湯煙の秘め事 前編 【朝霧美晴・音羽雅】

「とうちゃーく! 一番乗りー!!」


 朝霧美晴26歳、迫真のゴールイン。

 横開きのドアを引けば、客と従業員のため過剰に焚かれた熱気が溢れ出よう。旅行客には何より有り難いサービスが着いた瞬間に最速で受けられる。


「元気っすね、彼女……うー、寒っ」

「はは、まあな。いつもあんな感じだけど、今日は一段と楽しそうだ」

「おかしいっすね……サイズ的には、同じくらいはずなんすけど」

「積もるって、どういう意味――」


 霧島涼介がふと隣、音羽雅に目をやると、厚手のコートに覆われてなお主張する丘陵に富士山のごとき積雪が。


「見なかったことにしてくれ」

「彼女さんには黙っといてあげるっすよ。ひとつ貸しで」

「セクハラするならもう少しわかりやすく頼む」

「ずっと雪が乗ってるせいで冷たくてしょうがないんすよ。ネタにしないとやってられねーっす」

「リョウくん雅ちゃん早く早くー!」


 払っても払っても、雪は積もるばかり。

 三人は足並み揃えて仲良く中に入った。




「おおー! テレビがある!!」

「そりゃあるって。和室か。こういうのも風情があっていいな。ここ、選んだの誰だ? 後でお礼言っとかないと」

「期限切れ間近のチケットをネットオークションで格安で落とした幹事に?」

「よし、出品者に星五つあげちゃおう!」

「そこまでいくと、もう赤の他人だな。ありがとな、音羽」

「うんうん! ほんと、ありがとうね!」


 二人分の謝辞を一身に受け止める音羽雅。


「どもども。タダで旅行出来て感謝までされるなんて、つくづく役得っすわ」


 分厚いコートを脱ぎながら、さらりと受け流した。 


「ああ、そのままでいい。ハンガーかけとく」

「なんすか急に。そんな細かいとこに気遣わなくても」

「体、冷えてるだろ。美晴も、荷物広げるのは俺がやっとくから、早いとこ湯舟に浸かってきな」

「リョウくんやっさしー! レディファーストってやつだね! それじゃあ遠慮なく! いこ、雅ちゃん!」


 ほんの3フレームほど、着替えを除く自分の荷物全てを男性である霧島涼介に預けることを、音羽雅は逡巡したが。


「そこまで言うなら、お言葉に甘えさせてもらうっす」


 霧島涼介なら大丈夫だろうと、あっさり結論付けた。



 そんなことよりも、自分が霧島涼介の彼女である朝霧美晴と二人きりになる、という事実に今更思い至り、音羽雅は頭を痛めた。




~~~~ここからは音声のみでお楽しみください~~~~


「わーい露天風呂ー! ひろーい! うわ、しかも誰もいない! 貸し切りだー!!」

「時間、だいぶ早いっすからねー。のんびり羽伸ばしましょ」

「飛び込んでも誰にも怒られないね! とうっ!!」

「ま、のんびりとは無縁っすよね……滑りやすいんで気を付けてくださいねー」

「雅ちゃんも入ろ! 掛け湯とかいいっていいって!」

「はーいただいまー。お、いい湯加減」

「はへぇ~」

「ふぅー……」

「温泉っていいねぇ」

「いいっすねー。…………それにしても」

「んむ?」

「改めて見ても、デカいっすね」

「雅ちゃんもね」

「あ、気付いてました?」

「身長もよく言われるから、どっちだろーとは思ってたかなー」

「ここまでだと、いろいろ大変っすよね。たまに女子でもわかってもらえないことあって」

「そうそう! いいことばっかりじゃないんだよーって言ってるのに、親の仇みたいな目で見られちゃうやつ!」

「父親が腹上死でもしたんすかね」

「あちゃー、遺伝しなかったか」

「朝霧さん……美晴さん? なんて呼べばいいっすかね」

「気軽にみっちゃんとお呼びなさい!」

「美晴さん、結構ノリいいっすよね」

「お呼びなさいって言ってるのにー」

「いやあ、流石にみっちゃんは馴れ馴れしすぎますって。先輩の彼女なんで、それなりの距離感保たないと」

「呼びやすいならそれでよし! じゃあ話を戻しまして……何の話だっけ? おっぱい?」

「無理に戻さなくてもいいんすよ?」

「そうそう、なんか、彼女にするならCかDくらいがちょうどいいとか言ってくる男の人っているよね! 直接じゃないけどこっちに聞こえる声で!」

「あー、たまーにありますね。なんだろう、セックスアピールに屈しない俺カッケー系? 多少なりとも意識してる時点でカッコよくはないっすよね。小さい方が好みな人がいるのは否定しませんけど、目の前で言わなくてもねぇ」

「うんうん! やー、こういう話ができるって新鮮だ! 楽しいねぇ」

「先輩はどんな感じっすか? やっぱデカい方が好きなのか、逆に全く意に止めないとか?」

「ねえねえ、雅ちゃん」

「ん?」

「雅ちゃん、もしかしなくても、リョウくんのこと好きだね?」

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