第8話 独り

 差は、すぐについた。もともと運動経験の乏しかったぼくと、各々少年野球やサッカーなりを経験していたあいつらでは上達の具合が違う。部内には、自然とカースト制度まがいのものが生まれ、ぼくが最下層に位置されるのに一か月もかからなかった。


「あのさ、お前練習くるなよ」

 一人が言った。もう一人も同意するようにうなずいた。残りの奴らは、ニヤニヤと事の次第を見守っていた。今まで練習中も、それ以外もさんざんバカにされてきたが、とうとう満を持して放たれた一言だった。

 

 ぼくは、バスケットボール部を辞めた。

 顧問は、こちらを案じるような言葉をかけてきたが、内心は喜んでいるに違いなかった。最後に、「いじめはなかったのか」と聖職者の鏡のような慈悲深い体で聞いてきた。顧問は、事情を知っていた。知っていて黙認した。それはそうだ。あいつらは、部の未来を担うに足る実力を持っていたから。

 ぼくは、何もないと答えた。

 

 部活を辞めても、嫌がらせは続いた。もともと浮いていたぼくは、あいつらの影響で、さらに天上を極めた。もともとの性格と、あいつらの嫌がらせ。このどちらかでも欠けていれば、今の状況はなかったと思う。性格なんて、そう簡単には治せない。ならば部活など入らなければよかった。そう後悔する日は続いた。

 あいつら以外が嫌がらせに加わるのに、時間はかからなかった。授業でバカにされるのは普通だし、休み時間に暇つぶし程度に囲まれることは、日常茶飯事だった。体育の授業は地獄だった。バスケットボールでもやろうものなら、事情を知らないクラスメイトに期待をされた。その期待をぼくもろとも打ち抜くように、あいつらは、追い打ちをかけた。

 

 あのとき、入部しなければ、こんな思いをしなかったのに。

 ぼくがもっと強い人間だったら、あいつらに負けないのに。

 あのとき、かけられた言葉を真に受けなければ。

 画面の向こう側で、戦う彼らのように強ければ。

 恥をかいていれば。

 強い人間だったら。 

 見学しなければ。

 もっと強ければ。

 

 あるいは、そもそも――


 過去を悔やみ、現在の自分の弱さを憎んだ。強くなりたい、ではなく強ければよかったのにと、いつまでもウジウジ悩んだ。過去は戻らない。戻らなければ、いっそ壊してしまえ。そんな考えが頭をよぎっては、振り切る日々が続いた。

 だけど、あっさりぼくは中学三年生になった。そしてあっさり夏休みに突入し、やはりあっさり三十一日を迎えた。そのままあっさり卒業できればよかったのに。


『今までごめんな。謝りたくて電話した。留守電にオレたちの気持ちを入れといたから』

 夏休みの最終日に、そんなメールが届いた。よく見れば、着信の跡と留守番メッセージがある旨が、小さなディスプレイに表示されていた。彼らの電話など出る気もなかったため、このメールは不意打ちだった。

 ドキドキした。もう中学校生活も残り僅かだけれど、これからは楽しい時間が取り戻せるのではないか。幸い先には、修学旅行が控えている。休むつもりだったが、行ってもいいかもしれないとさえ思った。

 期待した。期待してしまった。

 

 留守番メッセージには、ぼくの死を願う二文字を嬉々として合唱している、あいつらの声が響いていた。最後に全員の笑い声が耳を突き抜けたかと思うと、メッセージは終わった。涙はでなかった。

 部活に入らなかったら。アイツらに出会わなければ。強ければ。そんな考えは、間違いだと悟った。


 そもそも。

 そもそも生きていなければ。

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