Friends
そろそろ早いところでは忘年会が始まる季節。
その日、焼き鳥屋はちょっと混んでいて、僕は桐生さんの「験直し席」であるカウンターの端に座っていた。
やがて小上がりのグループ客が帰り、店のざわつきも落ち着いた頃、桐生さんがやってきて、「験直し席」に座っていた僕と目があった。
「席、替りましょうか?」
僕の申し出に、「いえ、そのままで」と言って彼女は僕の隣に腰掛けた。
「あなたでしょう? くまさんが言ってた『口の固そうなお兄さん』って」
「そんなふうに言われてたんですか? 僕」
苦笑気味に誰にともなく言うと、カウンターの中の店主も苦笑気味に頷いた。
「口が固い訳じゃなくて、単に口数が少ないだけなんですけどね」
「別にそれでも構わないけど。どっちみち一度はここで話してることだし。わたしは今から愚痴をこぼすから、気にせず隣りにいてくれれば助かるかな」
「それで気が済むのなら、ラストオーダーの時間くらいまではお供しましょう」
「ありがとう」
そう言って彼女が芋焼酎のお湯割りを掲げたので、僕も飲みかけのホッピーを持ち上げて、軽くカチンとジョッキを当てた。
――大学のゼミの連中、みんな仲よかったのよ、男女関係なく……
――アイツはクソ真面目でちょっと視野が狭いところがあって、でも根は善人で、大勢の中のひとりって感じだったんだよね。
そこで桐生さんはお通しの筑前煮みたいなのをつまんで、焼酎をひとくち飲む。
僕もちょっと冷めたねぎまを頬張り、ホッピーの中のおかわりをする。
――アイツは公務員試験に受かって県庁職員になったの。わたしは内定していた会社が正月明けに倒産してね、契約社員ってことでカクヨム堂で働くことになったんだけど、このへんはくまさんに聞いてる?
「いえ、カクヨム堂で働いていらっしゃるってことしか」
――意外とくまさんも口が固かったのね、ふふふ。
焼酎を受け取る僕と店主の目線が交わる。
それを見て桐生さんは察したようだ。
――親方が釘を差してくれたのね。
あ、もつ煮と串焼き適当に5本お願い。
――それでね、就職して1年目のクリスマス、25日にね、ゼミのみんなで集まったのよ。
二次会、こっちが地元の人とか泊まるあてのある人で、ここの小上がりで飲んだのよね。
もつ煮を受け取って桐生さんは焼酎をもうひとくち、口にして。
その横顔、喉の動きに僕は少しドキリとした。
――来年も、また集まろうね! って話したのに、次の年はもうみんな忙しくって、結局地元で就職したアイツとわたししかその日に都合つけられなくて……
結局ふたりで飲んだわけ、このカウンターで、クリスマスの25日に!
もつ煮を頬張り、グビリと音を立てて焼酎を飲む。
僕も同じようにホッピーを飲んで、空いた串焼きの皿を店主に渡して、おまかせでもう5本追加を頼む。
――でね、愚痴られたのよ、春先にさっそく彼女ができたのにお盆前に振られたって。
いい人止まりなのよ、アイツは、結局……いつも。
隙だらけで「いい人オーラ」ダダ漏らしの公務員じゃん? 臨時職員の女の子たちから見たらいい獲物よね。
でも、1,2ヶ月付き合ってみれば、「真面目だけどつまらない人」に見えちゃうんだよね、ガツガツした女の子からすると。
――見る目ないよね、まったく……
焼酎を飲み干し、慣れた手つきでボトルキープした焼酎で自分でお湯割りのおかわりを作る。
いや、でもそれちょっと濃くないですか?
――「何がいけなかったんだろう?」なんて真顔で訊かれてもさ、「アンタに人を見る目がなかっただけ」って言うしかないじゃない? そんな女にホイホイひっかかるなんてさ。
「桐生さんのことを口説いたりしたことはなかったんですか? 彼」
――アイツ、変なところで生真面目だからさ、わたしのことは「友だち枠」なわけよ。わたしと付き合ったりしたら、学生時代の友だちたちと気まずくなりそうって思ってるみたいで。
「たしかに『人を見る目がない』ですねぇ」
僕は肩をすくめて、ジョッキに手を伸ばす。
彼女が素焼きのコップを掲げるので、またカチンとそのコップにジョッキを当てた。
――カンパーイ!
でさあ、もう次の年からは25日には毎年よ、会うようになったの。
親方には悪いけど、クリスマスイブにこんな店に来る客って、基本的にひとりものでしょ? あなたとか、くまさんみたいな。
「クリスマスイブにはチキン食べなきゃ」って焼き鳥屋で会うのってどうなのよ? そもそも本来はチキンじゃなくてターキーでしょうが!?
思わず吹き出しそうになったのをガマンしたら、むせそうになった。
――ちょっと、気をつけなさいよ。ワイシャツ、染みになるよ。アイツじゃないんだからさぁ。
アイツも、よくワイシャツ汚すんだよね……。焼き鳥のタレとか、話を始めると夢中になっちゃって、すぐまわりが見えなくなっちゃうの。
――なんか、春先は髪に寝癖がついてるのが可愛いなんて言われるのに、秋になる頃には「だらしない」とか、身なりに無頓着みたいなマイナスの評価になっちゃうんだよね、毎年。
いいかげん、学習しろよ! って毎年言ってるんだけど、学習しなくてね……、おんなじような女に告られて、付き合って、振られる……の繰り返し。
言葉を切った桐生さんは、遠くを見るような目をしてコップをくるくるともて遊んで。
――去年はさ、「ついにクリスマスまで続いたよ! ごめんね」なんてウキウキした声で電話かけてきてさ、まあ結局そのすぐ後、大晦日に振られたんだけど。
「ああ、それで去年は……」
――うん、「これで私も吹っ切れる」って思ったんだけどね……
ちょうどそこで焼き鳥の皿が差し出された。
僕たちはしばし無言で焼き鳥を頬張って。
――わたしだって何もしてこなかったわけじゃないんだよ。
旅行のお土産渡すとか、ちょっと相談が、とか言っては呼び出すんだよ、この店だけじゃなくコジャレたビストロとか。
あ、ごめんね、親方!
店主は慈しむような目で小さく首を振る。
――なのに、アイツは全然「友だち」の一線は越えようとしなくてね。
ふぅ、とひとつため息をついてお湯割りのコップに口をつける。
――7年前にね、腰、痛めちゃったのよ。ダンボール箱持ち上げた時に。本当だったら次の春から正社員にならないかって言われてたのに。
もう会社辞めるしかないかなって思ったんだけど、事務の仕事に回してもらってね、クビは繋がったんだけど、もうお先真っ暗ってヤツでね。
――会うのを24日にしたり、けっこう気合い入れて化粧したり……。うん、アイツの口から「だったら結婚するか」って言わせたかったんだよね。
でも、アイツは友だちスマイルで「仕事続けられてよかったな」って……
もうぬるくなっただろうお湯割りを一気に飲み干して。
――わたし、バカみたいじゃない?
それからなんかムキになってね。
アイツの口から「好き」って言わせたくて。
――それも去年でお終いって、思ったんだけどなぁ……
今年のイブもアイツと会う約束したのよ、さっき。
あ、親方! そろそろお勘定お願い。
僕もジョッキを飲み干した。
――ゼミのみんなだって私たちのこと付き合ってると思ってるのに、実際は毎年こうよ……
僕はどう言ったらいいかわからなかったから、肩をすくめるだけにした。
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