Happier ーあなたの幸せを願うー

月光 美沙

第1話


「別れて、りょう君」


 そう正面に立つ彼女は、口から言葉を吐き出した。

 俺は、ぐっと息を詰まらせながら口を開く。


「……わかった。別れよう、美雨みう


 了承すると、悲しそうな姿も見せず俺に背を向け去って行った。

 俺はその華奢な背を目に焼き付けるように数秒そこに佇んでから、背を向けた。

 心臓が握りつぶされそうだ。

 苦しい! 苦しい! と心が叫んでいるのが聞こえる。

 一生に一度の恋だった。

 他の誰にも、もうこんな恋はできないだろうと確信するくらいに。

 意図しない熱さが頰を伝う。男なのに。

 でも、この痛さは表現できないくらいに俺の心をえぐっている。

 下唇を噛み締めて激情をこらえる。しかし、こらえきれず息を吐き出した。


「……っ」


 もう噛み締めるだけじゃこらえきれなくて、思わず走り出す。

 大きな部活用のカバンが、ばこばこと太ももに当たっては飛ぶ。息が切れる。

 自分の部屋に駆け込むと、下の階から母さんの心配そうな声がする。


「遼? どうしたの? そんなに慌てて」


「っ、なんでもないんだ! 気にしないで」


「あら、そう?」



 なるべく平気そうな声で返事をすると、母さんは訝しく思いながらも引いてくれた。床に乱暴に荷物を置くと、何も置いていない部屋の隅にうずくまった。

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