二人分の愛情【朝霧美晴・音羽雅】

 霧島涼介は目覚めてすぐに異変に気づいた。

 朝霧美晴には、毎朝必ず霧島涼介の寝顔を堪能しつつ待機して、起きるや否や熱烈アプローチを仕掛ける習性がある。だが、今日はそれがないどころか部屋に姿も見せていない。

 なにか悪いものでも食べたのだろうか。いや、食事は同じものを同じだけ食べているしなあ、と霧島涼介があくび混じりに寝ぼけた頭で考えていると、部屋の外から二人分の話声が聞こえてきた。


「先輩とあたしの手取りがそれぞれこれだけあるんで、ローン組めばもうちょい背伸びできると思うんすよ」

「ぽむぽむ。やっぱり広いお家がいいよね。んー、難しいなあ。他のことで贅沢したい気持ちもあるけど、一生の買い物だしね」


 リビングの机にノートパソコンを立ち上げ、朝霧美晴が真面目な話をしている。

 世にも奇妙な光景を目の当たりにして困惑する霧島涼介を四つの目が捉えた。


「リョウくんおっはよー!」


 ドドドドド、と短い助走でトップスピードに乗る朝霧美晴を腰を落として受け止める霧島涼介。音羽雅は長身二人の瞬時のやりとりを遠目に観察する。


「すごい迫力っすね。のこったのこった」

「のぉこったー!!」

「ぐえっ」


 がっぷり四つの体勢から強引に背後を取り、朝霧美晴は寝起きの霧島涼介にヘッドロックをかます。胸が当たって役得かと音羽雅は思ったが、霧島涼介の必死のタップで考えを改めた。これはマジのやつである、と。


「そこまで! WINNER美晴さん!」

「はっはっはー! 私に勝とうなんて百年早い!」


 えっへん、と豊満な胸を張る朝霧美晴。今日も朝から最高潮だ。


「はあっ、はあっ……おはよう、雅」

「おはようございます、先輩。朝からハードっすね」

「死ぬかと思った……頼むから、焚き付けないでくれ。乗っかるから」

「乗っかるよ! 賽の河原に隕石落とすよ!」

「悪ノリって次元じゃないっすね」


 毎日このノリに付き合っていた霧島涼介の身を案じる音羽雅。丈夫な人で本当によかった。筋肉と体力がないと夜が大変だしな、と勝手に納得した。


「それで、なにを話してたんだ?」

「引っ越しの相談だよ!」


 付き合い始めて数年のカップルは何事もなかったかのように本題に戻る。続いているだけはある。


「ほら、このアパートじゃ、さすがに3人で住むには狭いじゃないっすか。だから大きい家が欲しいなって」

「みてみて、こことかすっごいたくさんお部屋あるの! 2階建てなの!」


 画面を指刺しきゃっきゃとはしゃぐ朝霧美晴。霧島涼介はあまりピンと来ていない様子だ。


「大きい家なあ」

「気乗りしないっすか? あたしも出せるっすよ、貯金は結構あるんで。代わりに先輩に出すもの出してもらえれば」

「いや……いくつ部屋があっても、結局みんな同じ部屋にいそうだなと思って」


 その一言で、女性陣が固まった。


「確かに」

「言われてみれば、そうかもっすね」


 日中は仕事で二人は外出。休日も基本的には三人で行動することになるだろう。寝室が別などもってのほか。考えてみると、意外に用途が思いつかない。


「美晴さん、もう少しグレード落としましょ。お金の使い道は他にもいろいろあるっすから」


 納得して話を進める音羽雅。お茶汲み要因が実は出来る新入りであると、会社の人間は知らない。霧島涼介を除き。


「大きいお家……ううん、使わないともったいないもんね。掃除とか大変そうだし、うん」


 対照的に、珍しく肩を落とす朝霧美晴。トップギアが多少失速したことで逆に常人と並ぶ程度に落ち着いた。

 しかし、それは霧島涼介が望む姿ではない。ハードなスキンシップで日に一回死にそうな思いをするくらいがちょうどいいのだ。


「まあでも、子供ができれば子供部屋が必要になる。そういうとこにあらかじめ住んどくのもいいかもな」


 フォローに入る霧島涼介。

 効果は覿面だった。飢えた肉食獣の目がぎらりと獲物を狙う。


「リョウくん朝から大胆ー!」

「人は死の間際になると、子孫を残そうとする本能が働くとかなんとか」

「ほうほう。つまり今が旬だと」

「ちょうどお休みですし……ね?」


 少しばかり覿面すぎたかもしれない。殺気にも似た熱情を感じ取り、霧島涼介は一歩退いた。


「さあ、観念するっすよ先輩」

「焚き付けるなって言ったろ!」

「いいじゃないっすか、あたしも楽しみたいし」

「子供! お家! 既成事実ー!!」


 いつも以上の調子を取り戻した朝霧美晴に、霧島涼介はこってり絞られることになるのだった。

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