第5部 全身


 次にテレポートさせられた時、部落の様子はまた随分と変貌していた。


 死骸は片付けられ、ミーミー騒がしいチビたちはガラクタの陰に隠れてしまっている。そこらには比較的大きな部下たちがうろつき、部落の雰囲気は緊迫していた。

 瑠美の姿を見ると、安心したのか何匹かがゆっくりこちらへ歩いてきた。多くは弱々しく鳴き、少し大きなものは「メレキト」「ケビガベ」と声を上げた。


「助かった。これで何とか、みなを養える」

 ナスビは心底安堵した様子で言った。

「あり? 怪我してる?」

「ああ、足をやられた。心配ない、この程度ならすぐに治る」

「これは名誉の負傷です。ボスは戦場で三面六臂の大活躍だったんですよ」

「フーン」

 ハッパの言っていることが分からなかった瑠美は、余所見をして適当に返事した。


 あちこちに三十センチほどの背丈の部下が立っていて、彼らは何か似たような生き物を監視していた──もしや、捕虜だろうか。

 保存食は敵からいくらか取り返したらしく、地面の上に大切に積まれていて、これにも見張りに立っている。


 パチン、とビンタが飛んできた。

「ギャッ」

 気づけばハッパが脂肪を持っていた。触ると左頰が異常にこけている。これでは美顔もなにもあったもんじゃない。

「ちょっと、取りすぎ……」

「すみませんが、非常事態なので」

 パチンと右も叩かれる。どんな顔になったろうと、ゾッとした。

 パチン、パチン、ペチン。

 全身が整形されていく。瑠美が断固として拒否した胸と尻以外のあらゆる脂肪が除かれた。内臓の方まで変な感覚がした。

 ナイスバディ、ではない。どちらかというとアンバランス。

 歩くと、何だかふらふらする。

「……ま、いっか」

 消えたぶんは、また少し食えばいい。


 採れた脂肪を確認すると、ナスビは大きな声を出した。

「野郎ども、新しく食糧が調達できた。赤ん坊と負傷兵から順に並べ!」

 わらわらと、また大勢が脂肪に群がった。

 ハッパは、同じくらいの背丈の部下と何やら相談している。

「子供に食べさせたいのは山々ですが、戦に負けて食糧を全て盗られたら一族は全滅です。ボスだけは倒れさせるわけにはいきませんから、どんなに足りなくても指導部には回せるように」

「ハイ」

「兵士にも十分食べさせて下さい。見張り役や防衛係にも優先的に。続いて子供、大人の順。捕虜には通常の三分の一でよいでしょう」

「ハイ」

「明日以降の一般人の食事は、取り戻した保存食、および地中の虫で賄います。今日の残りは保存用として加工し、一部を指導部に納入するよう、非戦闘員に通達を」

「ハイ」

 無計画な暴飲暴食の賜物が、計画的に各人に割り当てられてゆく。

「ヤバい」

「ボス、ボスのぶんのお食事です」

「そんなにいらん。腹を空かせた餓鬼にでも食わせろ」

「メメメメ……」

 やがて全ての脂肪の処理が済み、ナスビは兵士らしき比較的大柄な者たちを呼び集めた。


「野郎ども、腹は膨れたか!」

「ヴィー!」

「よし。今夜、我々は再び敵地の手前へテレポートし、残りの保存食を奪還する。敵方のアンチ・テレポートに留意せよ!」

「ヴィー!」

「解散!」

「ヴィー!」

 兵士たちは部落に駈け戻り、ナスビも様子を見に立ち去った。


「瑠美さん、また脂肪を持ってきて下さいますね?」

 ハッパが言ってきた。

「え、またぁ?」

「無論です。ご覧のように、食べ物はまだまだ不足しています」

「こないだ、一生のお願いとか言ってなかった?」

「まさか。言ってませんよ、そんなこと」

「はい?」

 今日のハッパは何だか、ピリピリしていて態度が悪い。てっきり大感謝されると思っていた瑠美は、気分を害した。

「あんたさぁ、それはなくね? あたし、あんたらのために無理して沢山食べてきたんだけど?」

 本当は嬉々として沢山食べたのだが、これくらいの誇張は許してほしい。

「あんまりひでーことーと、脛蹴っ飛ばすかんな、マジ」

「ご自由に。戦場では日常茶飯事ですので」

「へあ?」

 この星の生き物たちは、戦争で脛の蹴り合いをしていると。

「脛って急所なワケ?」

「とにかく、三日後までに蓄えて下さい。もし足りなければ、脂肪以外も頂きますからね」

「ヒェッ」

 瑠美はお腹を押さえた。さっき内臓脂肪を取られた感覚が蘇ってきた。


「おい、ハッパよ。その物言いは何だ」

 チビたちを引き連れて戻ってきたナスビが、ハッパを窘め、瑠美の方へ向き直った。

「すまないが、また貴様を呼ぶことになりそうだ。我々を助けると思って、食べてきてはくれんか」

 珍しく穏やかな口調で言われる。

「ま、まあ、いいっすけど」

「恩に着る」

 ナスビは腕を胸の前で交差させた。多分、感謝のポーズというやつだ。ハッパもこれに従い、瑠美の自尊心はようやく満足した。

「さて、野郎ども。こやつを地球に帰してやれ」

「ミー!」


 一族救出の役目を負った瑠美が再び、和星の空の彼方に消えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る