湯煙の秘め事 中編 【朝霧美晴・音羽雅】

「雅ちゃん、もしかしなくても、リョウくんのこと好きだね?」

「……そりゃ、嫌いじゃないっすよね。彼氏彼女の旅行についてくるくらいっすから」

「あの寒い中、帰りの電車があるかもわからないのにわざわざチケット届けに来るなんて、好きじゃなきゃできないよ」

「それは、期限が近かったからだって言ったじゃないすか」

「隠すことないのにー。彼女がいるからって、好きをなかったことにはできないもん」

「…………」

「むしろ自然なことだと思うなあ。涼介、付き合う前よりもっと魅力的になったし」

「……どういうつもりっすか?」

「はてさて、どういうつもりとは?」

「仮に……もし仮に、あたしが先輩のことを好きだとしたら、あたしらは恋敵っすよ?」

「恋敵かあ。私は敵じゃないと思うんだよね。同じ人を好きになった、ってとっても素敵なことだと思うな。どっちかと言えば、仲間じゃないかな?」

「…………」

「日本でも早く一夫多妻が認められればいいのにねー。もちろんその逆も、同性とか他のいろんな場合も。本人たちが幸せなら、それがあるべき形でいいと思うなあ」

「……いいんすね?」

「んー?」

「本当に、いいんすね? 容赦しないっすよ」

「うん。遠慮しなくていいよ」

「……意味わかんねーっす。好きって、もっと固執してて、自分のものにしたい、独占したいって気持ちじゃないんすか」

「みんなが幸せになる方法があるなら、それが一番いいと思うな。ケンカするより、一緒に仲良くした方が楽しいもん。幸せは誰かと取り合うものじゃなくて、みんなで分けあうものだよ」

「この旅行にあたしを誘ったのも、そういうワケっすか」

「うん。雅ちゃんは敵情視察みたいな気持ちで来たのかもしれないけど、難しいこと考えずに楽しんで行けばいいのだ!」

「……バレてたんすか。美晴さん、バカっぽく見えて、意外とキレるんすね。誤解してました」

「あんまり不甲斐ない彼女だと、リョウくんにも、リョウくんを好きな他の人達にも失礼だからね!」

「失礼、っすかね。あたしにはピンとこねーっす」

「ほらほら、そんな暗い顔しなーい! 笑って笑って! 大好きな人と温泉旅行! 温泉さいこー! たーのしー!!」

「……そっすね。楽しまなきゃ損っすね。つっても先輩はここにはいないっすけど」

「ねー。カップル用にチケット用意したんなら、どうせなら混浴のとこにしてくれればいいのにー」

「幹事に文句のひとつでも言っときます?」

「出品者に星ひとつ進呈しよう!」

「……あははっ」

「むふふー。あ、そうだ!」

「はい?」

「リョウくん、おっぱい大きい方が好きだって!」

「……なんで今?」

「そういえば結局答えてなかったなーって。今思い出した!」

「なんか、落差ありすぎて眩暈がしてきたっす」

「あ、のぼせちゃった? うっかり喋りすぎたかな?」

「触っていいすか?」

「お、じゃあギブアンドテイクということでひとつ」

「…………」

「…………」

「お、おお……? やっぱり、自分のとは微妙に違うもんっすね」

「ぷるぷる、ふわふわ……すべすべ、つやつや……」

「なるほど、これが普段先輩を相手してる……ッ」

「ん、あれ? なんでやめちゃうの? もう満足?」

「いや、その……吸いついたら先輩と間接キスだな、って考えに至った自分が怖くて」

「おおー! 天才か!?」

「いや突っ込んでくださいよ。二人しかいないんすから」

「私は女だから突っ込むものがないねえ」

「嘘でしょ。ここにきてド下ネタぶっこんでくるんすか」

「リョウくんには内緒ね!」

「……つーか、先輩抜きでなにやってるんでしょうね、あたし達」

「それもそうだ! たっぷり浸かったし、そろそろ上がろうか」

「そっすね。……美晴さん」

「にゅむ?」

「今日は、ありがとうございます」

「こちらこそー! みんなで幸せ増やそうね!」




 すっかり打ち解けた二人が和室に戻ると、テレビには霧島涼介が持参したゲーム機が繋げられ、机には朝霧美晴がセレクトした飴やラムネやグミや煎餅が広げられ、風情を代償に快適な空間が作られていた。


「お帰り。意外と早かったな」

「ただいまー! リョウくんこそ、いろいろ準備してたのに早いね?」

「早い? ああ、いや。今から入ってくる」


 朝霧美晴は首を傾げたが、音羽雅はにやりと笑った。


「ははーん、さては覗きっすね?」

「なわけあるか。ほら、ここ混浴だろ? だから二人が上がるの待ってたんだ」


 風呂上がりの二人が凍りついた。


「……はあっ!?」

「……ほむぅ!?」


 そして、ほぼ同時に熱を帯びた奇声を発した。


「混浴だろ、じゃねーですよ!! そこは知ってたとしても知らぬ存ぜぬで事故を装って突撃するとこでしょうが!! 先輩それでも男っすか!?」

「やだやだやだ!! 私リョウくんと一緒に温泉入りたいー!! 温泉だよ!? 露天風呂だよ!? うちのお風呂じゃないんだよ!!?」


 気を利かせたつもりの霧島涼介、思わぬ反応に戸惑うばかり。そんな隙だらけの男の腕を、仲良く一本ずつ鷲掴みにする女二人。


「え、いや、あの……」

「それともなんすか!? 他の女の裸は見れてもあたしのは見れねーとでも言うつもりっすか!?」

「もし変な男の人が入ってきたらどうするの!! リョウくんにはいざというときに私達を守る義務があるよ!!」

「と、とりあえず落ち着こう、な、二人とも。リラックス……」

「リラックスしに行きましょうか、美晴さん」

「行こう、雅ちゃん!」

「あ、ちょっと、まっ……どうしてこうなったー!?」


 ぐいぐいと引っ張られるままに、霧島涼介は風呂場へと連行されたのだった。



~~~~ここからは音声のみでお楽しみください~~~~

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