出会いの思い出②【朝霧美晴】
「やっほー。なーにしてんの!」
「仕事の続きですけど」
昼下がりの社員食堂。数時間単位の労働を日々強いられる会社という環境において、一時間の休憩は文字通り値千金。
にもかかわらず、真面目な新入社員こと霧島涼介は焼きそばパンを片手にノートパソコンとにらめっこしていた。
「そいや!」
ので、朝霧美晴はネズミ取りもびっくりの勢いでパソコンを勢いよく閉じた。焼きそばパンのおかげでキーボードを叩いていなかったのは幸運だった。
「なにするんですか」
「ダメダメ! きみは私よりお給料少ないんだから、私より働いちゃダメなんだよ!」
「だったら普段からもう少し真面目に働いてくださいよ。そうすれば俺の負担も減るでしょ」
「長生きのコツは頑張りすぎないことだよ新入りくん。優秀な子ほどたくさん重荷が課せられるのが世の中の仕組みなんだから」
「手を抜いて、納期までに終わらなかったら?」
「ごめんなさいって言えばいい!」
豊満な胸を張る朝霧美晴。
「お昼の時間はお昼を食べるためにあるんだぞ!」
「わかりましたよ、食べてからやればいいんでしょう」
価値観の違いをまざまざと見せつけられ、霧島涼介は早々に説得を諦めた。一秒も時間を無駄にしたくないという気持ちの現われでもある。
「ピピーッ!! なんですかこのご飯は!」
「惣菜パンなら片手で食べながらスマホで入力出来るじゃないですか」
「筋金入りだな真面目クンは。そんなんじゃ身長伸びないぞ!」
「成長期なんてとっくに過ぎてますよ」
閉じたノートパソコンの上に、花柄のランチクロスに包まれた弁当箱が置かれた。
「仕方ないなあ。はい、あげる」
「は? あ、ちょっ」
「いっただきまーす!」
同時に焼きそばパンを奪い取ると、ハムスターがごとき勢いではむはむ食む。一分経つか経たないか、猛スピードで朝霧美晴の胃袋に消えた。
「ぷはー、ご馳走様でした!」
「……先輩、大人気ないって言葉知ってます?」
持参した食料がなくなってしまったので、しぶしぶ目の前の包みを開ける霧島涼介。弁当箱は桃色だが、二段重ねの長方形かつ大きめサイズ。隠しきれない実用性が絶妙に可愛さを削いでいる。
蓋を開けてみると、うさぎリンゴやタコウインナー、人参の花にねじねじかまぼこ、手間暇かけた飾り切りの数々が目に飛び込む。どこに時間をかけているんだと効率重視マン霧島涼介は思った。
「いただきます」
別添えの箸入れから水玉模様の箸を手に取る。他のことに脳を使いすぎていたため、細かいことには気づきもしなかった。
改めて弁当箱の中を見ると、卵焼きやソース無しのハンバーグ、ごぼうとにんじんのきんぴらなど、普通のおかずもそれなりに充実していた。
太めに切られた卵焼きを一切れつまむ。甘めの味付けと思いきや、噛むと中から明太子の辛みが遅れてやってくる。口の中でとろけて絡まる新感覚の味。
「……美味い」
「でしょでしょ?」
上段にぎっしり詰まった白米が進む。ハンバーグは肉の旨味と強めの塩味が食欲をそそり、味の染みたきんぴらの適度な歯ごたえも小気味好い。飾り切りのかまぼこやウインナーは流石に素材そのままの味で、何故か安心した。
「これ、誰が作ったんですか? 先輩の母親?」
「ちっがーう! 高校の時から毎朝手作りしてるんだぞー! 仕込みに時間がかかるものは作り置きもするけど!」
「嘘だ。先輩に料理ができるとは思えません」
「意外と失礼だな君は! 私の身長とおっぱいを育んだ栄養バランスばっちりのお弁当だぞ!」
口にものを入れて喋らないというマナーの染み付いている霧島涼介は、箸をリンゴに伸ばした。
「何故黙るかね!」
「いや……変な事言うとセクハラになりそうだったので」
「男はいくつになってもおっぱい好きだもんね。部長も興味ないフリして隠れてちらちら見てるし。心はいつまでも成長期のままだもの」
思わぬ所で部長に飛び火したな……と思いつつ、霧島涼介は色の悪くなっていないリンゴをしゃりしゃり咀嚼する。
「とにかく! そんなに疑うなら、今度見せてあげる! 私の包丁捌きでほっぺた落っことしてやるんだからね!」
「物理的に?」
「人肉調理なら任せとけーじゃなくて! 今度作りに行くから! いいね!」
「まあ、別にいいですけど」
「よし! 首とコンロを洗って待ってなさい!」
ビシッと指差して決めポーズをとる朝霧美晴だったが、固い表情はすぐに解けた。
「なんだ、冗談も言えるんじゃん」
「言えたとして、仕事には必要ないでしょう」
「必要あるもん! ユーモアは心の余裕を産むんだぞ!」
完食しても、二人の歓談はしばらく続いた。お昼休みが終わるまで。
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