サイレント・イヴ
「で、いつまで続くんだろうな? あのふたり」
僕とくまさんはカウンターのこっち側で世間話をしながら飲んでいる。
桐生さんと「友人の男性」はあっち側の端にならんで座っている。
漏れ聞こえてくる声の大半は男性の愚痴だったけれど、仕事の話は全然しなくてもっぱら共通の友人が結婚したとか子どもが生まれたとか、それに引きかえ俺は未だに彼女もいなくて……という話。
桐生さんはたまにかなり雑なあいづちを打つくらいで、基本的に勝手に自分のペースで焼酎のお湯割りを飲んでいる。
「こんな過飽和溶液みたいな関係のことならそう長くはないでしょうね。
こうやって毎年この店に来るってことなら末永く、じゃないですか?」
「なんだい? そのカホウワナントカってのは」
「僕も高校時代に化学の授業で先生が脱線して話してたのをうろ覚え程度なんですけどね。
たとえば塩を水に溶かしたとして、もうこれ以上溶けないって量の限界があるじゃないですか。
でもね、塩水でもできたか知りませんけど、上手いことやるとその限界以上に固体を溶かした溶液を作ることができるそうなんです。ところがそれは本来とても不安定な状態だから、瓶を揺らすとか核になる一粒を落としてやるとか、ちょっとした刺激でワッと一気に液体の中で結晶化するんだそうです。
今のあのふたりはそんなふうに見えるってことですよ」
「つまりあれかい? 兄ちゃんから見ると、なんかきっかけがあればあっという間にくっついちゃいそうに見える、と」
「そういうことですね」
「ふーん、たしかに言われてみるとなぁ」
「男女で友だちっていうのはなかなか面倒なものですよ」
「なんか実感こもってるねぇ」
「ま、僕も年相応に痛い目にあったり、あわせてしまったりしたのでね……。
あんな人たちを見ると応援したくなったりするんです」
遠距離で別れざるをえなかった学生時代の彼女のことを思い出して。
ここで何かしたからといって、罪滅ぼしになるわけではないけれど。
「横取りしたくなったり、じゃなくってかい?」
「そこまで野暮でもないつもりですよ」
こちらの会話が聞こえたのか、桐生さんがこっちを向いた。
目が合って、呼ばれた気がした。
「ちょっとその『ちょっとした刺激』の役を
立ち上がる僕に店主がそっと目礼する。
「あんたも酔狂だねぇ」
後ろからかけられたくまさんの声に、僕は片手を上げて挨拶した。
fin
恋愛事情 @kuronekoya
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