素晴らしき減量


「佐川っち佐川っち」

「ああ、小山さん……久しぶりだね」


 大学の講義室で本を読んでいた地味女が、瑠美を振り返った。

 一人で読書とか引くわ。しかも黒髪に眼鏡に、冴えないジーパン。

 だが瑠美がわざわざ話しかけたのには理由があった。


「ねえ佐川っち。あたし、どっか変わったと思わない?」

「え……」

 佐川は鈍臭い反応を見せた。

「髪……? 別の色に染めたとか」

「違う」

「アクセサリー」

「違う」

「化粧」

「ちーがーう!」

 瑠美は言った。いや、確かに、髪色もアクセもコスメも新しいのだが、そんな答えが欲しかったのではない。

「ちょっと痩せたと思わない!?」

 佐川は目を瞬いた。

「ああ……そう言われれば」

「でしょー!?」

「そうだね。何かダイエットをやってるの?」

 ふふん、と瑠美は得意げに胸を張った。

「チョー楽チンな方法で痩せられちゃったの! ま、やり方はヒミツなんだけどね」

「へえ」

 佐川はそれ以上突っ込んではこなかった。普通の女子なら、楽なダイエットと聞けばすぐ食いついてくるのに、やはりこの女は変わっている。


 つまらなく思った瑠美が立ち去ろうとすると、呼び止められた。

「あの……しばらく見かけなかったけど、グループ発表の準備は進んでる?」

「へあ?」

 そんなのあったっけ。

「うーん、まだそんな進んでないや。ま、佐川っちがいるなら何とかなるっしょ」

「ならないよ……」

 思いがけずも反論されて、瑠美は驚いた。

「は、何で?」

「何でって、グループ発表だから。小山さんは小山さんの分をやらないと」

 瑠美は気のない声で「はあ、そうですか」と言った。こういう馬鹿真面目なタイプは嫌いだった。いい歳して何なのコイツ。

「それじゃ、頑張って」

 手をひらひらさせて遠くの席へ逃げようとすると、またもや呼び止められた。

「小山さん」

 はあ、と瑠美は溜息をついた。

「何でもいいけど、小山って呼ぶのやめてくれる」

 丸みを帯びた小山のよう、と言われた高校生の時から、瑠美は苗字を忌み嫌っていた。

「そう、なんだ」

 佐川は控えめな口調で言った。

「じゃあ、グレート・ギャルビーの方が良かったかな」

「きゃはは。それ佐川っちが言うとウケんね!」

 冗談でそう呼ぶ者がいるのを、瑠美は知っていた。よく知らないが、金持ちという意味合いがあるそうだ。

「いーよ、それでも。面白いし、グレートって良い感じ」

 そう言うと、今度は佐川が嘆息した。

「あの……英米文学専攻だよね?」

「そーだけど。何で?」

「ごめん、何でもない。……Great巨大な・偉大な、他 だなって、思っただけ」

 そう言ったきり、佐川は黙ってしまった。

 うっざ。

 瑠美はすっかりやる気を削がれたので、講義室を出ることにした。そうだ、おやつにハンバーガーを買いに行こう。折角痩せたのだ、いつもより多く食べたって問題はない。


 何事も楽にやるくらいがちょうどいい。ダイエットだってそうだし、勉強だってそうだ。

 佐川のように苦労したり頑張ったりするなど、コスパが悪くなるだけ。

 頑張らなくたって、相応のものは手に入るのに。

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