第8話

「もしもし、美雨? さっき電話くれた?」

「あ、うん。ごめんね、今大丈夫?」

「大丈夫、大丈夫。何? 何かあった?」

「あのね……明日、行けなくなったの」

「え!?」


 美雨からの電話に、ニコニコしてながら応対していた俺は思わず大声を上げた。


「ど、どうして?」

「……あのね。バイトでね、お世話になった先輩がね、辞めちゃうの。

 その人の送別会が、明日になったから……ごめんね」

「送別会……」

「本当にごめんね。ごめんね、遼君」

「いやいやいや! あの、送別会いってらっしゃい!」

「ありがとっ! それじゃあね!」


 美雨には訊きたいことがあった。

 その辞める先輩って……よく美雨が話していた和田わだ 明良あきらっていう、男の先輩じゃないか? 美雨のお兄さんの同級生で、家族ぐるみで付き合っているっていう。

 でも、それを訊くのは野暮だし……。

 束縛だって思われて嫌われたら困るし……。

 ちょっとデートが延期になっただけで、ウダウダ言うのも女々しいから。

 前は、バイトで美雨にかなり寂しい思いをさせたからなあ。

 今度は俺の番だな。そう思って笑顔で送り出そうと努めた。

 これ以降……美雨の個人的な予定が、ちょくちょく増えた。

 家族と出掛ける、友達とショッピング、バイト先のお付き合い……。

 デートに誘っても先約があって、先延ばしになることが増えた。

 仕方ない。自分一人が独占するわけにはいかない。


 でも、俺は美雨と一緒にいること……それが一番の幸せたから。

 一緒じゃない時は、本当の幸せは感じられないから。



 無味乾燥な暗色の日々に、うんざりし始めた頃――――。

 同級生の男友達とカラオケに行くことになった。


「あれえ? 彼女とデートじゃなかった?」

「ドタキャンになった」

「どんまい! 最近カケルウイルスが流行ってるらしいナァ!」

「は? カケルウイルスって何?」

「相沢 駆が持っているウイルス。

 それに感染した奴はぁ、よく遅刻したり、ドタキャンしたりする」


 本人がいないことを良い事に好き勝手に話して、爆笑する彼に俺は肩をすくめた。


「それはナイナイ。たまたま予定が合わないだけだって」

「そもそも会えない彼女って意味あんの?」

「仕方ないだろ」


 意地悪い笑顔を浮かべる友人から、目を逸らす。

 いきなりデートがなくなって……イライラしていたのを、何とが遊ぶことで誤魔化そうとしたのに……また思い出してしまった。

 美雨と、しばらく会えていないことを。

 俺がこらえきれず溜息を吐くと友人は嬉しそうに、ますますからんできた。


「大丈夫か、おぉい! 彼女は大丈夫かー!?」

「大丈夫か、って何だよ」

「浮気とかしてんじゃないの?」

「してねえよ! ふざけんっ……」

「確かめたの?」

「た、確かめなくても、わかるよ。美雨が浮気なんかするはずない」

「最近会えてないんだよな? 今日だってデート断られたんだろ?」

「今日、み……彼女は家族とお出かけの日なんだ。

 前から行こう行こうって言っていたけれど、なかなか都合がつかなかったんだ。

 それが、お父さんもお兄さんも前日になって休みがとれて……」

「ありえねー。彼氏を差し置いて家族と出かけるカァ?」

「だから前から行きたがってて」

「彼氏より家族優先って……」

「別にいいだろ!」

「本当に家族と出かけてるのか?」

「お前もしつこい奴だな。当たり前だろ! 美雨は、俺に嘘を吐いたりしない!」

「ふぅーん。そこまで信じているなんて……彼氏の鑑ですネェ~」


 信じざるおえない。疑えば、どつぼにはまってしまうから。

 大好きな彼女を疑いたくない。

 でも、信じ続けるということは……とても忍耐力がいた。

 自分の中で、美雨への疑心が膨れ上がるのは時間の問題だと感じていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る