グレート・ダイエット
白里りこ
第1部 腹
どこか遠くの方で口論が聞こえる。
「何だ、このふざけた娘は」
「コヤマ・ルミだそうです」
「こんなチャラチャラした肥満女が我々を救うだと!?」
どうやら自分の話をしているらしい。
瑠美が目を開けると、この世の終わりのような真っ赤な空が見えた。
「何これウケる」
早速写真を撮ろうとしたが、ポケットに入れた携帯電話が見つからない。
「は? ガン萎えなんだけど」
のそりと起き上がる。辺りには枯れ草が細々と生えていて、あちこちに大小の焼け焦げたガラクタが転がっていた。前方では二人の……何だろう、怪物みたいのがくっちゃべっている。
瑠美はダラダラと立ち上がって、二人の方へ向かった。二人とも背が高くて骨ばった体つきの猫背で、とにかく人間とは思えない風体をしている。特に顔なんかどっかの動物みたい──うん、アリクイっぽい。
「えー、おにーさんがた……? あんたら、何すか」
話しかけると、二人、いや、二匹は飛び上がった。
「ケビガベ」
「けび?」
「い、いや。今のはちょっと驚いただけだ」
紫色の肌をした足の長い方が言った。
「ふうん」
瑠美は二匹を上から下まで眺め回した。
「……で?」
「で、とは?」
「だからぁ、あんたら何って聞いてんの。あと、ここどこ」
「メメメメ」
青緑の肌をした腕の長い方が意味不明の鳴き声を立てた。
「我々は和星人であります」
「何て?」
「地球人が開発した惑星に住む人造生物の子孫であります」
「何て?」
「もういい」
紫が苛立たしげに言った。
「我々は訳あって、コヤマ・ルミなる人物を探していた。貴殿で間違いないな?」
「違いますよ」
瑠美は金髪をくるくるいじりながら言った。
「何!?」
「確かに、小山瑠美って書きますけどぉ、あれでルビーって読むんすよ」
「ケビガベェッ!?」
紫が目らしきものを剥き、緑は泡らしきものを吹いた。
二匹が落ち着いたのを見計らって、瑠美は切り出した。
「そんなことより、何か用すか。ないんなら帰りたいんすけど」
「メメメメ……人違いだったらしいので用は無いですが、帰すことはできません」
「は? ふざけんな、死ね」
瑠美が脛らしき箇所に蹴りを入れると、緑はひっくり返って悶絶した。
「ケビガベ」
「貴様、何てことを!」
「こっちのセリフだし。とっとと帰せよ」
瑠美が蹴る振りをすると、紫はビビり倒して飛びすさった。もうもうと土埃が舞う。
「分かったから蹴るな」
「あ、帰してくれんの?」
そこまで威力があるとは思わなかった。
「だが、返送には人件費がかかる。何か寄越してくれん限りは、到底無理だ」
「人件費?」
「そうだな……帰りたいなら、体の一部を置いていけ」
「は?」
瑠美は蹴る真似をした。
「メメメメメ待て待て待て。我々の技術をもってすれば痛くはない。部位も好きなところを選ぶがよい。小指の先とか、盲腸とか」
「あ、そんなんでいーの?」
「無論。まあ部位によっては多少生活に支障が出るかも知れんが──」
「髪の毛先は?」
「そんなもん食えんから駄目だ」
「キモッ!」
瑠美がドン引きしてみせると、紫は頭を抱えるような仕草をした。
「いいから早く選べ!」
「じゃ、腹の脂肪やるわ。あんたらガリガリだし」
瑠美は贅肉を適当につまんで見せた。
「こんだけやる」
紫の奴は頭の後ろで、腕をありえない形に組んだ。緑の奴もようやく起き上がり、同じようにした。
「メレキト……」
「何それ」
「喜びのポーズです」
「キモ……」
瑠美は五メートルほど移動させられた。
「それではテレポートを執り行う」
紫が言って、腹のシャツをめくるよう指示した。
「ほい」
「ベドゥッ!」
紫は手のひらみたいなもので瑠美の腹を叩いた。パァンと良い音がした、と思ったら、瑠美の肥大した腹部はスゥーッと収縮し、まあまあな太さに落ち着いた。
「メレキト……」
二人は気持ちの悪いギトギトした黄色の塊を手にして、感嘆の声を漏らしている。
「ヤバ……」
瑠美は我ながら鳥肌が立った。
「野郎共、メシだ。一仕事頼む!」
紫が呼びかけると、周囲に散らばったガラクタの影から、色とりどりの小さい生き物がわらわらと出てきた。
「え、そんなにいたの!?」
チビ共は糸くずのように細い体で瑠美の脂肪に群がり、瞬く間に食い尽くした。
と、思ったら今度は一斉に瑠美の方に駆け寄って来た。
よく聞くと「ミー」「ミー」という鳴き声を発している。それらは寄り集まって山となり、数の力で瑠美を軽々と持ち上げてしまった。
「え、何何何!?」
戸惑う瑠美をよそに、紫の奴が号令らしきものを出した。
「ベドゥ!」
「ミー!!!」
ふわり、と妙な浮遊感。気づけば瑠美は赤黒い空に投げ上げられていた。
「ギャー!!!」
瑠美の巨体が弧を描いて落下する。ドスン、と尻で着地したところは、自分の部屋の床だった。
腹を見ると、明らかに体積が減っている。
「マジか」
瑠美は小走りで体重計のもとへと向かった。
数分後、洗面所から瑠美の快哉が聞こえてきた。
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