第4話

 初デートは、忘れもしない。全国的に有名なデートスポットの遊園地だった。

 恋愛小説や漫画のようなデートを、俺も美雨も想像していた。

 だから遊園地を目の前にして、二人してニヤニヤしていた。


「やっぱり一番最初は絶叫マシンからかな?」

「それでお化け屋敷とかも行くんでしょ?」

「そうそう。それで、俺にキャーって言って抱きつくっていう」

「やっぱり怖がった方が可愛い?

 私、絶叫マシンもお化け屋敷も大丈夫なんだけど」

「本当に大丈夫かな~?」

「本当だもん!」

「じゃあ怖くなくても、一回は俺に抱きつくこと!」

「何でぇ?(笑)」

「俺が怖いから」


 二人そろって笑う。

 今日、美雨の姿を見てからというものの胸が高鳴りっぱなしだった。

 薄水色のフリルブラウス、濃い青のフレアスカート……全身を青系の色で統一したコーディネートは、まるで水の精霊みたいに儚く、とても可愛らしかった。

 そして自分に会うために、オシャレしている事が誇らしかった。

 事前に購入していたチケットを使って、友人達と遊び倒した遊園地に、初めて彼女と入場する。それが嬉しくて、恥ずかしくて、何もしていないのに顔が熱かった。

 休日だったから、やっぱり人が多かった。

 俺達と同じようなカップルはもちろん、子連れの家族や大学生グループ。

 予想以上の雑踏に、俺は軽くめまいを覚えた。人混みは苦手なのだ。


「ほら、早く行かないと!

 人気のアトラクションは一時間待ちなんかザラなんだから!」


 美雨も熱気に当てられて興奮しているのか、ハイテンションで俺の袖を引いた。

 彼女も見えているだろうけれど、他のカップルは手を繋いだり、腕を組んでいたりしていた。どっちもしてみたいけれど……まだ来たばかりだし。

 一番初めのアトラクションは、やっぱり絶叫マシン。

 この遊園地一怖いといわれている、ほぼ垂直落下が目玉のジェットコースター。

 俺は、一度だけコレに乗ったことがある。絶叫マシンが苦手な駆と共に。

 その時の事を思い出して、思わず吹き出してしまった。


「うん? 何?」


 いち早く気づいた美雨が小首を傾げて問いかけてきた。


「あ。えっと……前、友人と乗った時の事を思い出して。駆っていう、俺の中学時代からの親友がいるんだけれど、そいつがさ絶叫系が大の苦手なんだよね。でも俺が捕まえて、一緒に乗らせたんだけれど……あんまりにもヤダヤダって騒ぐから(笑)」

「……そうなんだ」

「もう発車したあとも、ぎゃーぎゃーぎゃーぎゃー……怪獣と化してたね、あれは」

「でも、それだけ怖かったんだから仕方ないじゃない? 可哀想」


 美雨の表情を見て、何か誤解しているようだったので説明を補足する。


「だって早食い競争に負けたから、その罰ゲームってことで。駆も了承したし」


 言い訳っぽくなってしまった。

 美雨はフゥンと答えて、携帯を開いた。

 待ち受け画面が、愛らしい子猫だったので俺は慌てて言葉を掛けた。


「猫好きなの?」


 美雨はハッと顔を上げて、携帯を隠した。


「えっ? 何?」

「い、いや。何でもない」


 これ以上は、何か取り返しのつかない事態になりそうだったので閉口する。

 支離滅裂で過激な話をして爆笑できる、男子のノリが気楽だったことに気づいた。

 女子は言葉を選んで、話題を選んで、話さなくっちゃならないからしんどい。

 まず下ネタは言えないし。


「――――ねえ、聞いてる?」

「え? な、なに?」


 美雨が横目で見てきた。怒っているのかと思ったら。


「斎藤君の家は、ペット飼ってるの?」


 ただの質問だった。ホッとして答える。


「いや。弟が動物アレルギーだから、ペットは飼えないんだ」

「あ。弟さんがいるんだね? いくつ?」

「十二歳。小6」

「私には、七つ年上のお兄ちゃんがいるの。

 お兄ちゃんは今年で二十四歳で、大学二年生。高卒で、ずっとフリーターやってたのに、いきなり大学に行きたいって言い出して」


 家族について話す美雨は、至って普通に見えた。

 機嫌が悪くならなくてよかった。

 まだアトラクションだって乗っていないんだから、不機嫌になられたら困る。

 ジェットコースターに乗るまでの待ち時間は、約二時間。

 その間、俺は美雨の話を聞くことに専念して平穏を保とうと努力した。努力の甲斐あって、ジェットコースターに乗る時は二人の親密は確実に増していた。

 お互いに緊張もとれて、それ以降は心から楽しめた。

 お化け屋敷、平気だって言っていたのに美雨は結局怖がって、本当にしがみついてきて驚いた。カップ型のアトラクションは、回し過ぎて二人とも気分が悪くなった。

 パレードは遠目からしか見れなかったけれど、美雨は喜んでいた。

 美雨が友達のおみやげを選ぶのに時間が掛かって、その待ち時間が耐え切れず、二人分のアイスを買いに行ったらはぐれてしまった。

 携帯で連絡を取り合って、なんとか再会したら美雨に怒られた。

 でも俺が彼女の分もアイスを買ったように、美雨もお揃いのブレスレットを買ってくれた。それぞれ相手に渡して、仲直りをした。

 最後は観覧車。二人っきりになれたからキスが出来るかなと思っていたけれど、近づこうと立ち上がったらゴンドラが揺れて美雨が怖がったので出来なかった。

 観覧車から遊園地の出入り口まで、気づいたら自然と手を繋いでいた。


 付き合ったばかりの頃は、お互いに好きの気持ちは釣り合っていたはず。

 相手の事を知れば知るほど好きだと思うようになった。

 会って、同じ時間・同じ記憶を共有すればするほど、離れがたくなっていると。

 美雨も俺と同じように感じてると、思っていた。信じていた。

 なのに、どうしてこうなってしまったんだろう?

 いつから美雨は変わってしまったんだろう?

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