移転術の便利さ
初めて移転術というものを使わせてもらったが、大変に便利だ。己が全く使えないのが恨めしいほどに。
「お嬢様?」
呆然としているマイヤに、ベレッカが声をかけてきた。
「アベスカ男爵領から帝国との国境まででもかなりの距離がありますのに」
たった一度で、ローゼンダール帝国帝都まで到着するとは思わなかったというのが正しい。魔力の量に応じて、一度に運べる量や人数、それから距離が変わってくる。
アベスカ男爵領は、国境を接している国はないが、ローゼンダール帝国と反対に位置する。つまりはかなり遠い。
そして、グラーマル王国から襲撃を受けたあと、帝都を変えた。グラーマル王国からより遠くなるように。
以前あった帝都、現在は旧都と呼ばれる場所は、軍の要となり、現在の帝都は文化と流行の発信地だという。
そのあたりの話は、母親についてきた侍女が教えてくれた。「親の故郷のことくらい知っていて当たり前」と。
「今俺たちがいるのは、帝都の方。だいぶ大きくなったからね」
……ヴァルッテリの言葉遣いが変わっている、そう思ったがマイヤは口にしない。興味があるとか思われるのはまっぴらごめんだ。
「紹介するよ。執事のパウリと侍女長のヒルダ。こちらが俺の婚約者マイヤだ。
マイヤ、疲れただろうから休むといい。ヒルダ、案内してくれ」
「かしこまりました。坊ちゃま、唐突な変更はお止めくださいまし」
「ごめん、ごめん。さっさとしないとマイヤが髪剃りかねなかったからさ」
「は!?」
ヒルダと呼ばれた女性からの非難をけろりとした顔で躱したヴァルッテリは、あっさり風味でマイヤの行動を暴露した。顔を見るに、暴挙だったらしい。
「あとで説明する。部屋の用意は?」
「出来ております」
「じゃ、とりあえずマイヤたちは休んでいて。詳しい話は明日にでもするから」
部屋に案内した侍女が忌々しそうに「忌まわしき混血児が」と呟いていた。
「お……お嬢様」
「うん。言われると思っておりましたし。仕方ありませんわ。明日には町にでも出て、情報収集しましょう」
これくらいの心意気が無ければ、男爵令嬢などやっていられない。
「お嬢様くらいですよ。平然としていらっしゃるのは」
「だって、事実ですもの。差別されないのはアベスカ男爵領くらいだと、皆も言っていたでしょう」
「そりゃ、そうですけどねぇ。お嬢様がいいならいいですけど」
「うふふ、楽しみですの。わたくしとともに動いてくれる方がどれくらいいらっしゃるのかと思うと……」
文句ばかりを言う不遇者ではなく、動ける人を探す。それが何よりも楽しみだとマイヤは思った。
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