを中心として、半径数キロが荒野と化していた。


「どうしますの?」

 思わずマイヤはヴァルッテリを睨んだ。

 ここが王国内のどこの森でも問題である。そしてアベスカ男爵領ならば、領民の生活に直結する。

「アハトが何とかしてくれるんじゃないかな」

他人ひと任せですの!?」

「今の状態の俺が直したら、多分もっと荒野が広がる」

「……放っておきましょう」

 マイヤは思考を放棄した。


「お嬢様ぁぁぁ!! ご無事で!!」

 どうやったのか分からないが、ベレッカたちが移転術で飛んできた。

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