第14話 気づいたとき
相変わらずゲームセンターの騒がしさは、耳に慣れなかった。あの日と違い、客層は若者が中心で、ぼくのような中学生が浮くこともない。心なしかタバコの臭いも薄く、本当に学生の遊び場という空間になっていた。時間帯によって、こうも変わるものなのかと、新たな発見だった。
ぼくは、ゲタ姉さんを探していた。
あの人のことだから、ひょっこり現れるだろう。そう己に言い聞かせ、今日まで自発的に探すことはしなかった。探せば可能性はある、という心の保険を取っておきたかったのだ。
だけど、次第に保険が機能しなくなった。もう一度会いたい。会ってお礼が言いたい。その気持ちが勝ってしまった。ついに決心したぼくは、学校帰りに直接ここへやってきた。
やはり、あの人はいなかった。
ぬいぐるみを取ってくれた、人の話を聞かない店員さんも探してみるが、見当たらない。
「ああ、それなら高木さんかな。いや杉山さんの可能性も」
暇そうな店員さんに勇気を出して聞いてみたが、要領を得ない回答しかもらえないので諦めた。
悪戦苦闘したクレーンゲームも、今は何かよくわからないフィギュアが設置されている。
そう上手くいくわけないよな。自嘲気味にため息をつく。気持ちうつむき気味に歩いていたせいで、目の前に立ちはだかる巨体に気づくのが遅れてしまった。
「よう」
急に声をかけられて跳び跳ねそうになる。見上げれば、巨体に加え、人を殺傷できそうなトゲ頭と、殺人眼が見据えていたのだから、驚かないわけがない。
スグルさんが、相変わらず『ワル』の模倣的ファッションに身を包み、例の人懐こい笑顔を浮かべて立っていた。しかし、すぐに表情は曇っていく。
「わりいな。これからトレーニングだから相手できねえや」
すまん、と言い残し、ずんずん出ていってしまった。どうやらぼくが、リベンジにきたと思ったらしい。あの日、また来るよう言ったのは、社交辞令じゃなかったらしい。少し嬉しかった。同時に、全く彼のことが念頭になかったことを申し訳なく思った。
喫茶店『ストローク』にも行こうとした。道に不安があったため、事前に調べてみたのだが、ヒットしたのは県外の中小企業だけだった。喫茶店に関する情報は、どこにもない。このネット社会において調べられないことがあるのかと、少なからずショックを受けた。
記憶を頼りに歩いてみるが、一向にたどり着かない。目印になるような建物もなかったため、調べようもなく、途方にくれた。どこかで道を間違えたのか、それともぼくの記憶が曖昧なのか。
マスターや奥さんなど、ひょっとしたら最初からいなかったのでは。そう思えてしまう。
焦りが膨らむ。
もう探していないところなど一つしかなかった。
屋上は、いつか来たときの熱さ、ないし暑さは成りを潜め、少し肌寒むいくらいだった。
あの日倒されたフェンスは、キレイに元通りになっている。最初、訪れたときと何一つ変わっていない光景がそこにあった。
――せっかく朝の気持ちいい陽気を吸っていたのによう
さすがにこの温度になったら、ゲタ姉さんもいないかもな。ぼくはこの期に及んで保険をかけようとした。
もしもここで会えなかったら、今生の別れが確定する。そんな気がしたのだ。
フェンスに近づき、目前に広がる景色を見つめる。
いつかと何も変わらない景色が広がる。ただ1つ違うのは、景色が全てフェンス越しに映ることだけだ。今見ても、別段素晴らしい眺めではなかった。
変わらないものは、もう1つあった。
もう死ぬつもりなんて、これっぽっちもないのに、ぼくの胸中を、じわじわと支配していく絶望。
知りたくない。屋上につくなり、何かが頭の奥底から漏れだしそうだった。
だけど止めたくても止められない。もう、ここに来た時点で手遅れだったらしい。
やがて絶望は、胸のおかしな気持ちとリンクし、ぼくに、一つの確信をもたらした。
おそらく、それは恋慕の感情。初恋。歌うたいの集いで、押し込めた感情が、今、止めどなく溢れている。
そして同時に、それは報われないものだとわかってしまった。自称恋愛の達人たちに言わせれば「初恋なんてそんなものよ」と偉そうに講釈を垂れるに違いない。
違う。違うんだ。ぼくはいいわけがましく弁解する。
思い出してしまったのだ。いや、靄が晴れたというべきか。
喫茶店で、ゲタ姉さんが言ったことを。
――生きてたほうが得なんだよ。あんたみたいなのは
雑音でかき消されたとばかり思っていた言葉が、いま、唐突に、鮮明になって再生された。
――あたしには、できなかったんだ。
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