第12話

 その日は、俺と美雨の交際記念日だった。

 人生初めての恋人が出来た日。生きていて一番幸せだと思えた日。

 美雨から話があるから、一緒に帰って欲しいと言われた時、俺は即座に頷いた。

 そして、また二人で並んで歩いた。見慣れない街並みを見ながら、こうして並んで歩くのは……今日が最後だなと悟った。

 まぎれもない予感だった。

 信じたくない予感だったけれど、俺は半分仕方がないと思っていた。

 下唇を噛み締めながら俺は、美雨の横顔を見た。でも感情が読み取れなかった。

 悲しいでも、怒ってるでもない。

 それら全ての感情が通り過ぎた後の空虚な表情だった。

 俺が見つめている事に気づいたのか、美雨がこっちを見てきた。

 目が合ったから、何か言わなくっちゃいけない衝動に駆られた。

 でも、何も言えなかった。何をいまさら、言えばいいんだろう?

 俺は別れたくない! まだ美雨と一緒にいたい!

 そうやって懇願する? そうして……美雨を俺の元に縛り付ける?

 それは、あまりにも自分勝手すぎる。


「遼君」


 呼ぶ声に顔を上げると、いつの間にか美雨は俺の数歩先を歩いていた。

 考え事に専念しすぎて、揃っていた歩幅がズレたらしい。

 これ以上いくら考えても納得できる答えは出ないだろう。

 もう、あれこれ考える段階は過ぎてしまったんだから。

 美雨は話があると言った。俺に言いたいことがあるんだ。

 わざわざ二人になってから、話したい内容だからこそ俺を下校に誘った。

 もうすぐで駅が見えてきてしまう。

 美雨は言い出せずに苦しんでいる。

 いや……美雨の話の内容を察している俺が、話を聞くのを拒絶するような空気を醸し出しているから、話しかけられないんだ。

 もうこれ以上間違えないぞ、と固く心に誓ってから、言葉を紡ぐ。

 彼女の緊張が解けるよう優しい口調を心掛けて。


「美雨、俺に何か話があるんだよな?」


 俺の言葉に美雨は一瞬、安堵するような表情を浮かべた。

 でも、それはほんの一瞬。

 雪が水溜りに落ちて消えるのと同じくらいの速さで、美雨は無表情に戻った。

 そしてすうっと一息吸い込むと、心に決めた言葉を発した。



「別れて、遼君」

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