第4部 顔、二の腕、その他
聖女を呼び出す、という名目は、回数を重ねるごとに建前になっていった。
チビたちの目的はとっくに、食い物一筋だ。
二週間ほど間隔を開ければ、たんまり脂肪が溜まる。それをごっそり持っていくというやり方が、定番だった。
この頃のチビどもには、背丈が伸びて体つきがしっかりしてきたのもちらほらいて、もうすぐ緑に身長が届きそうな者すらいる。その上、糸くずのようにちっちゃな奴らも沢山いる──どうやら殖えているらしい。
ナスビだけは、本物を見つけるんだと息巻いていた。
「貴様、もう来るなよ」
毎度そう怒っている。
「じゃあ呼ぶんじゃねーよ」
「知るか。貴様が来るのが悪いのだ!」
勝手なことを言う。脛でも蹴飛ばしてやりたくなるところを、ハッパが仲介するのがいつものパターンだ。
「メメメメ……いいじゃないですか、ボス。今、脂肪がなくなったら、またひもじい生活に逆戻りですよ。土地はまだ回復してませんし、部下たちも増えちゃいましたし。遠方に虫狩りに行くだけではとてもとても」
「あいつら、無闇に産み殖えおって……。いつまでも偽物に頼るのは危険だというのに」
そう嘆きながらも、やはりナスビは定期的に瑠美をテレポートさせてしまうのだった。
「ボスだって、
ハッパは、部下に脂肪をペタペタ加工させながら、こっそり教えてくれた。こいつ、なんであたしよりボキャブラリーあるんだろ。エイリアンのくせに。
そのハッパはというと、瑠美を聖女と決めてかかっていた。
「こんだけ色んな方法を試してもあなたが来るんです。あなたが聖女である証拠ですよ」
ハッパは、瑠美がそのうちものすごいパワーに目覚め、この地に潤いと穀物をもたらすのではと期待している。
「ウケるー。んなわけねーじゃん」
「ありますよ。現に我々の部落はこうやって、食べ物を得ています。これは奇跡の予兆に違いありませんよ。メレキト」
ハッパは脂肪の保存場を指差した。
溜め込んだ脂肪の多いこと。ぶら下がった黄色の物体は日に日に増え、他所から新たにガラクタを持って来なければならないほどだ。
「ふふん」
瑠美としては、ダイエットの成果が目に見えて分かるので、大満足である。
「あんたらのためにあんだけ食いもんをあげてるとかさぁ、あたし偉くね? 感謝してほしいわ」
全く、こんな気分のいいダイエットは他にない。
そんなある日、事件は起きた。
再び和星に降り立った瑠美は、とんでもないものを目にした。
「何これ、ひっど!」
脂肪の保存場を中心に、彼らの住処はメチャメチャに荒らされていた。
家がわりの焦げたガラクタは、多くが潰されてひしゃげている。その間にチビたちが数十匹ほど倒れ伏し、体から透明の粘っこい体液を流出させている。気絶しているのや、大怪我をして呻いているやつも大勢いた。
保存食は、あらかた盗まれたようだった。
血のように赤黒い空の下、ハッパとナスビが「ソルレム、ソルレム」と口元をうじょうじょさせ、悲しみに暮れていた。
「ちょ、ヤバくね!? どーしたの?」
「き、来てくれたか」
いつもの憎まれ口はどこへやら、ナスビの声は弱々しい。
「敵が攻めてきて、もう食糧がないのだ」
「後生です。また脂肪を分けて下さい」
「いーけど」
顔と二の腕にビンタを食らいながら、瑠美は困惑して死屍累々の部落を眺めた。
「ヤバ……どーすんの、これ」
「ひとまず、食糧を取り戻さねば。これっぽっちでは、とても足りん」
ナスビは、瑠美が許可していないところもバシバシ叩き始めた。
「ちょっ、やめろ、このボケナス!」
「足りんのだ……一族には赤子も大勢いる……。ああ、こういう時に、本物のコヤマ・ルミがいてくれたら。この地にたちまち穀物が実るというのに」
瑠美はさすがに可哀想に思えてきた。せめて自分が地球にいるとき、コヤマ・ルミ情報くらいゲットしてやればよかった。
「ボス、しっかりして下さい」
ハッパは毅然としていた。
「今はできることをやるべきです。守るべきものを守り、取られたものは取り返しましょう。明日にでも。幸い、敵は貧しく、数もそう多くはありません。今の我々なら何とかなります。……さて、小山瑠美さん」
こいつスゲーな、と思いつつ成り行きを見守っていた瑠美は、急に話しかけられてビクッとなった。
「こんな非常時にまで現れるなんて、瑠美さん、あなたはやはり平和をもたらす聖女です」
「へあ!?」
「そうでなくても、我々はあなたに頼るしか術がない」
「はあ」
「そこで、我々はもう一度あなたを呼び出します。いいですか、地球時間の三日後までに、なるべくたくさん脂肪を蓄えてきて下さい」
「マジで!?」
「これは急務です。二週間ごとに少しずつ……など、悠長なことは言っていられない。一族の命がかかっているのです。お願いします」
えーと、つまり。
これから三日間、好き放題に食べまくることが、一族を救うと。
俄然、やる気になってきた。
「任せろ。めっちゃ食ってきてやるよ!」
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