第3話 天罰1
あまりの騒音に耳を塞ぎたくなった。実際、塞いだ。いつか兄に無理やり連れていかれたカラオケボックスと同じ臭いが漂っている。鼻も塞ぎたいが、あいにく手が足りなかった。
ゲタ姉さんは、隣で口をしきりに動かしているが、何も聞こえない。しばらくその様子を見て、適当に相槌を打っていたらチョップが飛んだ。痛い。
しぶしぶ手を放すと、再び金属のこすれる音や、電子音、ぼくが日常で聞くことがないであろう音楽たちが耳に流れ込んできた。なんてうるさいところだ。ぼくは、思わず顔をしかめた。ここは、いわゆるゲームセンターである。
据え置きゲームの進化や、スマートフォンゲームの普及の煽りを受けて、ゲームセンターは次々と閉鎖しているという記事をどこかで読んだ。ぼく自身は、特にゲームセンターに思い入れはないため、いまいち、ピンとこなかった。他人ごとである。とにかくゲームセンターは閑古鳥が鳴いている。それくらいの認識だった。しかし実際に来てみれば、小さい子連れのお母さんや、なにやらどんよりとした顔のサラリーマン、男女でワイワイはしゃぐ大学生など、意外と賑わっているから驚いた。
「ゲーセン行くぞ」
最寄りの駅から二駅目。降りて早々、ゲタ姉さんが宣言したことを思い出す。ゲーセンとはなんの略だったかと考えるくらいには、戸惑った。何しに? 我ながらつまらない反応をしてしまう。ゲタ姉さんは路傍の石ころを見るような目で「遊ぶに決まってるだろ」と返した。確かに、それ以外ない。強盗をすると言われても困ってしまう。
「とりあえず走るか」
到着するなり、ゲタ姉さんは、ついて来いと言わんばかりにずんずん奥へと進んでいく。走ると言われても、何のことだかわからない。かけっこをするわけでもないだろうし。恐る恐るあとに続くと、そこにあるのはレースゲームだった。運転席を模した機械が二つ並んでいる。
「ほら、早く座れよ」
きっちり二台分のお金が入って準備万端のようだった。挑戦的なメロディも早く座れと促しているように感じられる。ぼくは初めて鉄の馬を前にした原始人かの如く、機体に乗り込んだ。レースゲームなどやったことがないため、とりあえず見よう見まねでハンドルを握ってみた。おお、不思議とサマになっている気がする。悪くない。
こちらの感動をよそに、ゲタ姉さんは、早くしろと急かしてくる。仕方なく車の選択画面に進むのだが、車は、どれも同じに見えて戸惑ってしまう。それぞれ性能が違うようだが、何がどう違うのかさっぱりわからない。
無難に青い車を選択しようとしたが、慣れないハンドル操作のせいで、ブライダルカーが選択されてしまった。なんでブライダルカーがあるんだ。
「めでたいな」
横から、よくわからない合いの手が入るが、何もめでたくない。
コースは、ランダムだった。よりにもよって、やたらとグネグネと入り組んだ上級者向けのコースが選ばれてしまう。ブライダルカーで走るコースでないことは確かだった。
「やったことありませんよ」
一応、保険をかけてみるが、「手加減はしてやらん」ヘッヘッヘと意地の悪い笑いが返ってくるだけだった。実に大人げない。ぼくはため息をつきながら、アクセルとブレーキの場所を確認した。そういえば最近、自動車教習に通っている兄が、クラッチが面倒だとぼやいていた気がする。はてクラッチはどの部分にあたるのだろう。きょろきょろ見回しているうちにレースが始まった。
手加減以前の問題だった。ぼくは華麗に逆走を決めこみ、しかもそれをゲタ姉さんに指摘されるまで気づかなかった。コースの上を走ることもままならず、角を曲がるたびにぶつかった。ブライダルカーなので、後部に結び付いた空き缶も派手な音を立てる。
「ブレーキを利用するんだよ」見かねたゲタ姉さんがアドバイスをくれるが、アクセルを踏むというお約束をかまし、また派手に激突する。そのテクニックのなさ具合に、さすがのゲタ姉さんも閉口した。
「とりあえず、姿勢直せ」
ハンドルを動かすたびに、体が傾くぼく。わかっちゃいるのに治せない。
二レース目は、奇跡的に初心者向けの、比較的曲がり角が少ないステージになった。これならいけるのでは、と期待したが結果は同じだった。本当に新婚さんが乗っていたら、困難を乗り越えたことにより、二人の絆は、より深まるに違いない。
「あのころのレースがあったから、今の私たちがあるのです」
そんなわけあるか。
「道なりに走るよりは楽しかったろ」レースが終わり、皮肉とも励ましともつかない言葉をかけられた。
「道なりに走れないと、勝てません」ぼくは言い返す。
「それはゲームの中だけだ。人生、回り道した奴が勝つこともある」
ゲタ姉さんは両替機にお札を入れながら、からからと笑った。それから、おもむろに顎に手を当て、真剣な顔になる。何事かと身構えていると、ゆっくりぼくを見据え、諭すように言った。
「さすがに現実の道路ではやめとけよ」
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