第6部 聖女の力


 量こそ前回より多く詰め込んだものの、あまり美味しくはない。

 どうにも、乗り気になれなかった。

「しんどい……ダルい」

 瑠美は愚痴った。

 脂肪以外も持ってかれる、という恐怖がちらついたのが、その一因だった。そうとなったらこちらに拒否権はないかも知れない。


 テレポートした瞬間、ついに来たかと、心臓がぎゅっとなった。浅く呼吸しながら辺りを見回す。


「マジ!?」


 部落内は、以前よりひどく破壊されていた。

 方々に、崩れたガラクタの破片が散らばっている。土煙が視界を曇らせ、空はどす黒く淀んでいる。

 欠けた手足からネバネバの液を滴らせている兵士や、事切れた兵士がいた。それらに紛れて、糸くずサイズの生き物たちが、死んだり、捕らえられたり、ブルブル震えたりしている。


「瑠美さん、こっちです」

 ハッパが手招きのような仕草をした。

「な、なんかこないだよりヤバくない?」

「一族の間で暴動が起き、敵にその隙を突かれました」

「は!?」

「一族の者たちが捕虜と手を組み、貯蔵庫に押し入ったのです。その混乱で、我々の部落のアンチ・テレポーテーションが弱まり、敵が侵入して……」

 べらべらと喋りながら、ハッパはペチペチと瑠美を叩いた。

「ねえ、脂肪足りる……?」

「一般人はしばらくは我慢できると思ったのですが、人数が多すぎて、食べ物を分け合うこともままならず」

「だから、脂肪足りてる?」

「全く足りません」

 瑠美は醜い金切り声を上げた。

「やめて、マジでやめて! 死んじゃう」

「暴れないで下さい。まずは贅肉を落としてから……」

「ヤバいヤバい、マジムリ! マジムリだから!」

「ハッパよ、少し落ち着け」

 いつの間にかナスビが寄ってきて、いつもとはあべこべにハッパを宥めた。

「落ち着いてます。だいたいこの非常時に悠長な」

「いいから落ち着くのだ」

 ナスビはとても疲れた様子だった。体の色んなところがぼろぼろと欠けている。

「メメメメ」

 ハッパが髭をうじょうじょさせて黙ったのを確認し、ナスビは厳粛に告げた。


「敵方、および暴動の首謀者との、交渉の準備が整った」

「ケビガベ?」

「我はこれから和平を結びにゆく」

「そ、そうなんですね」

 ハッパは、肩あたりの力を抜いた。

「ナスビ、やるじゃん」

 瑠美が言うと、ナスビは何かをしばらく言いよどんでいたが、意を決して口の辺りを持ち上げた。

「戦はこれで仕舞いだ。もう貴様を呼び出したりはせん。安心しろ」

「へあ?」

 瑠美は頓狂な声を上げた。


 もう搾り取られない、そのことに関しては確かに安心せざるを得ないが、それはこの楽々ダイエットを手放すことも意味するのではないか。


「メメメメ……ボス……それでは、もう聖女は探さないと……?」

「ああ、もういい。もう充分、夢は見させてもらった。考えてもみろ、ハッパよ」

「はい?」

「この戦は、他の部落が我々の脂肪を欲したゆえに起きた。暴動とて、兵士や指導部ばかりでなく子供にも脂肪をよこせという、真っ当な理由によるものだ」


 風は弱まり、土煙は収まりつつある。負傷者たちは一匹、また一匹と救護されていっていた。

 ハッパは頭を傾け、じっとナスビを見つめている。


「我々は脂肪を得て豊かになったが、その脂肪を巡る争いによって死んでいる。──豊穣と破滅をもたらす聖女の大いなる力とは、脂肪を蓄える能力だったのだよ」


 え、何それ。

 凄くイイカンジにまとめてくれているが、何それ。


 ハッパは目をくるくる回した。

「ボス、それって……」

「我もようやく認められる。こやつが聖女だ」

「そ、それじゃあ予言にあった黄金の実というのは……」

「脂肪のことではないか? 保存用にまとめた黄色いものが、乾いた大地にズラリと並んでおった」

「ケビガベェェェッ」

 ハッパは頭を抱えた。

「私は──私は、この痩せた土地が潤い、辺り一帯に穀物が実って燦然と輝くさまを思い描いていたというのに……!」

「我もそう思っていた」

「ケビガベェェェェェェ」

 瑠美は「おい……」と言ったきり、二の句が次げないでいた。


「ハッパよ。我々は当初の目的を果たした。破滅の時は近づいている。そろそろ聖女に別れを告げる時が来たのだ」

「メメメメ……私は信じませんよボス……」

「諦めろ。ついては、聖女よ」

「は、はい」

「迷惑をかけてすまなかった。これで別れとしよう」

「ちょちょちょ、ちょい待ち」

 瑠美は慌てた。

「ちょっとくらいなら、脂肪を分けてあげても……」

「結構だ。我々はこれ以上の破滅を望んではおらん」

「えー意味わかんなすぎる。さっきまで足りない足りないって騒いでたくせに!」

「いや、恐らく足りる。残念ながら此度のことで、我々は数を減らしてしまったからな」

 ナスビは悲しげに俯いたが、意志は固まっているらしかった。

「食糧ならものぐさをせず、以前のように遠方まで虫狩りに出ようと思う。そのうちこの地も回復するだろう」

「でも、ダイエット」

「すまんが、だめだ」

「ね、お願い!」

「だめだ」

 何度頼んでもナスビはうんとは言わなかった。しまいには、「うるさい、帰れ」と怒鳴られ、怪我のない糸くずたちが招集された。

「待って待って、話はまだ終わってないっつーの!」

「いいから帰れ。さよならだ」

「バリうざいんだけど! 待てってば!」

「ベドゥ!」

「ちょ待っ」

「ミー!」

 瑠美は放り投げられた。

 後から、声援が追いかけてきた。

「ミー!」「感謝する。しかし、二度と来るな!」「ミー!」「ありがとうございましたー!」


 声はだんだん遠くなり、小さくなり、聞こえなくなって──気づけば瑠美は、自室の床にぼんやりと座り込んでいた。


「終わっちゃった」


 手軽だったダイエット生活が、あっけなく。

 今までのことが、急に色褪せ、遠ざかって行く感覚。おかしな夢でも見ていたような。

 どっと疲れがきて、立ち上がる気力も湧かない。


 テレポート前に床に投げ出された携帯には、この六日間で溜め込んだ通知が表示されていた。

 佐川からのメッセージもあった。発表を休んだ分、課題図書『偉大なるギャツビー』の感想レポートを提出せよとのお達しが、先生から出たそうだ。

「マジか。めんどい……つらい」

 瑠美は携帯をぶん投げた。


 その腕は、脂肪をテレポートされすぎて、不自然な形になっていた。

 瑠美はそれをまじまじと眺めた──まるで他人の腕のようだ。

 とても不思議な、気味の悪い心地がする。


「明日から、真面目にダイエットしてみようかな……」


 ぽつりと呟き、歪な身体でごろりと床に転がった。




 おわり

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グレート・ダイエット 白里りこ @Tomaten

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