第10話

 それにしても二人並んで歩いたのは、どれくらいぶりだろうか?

 ほとんど俺の家でデートだったから。

 二人で色んなゲームして、映画やアニメ見て、たくさん話して……。

 とっても幸せだった日々が脳裏を巡る。

 でも、今は? 幸せな記憶だけで誤魔化せる期間は、とっくに通り過ぎてる。

せっかく一緒にいるのに会話が弾まなかった。 

 会わなかったのだから、近況報告とか色々訊くことがあったはず。

 でも、俺も美雨も自分から話し出そうとしなかった。

 どっちかが会話を振ってきたら応えようと身構えていた。

 二人っきりの時、沈黙ほど苦痛なものはない。

 話していないと不安になる。でも、俺は口を開けなかった。

 美雨との関係が良くないことを気づいてしまった今。

 これ以上、亀裂を広げないようにしたかった。

 何もしなければ、何も起こらないはずだ。回復しないけれど、悪化もしないはず。

 だから美雨の横顔を、祈る気持ちで見た。どうか美雨から話しかけて欲しい。

 どんな話でもいい。あの先輩と水族館行った話でもいいから、何か。

 でも、美雨の顔をみて俺はショックを受けた。

 胸が掻きむしられるほど暗い表情をしている。

 一緒にいるのに。並んで歩いているのに。

 幸せそうには見えない。

 いつからだろう? いつから、こうなってしまったんだろう?

 今日? 一週間前? 一ヵ月前? もっと前から?

 どうしてなのかわからない。いくら考えても、俺にはわからなかった。


 このままだと美雨は、俺と別れたいと思うかも……いや、もう思っているかもしれない。


 別れを意識して、心臓に爪を立てられたかのような痛みが走った。

 頭が真っ白になる。

 嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ! 美雨と別れるなんて絶対に嫌だ!

 彼女といることが俺の全て!

 彼女と付き合っているから、日々幸せなんだ!

 それを終わりにするってことは……独りになるということ。

 独りになるってことは、付き合う前に戻るんじゃない。

 幸せじゃなくなることと同等だ!

 俺は美雨の横顔を見た。すると、美雨も俺の方を向いた。


「あっ」


 美雨がバツ悪そうに眼をそらした。


「ごめん……」

「いや、彼氏彼女なんだから、目が合ったくらいで謝らなくても」

「遼君」


 美雨の声の変化にハッとした。


「……ごめんね」

「えっ?」

「あの、お店でさ……遼君の席の後ろに和田さ……えっと。

 この前、辞めた先輩が来ていたでしょう?」

「あぁ、うん。話してるの聞こえた」

「それで遼君、怒ったのかなと思って……」

「別に怒らないよ。

 だって美雨、嬉しそうだったから」

「……その、先輩がいるとは思わなくって、私」

「いや、そうじゃなくって。美雨が嬉しそうで、良かったって思ったってだけで。

 美雨を責めたりしたいわけじゃない」

「本当に、私」

「だから違うって。どうして言葉通りに素直に聞かないの?

 別に、美雨があの先輩と水族館行ったこととか、俺は怒らないから!

 美雨は先約を優先させただけだろ? 何も悪い事してないだろ?

 なら、それでいいじゃん!

 悪くないんだから、いちいち謝らなくても大丈夫だよ。

 それじゃまるで俺が美雨をイジメてるみたいじゃ…………」


 美雨が泣き出したのを見て、ようやく口が過ぎたことを知る。

 間違いを犯さないと気づけない己の鈍感さを呪う。

 どうしてこうなってしまうんだろう?

 どうして変わってしまったんだろう?

 もう俺には美雨を笑顔にしたり、楽しませたりすることが出来ないのだろうか?

 俺は、自分がこれ以上失敗したくないから、再び固く閉口した。

 何も言わなければ、これ以上美雨を傷つけることはないはずだ。

 たとえ、関係が改善されなくても……これ以上美雨が俺の言葉で傷つくことが無い事が一番なんだ。

 この時、既に俺の心は、いつか訪れる別れを受け入れる覚悟をしていたと思う。

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