第9話
美雨との久しぶりのデートは……珍しいことに外で会う事になった。
俺が会おうと提案した日に、美雨は午前だけバイトのシフトが入っていた。
でも午後は予定はないというので、バイト先であるファミレスまで足を運んだ。
バイトが終わったら、すぐにデートできるようにするためだ。
ウエイトレスの制服を着た美雨は、いつもよりキビキビと動き回っていた。
入店した俺に気づくと、ハッとした様子で一瞬だけ視線を合わせて、すぐに仕事に没頭してしまった。
久し振りに対面出来たというのに、喜んでいるようには見えなかった。
いや、仕事中だから……デートになれば待ち望んだ笑顔が見れるはず。
そう自分を励ましつつ、メニューを開いた。
ランチセットじゃ足りないので、定番メニューからハンバーグ・ライスセットを頼もうと呼び鈴へ手を伸ばした。
すると後ろの席からか、男性の良く通る声が聞こえた。
「やあ、
「和田さん!? あっ、えっと……どうも、お久しぶりです」
「ビックリしてる。はははは!」
「いつからいたんですか?」
「15分前から。今日も混んでるね」
ぞわぞわと、何かが這い上がってくるような気持の悪さを覚えた。
俺は呼び鈴を押した。
高らかにチャイムが鳴ったが、背後の声はよく聞こえた。
「忙しいのにごめんね、呼び止めて。これ、皆に渡してね。差し入れ」
「えーっ!? いつもすみません!」
「あ! あとね、これは梅宮ちゃんに。水族館の写真」
「ありがとうございます!」
厨房へ戻っていく美雨は、後ろ姿でも上機嫌であることはわかった。
その後――――やってきたハンバーグ・ライスセットは全然、味がしなかった。
……昼食を終えてから、すぐに店を出て向かいにあるゲーセンで時間を潰した。
美雨が、おそらく辞めた先輩と楽しそうにしている事を考えないようにした。
美雨が、俺と会えなかった日に行った水族館の事を考えないようにした。
俺との約束よりも、先輩との約束を優先させた事。
美雨が……しばらく顔を合わせないうちに、変わってしまった事。
長い間、会わなかったことで変わらないと思っていた気持ちが、変わってしまったかもしれない。そうやって一度でも、考えてしまえば不安に侵食されてしまう。
もう、美雨は俺の事は好きじゃない? 嫌いになった?
どうして嫌われてしまったんだろう?
俺は……美雨を傷つけることなんてしていないはず。
大好きだって、毎日だって会いたいって、伝えていたのに。
会えなくても文句一つ言わずに、笑顔で送り出していたんだ。
誕生日には、欲しがっていたアクセサリーを覚えていて、プレゼントした。
自惚れかもしれないけれど、俺以上に美雨を愛せる男なんかいやしない。
ただ彼女と一緒にいること、それだけでも一番の幸せを感じられる。
そんな俺以上に美雨のことを好きになる男なんか、いやしない。絶対いるもんか。
美雨は、メールを見てゲーセンまでやってきた。
お気に入りの上着を着て、きょろきょろと俺を探している。
俺の姿を見ると少しだけ安堵して、すぐに表情が固くなった。
俺は、笑顔を浮かべようとして、出来ずに俯いた。
頭の中で、ファミレスで聞いてしまった二人の会話が渦巻いて……。
「待たせてゴメンね、遼君」
美雨の言葉に胸が苦しくなった。
自分への言葉が、こんなに嬉しいものだったなんて。
「大丈夫」
「……まだ遊ぶ?」
「いいや。どっか行こう」
「うん」
俺達はゲーセンを出て、通りを歩いた。
分厚い雲が、まだらに空にあって……輝く太陽も、美しい青も見えなくしていた。
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