その頃のヴァルッテリ

 アベスカ男爵領と帝都の館。二度続けての移転術は正直、きつい。だが、今回移転術を使っていなければ、間違いなくマイヤは髪を剃ったはずだ。

「……ということなんだよ」

「なんともまぁ、行動力のあるお嬢さんですこと」

 ヒルダも呆れたように呟く。

「ヴァルッテリ様、男爵領の様子は?」

 執事頭が気にしているのはそこだ。持参金は要らないとあっさり国王に言われてしまったこともあり、豊かでなければ婚約式をした時点でマイヤが舐められる。……本日の恰好からして、侍女の中では嫌がる者もいるだろう。

「見てこれなかったよ。……まったくもって忌々しい」

「そういったことでしたら、お嬢様におっしゃっていただければ」

「え゛!?」

 屋根裏から声がして、三人そろってあられもない声を出した。



「お初にお目にかかります。アベスカ男爵領の密偵、ガイアです。お嬢様の髪色以外ならマネできる自信があります」

「なくていいからっ!!」

 屋根裏から降って来た二十代の女性、ガイアはのほほんとして言う。

「あ、お宅の密偵を責めないでくださいね。私があなたの移転術に引っ付いてきたので」

「……色々聞きたいんだけど」

 見ず知らずの人間が使う移転術についてくるというのは、難しいはずだ。それをいとも簡単にやったという、この女性。一体どんな術を使ったというのか。

「さすがに能力は機密ですので。ただ、密偵必須の隠密スキルは既にカンストしております」

「どんだけ高いの!?」

「当家の密偵でも、カンストはいなかったはずでは……」

 さらりと爆弾が投下された。さすがの執事頭も狼狽えていた。

「お嬢様も隠密スキルはいいところ行ってますよ? お嬢様に気づかれずに隠密が護衛できるようになると、スキルカンストまではいかなくとも、いい線行くようになります。お嬢様と旦那様二人を一人で護衛できれば、スキルカンストです」

「……聞きたくなかったなぁ」

あの辺境はどんなバケモノの巣窟だ。ヴァルッテリは頭が痛くなった。ただでさえ、前日に使者として送り出したウルヤナは屋根裏で諜報活動をしていたはずである。

「あ、それお二人にばれてますから。大した害もないと、お二人揃って放置ですから」

「……それも聞きたくなかったよ」

 初っ端から相手に喧嘩を売ってしまったらしい。それをどう挽回すればいいのかなど、分からない。

「お嬢様は魔法が一切使えませんからね。その分実力あるスキルで色々賄っていらっしゃるんです。大変な努力家ですよ」

 努力の方向を間違えている気がする。ヴァルッテリはそう思ったが、口に出さないでおいた。

「一応、貴族的一般教養は問題なくできます。ダンスに若干問題が残りますね。何せ、十三で参加したデビュタントの夜会以外出ておりませんので」

「……デビュタントって十五じゃないの?」

「グラーマル王国は十三です。十五で成人。これが早まるという誤差はあっても、遅くはなりません。遅くなるというのは、周囲に『金がない』と言っているようなものですし。ちなみに、女性十八で行き遅れですね」

 ローゼンダール帝国では、基本十五でデビュタント、十八で成人だ。帝国に合わせて、マイヤが十五になったあたりから、王家等の夜会に公爵家やそれに所縁のある者が参加して探していた。……どうやっても見つからないはずである。「運命の出会い」というものを作り出そうとしていたつけである。

「……い、色々ありがとう」

「いえいえ。では失礼します」

「ちょっ!? まだ男爵家のこと聞いてないよ!」

 天井裏に戻ったガイアから、何の返事もない。


 ……仕方がない。己で調べるしかなさそうだ。

 密偵は役に立ちそうもないので、どこから手を付ければいいかを考えるだけでいっぱいいっぱいだった。

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