深い深い愛に満ちた、どこまでも美しく哀しい物語。

とある時代の、東京国。
人間の血を吸うことで命を養う吸血族が強い支配力を持つ場所。そんな土地に、表向きは孤児院でありながら、その実態は吸血族の食料とするための人間を育てる「農場」があった。
そこで育てられた少女、凛子は、ある日自分が特別な血を持っていることを知らされる。
彼女は、その身体の血を全て飲んだ吸血族に永遠の命と若さをもたらす特別な存在——「翡翠」だった。
買い取られた主人に、二十歳でその命と血を捧げる運命。それを知りながら、彼女は「花嫁」という名の「餌」として、吸血族の美しい主人・怜の元へ引き取られて行く。
同じ孤児院で育ち、彼女を深く慕う幼馴染の美しい青年、伊織。彼は凛子を何とかその運命から救い出そうとするが——。
この物語は、そんな残酷な運命を背負った彼らの物語です。

作者様の確かで繊細な筆致は、その何とも美しく仄暗い世界へと読み手を否応なく引き込んでいきます。それぞれの場面の空気やキャラクターそれぞれの心情の描写は非常に細やかで、微妙な心の揺れ動きが的確な言葉で読み手の心を振動させます。
相手の心の動きに鈍い、まだ幼さの残る凛子の言動の歯痒さ。それを優しく辛抱強く見守り、支える伊織。彼らを冷徹に支配する、美しい吸血族の怜。そして彼らを取り巻く人間たちの複雑な心の絡み合い。静謐さの漂う美しい文章の奥底に登場人物それぞれの強い感情が滾るようで、独特のゾクゾクとした高揚感が物語全体に満ちています。

どんな困難を前にしても、愛する人の手を離さない伊織の決意。その想いの強さを次第に知り、やがて全力を尽くして応え、支えようとする凛子。彼女たちを見つめる怜の心の奥の真実。
それらが全て明らかになる時、改めてこの物語の奥深い哀しさと美しさに胸を打たれます。

じっくりと味わいたくなる、深い愛情と哀しみに満ちた大変美しい物語です。

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