最終話 二年後
「お前も馬鹿だなー。そんなもん意味ないだろ。それより周りに心配かけんな」
塚本が俺の背中をコンガのように叩く。叩くったら叩く。すごく痛い。だが塚本もいくらかは本当に怒っているのだろうから甘んじてそれを受ける。でも痛い。
「いきなり自分探しの旅を二年とか、高崎君もよくやるよねー。驚いたよ、うん。でも私じゃなくてもいいから、誰かにちょっと相談とかしてほしかったなー」
「や、もう、ホントなんかごめんなさい」
さらには久木さんにもさりげなく怒られて、もう平謝りするしかない俺である。
――あれから約二年。
触手のお勤めを終え、無事人間に復帰した俺は仲の良かった人達と久しぶりに飲み交わしていた。二年いなかったのは、就職活動が上手くいかないから自分探しの旅に出ました、ということになっている。
「ほら、佐藤もこの大馬鹿野郎に一言」
塚本に応じて、佐藤は飲みかけのビールをぐいと煽り言う。
「馬鹿じゃないですか。馬鹿ですね。馬鹿なんですね。しかも結局まだ就職先も決まってないとか、もうほんと馬鹿。もっと自分の人生を優先的に考えて下さい」
佐藤も容赦無く俺を責めたてる。
「あれですよね、今日は高崎さんのおごりでいいんですよね?」
「何それ初耳!?」
「当然だろ」と頷く塚本。
「やったね」と無邪気に喜ぶ久木さん。
「え、孤立無援の状況なわけですか!?」
「何を言う。いるだけでありがたいと思え」
「……仰る通りでございます」
若干乱暴な塚本、柔和な久木さん、そして相変わらずうるさい佐藤。
俺はとても楽しかった。嬉しかった。
宴もたけなわということで、俺はぐでんぐでんに酔っぱらった佐藤を引きずっていた。塚本に押しつけようとしたら、久木さんの送迎を理由に拒否されたのだ。畜生。
「高崎さん高崎さん高崎さんの馬鹿……」
「はいはい、どうせ俺は馬鹿ですよー」
佐藤の悪態は囁き声で、ともすれば聞き逃してしまいそうだ。いや待て。聞き逃させよ、俺。
「高崎すわぁ~~~~んっ!」
「うわっ、この酔っぱらいめ! 抱きつくな歩きにくい!」
べったりと俺に寄りかかる佐藤をどうにかして支える。重たい、というのは可哀そうなので言わないでおく。というかそもそも体重に関係なく、ぐでっと人に寄りかかられると重い。でもまあきっと普通の体重だろうな、うん。
「高崎さ~~~ん」
「はいはい、なんですか姫」
「妹、元気になりましたー。起きましたぁ。回復しましたー」
「……へえ、良かったね。おめでとう」
「ありがとうございますー」
赤ら顔で佐藤は満面の笑みを浮かべる。良かった。俺の顔にも微笑みが浮かぶ。
「だからですねー、今度高崎さんも会ってやって下さい。美希も会いたがってますー」
「別にいいけど、どうして佐藤妹が? 俺のこと何か話した? どうせロクなこと話してないだろ」
「ぶっぶー」
佐藤はとても楽しそうに不正解を告げる。
「違いますー。逆ですー」
「逆?」
「そうですー、最初に話してくれたのは妹ですよー」
「いや、会ったことないだろ」
「ぶっぶー。ありますー」
「嘘つけ酔っぱらい」
「嘘じゃないですホントですぅ。トイレで色々話したって言ってました聞きましたー」
「え?」
それって、え?
「だけどそのせいで高崎さん、二年も棒にふって、結局就職も決まらないし、それでも、もう、ホント――」
「え、まさか、あの触手って……」
「ハイ、みたいです。世界って狭いですねっ」
にこやかに肯定される。
じゃあ、じゃあ……!
「妹を助けてくれて本当にありがとうございまふ、高崎さん!」
あ、噛んだ。いや、そこじゃない!
あの触手は佐藤の妹だったのか!
驚く俺に対し、たたみかけるように佐藤は言う。
「だから必ず妹に会って下さいね。でも美希を好きになっちゃ駄目ですよ」
「どうして――って、おっと」
余程酔っているのか、佐藤の足取りはおぼつかない。再び寄りかかられ、まるで抱きあうような格好になる。
「だって――」
そのまま耳元で囁かれる。
「私のほうが高崎さんを好きになるの早かったのに、ずるいじゃないですか」
触手になろう! ささやか @sasayaka
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます