王妃の物語は、婚姻に始まり婚姻に終わる。初めは偽りの、次は真実の。

17歳の宝余が海辺の涼国から隣国烏翠の若き国君のもとへ
公主として降嫁するところから、運命の物語の序幕が上がる。
それはただ後宮を舞台にした恋物語や陰謀劇にはとどまらず、
烏翠の国を挙げた擾乱を引き起こさんとし、なおも続いていく。

宝余の秘密を見破った国君の顕錬は、新妻に剣を突き付ける。
此度の2人の婚姻には、初めから情など存在していないのだ。
数年前に両国間に軍事衝突が起こり、破れた烏翠は今だ弱く、
強国から輿入れした宝余に向けられるのは冷たい対応ばかり。

冷たい対応はまた、即位から間もない顕錬にも向けられている。
否、彼への冷遇は幼少のころ、その瞳が紫色に変じた日からだ。
烏翠の伝説では、紫瞳の君主は不吉の兆候、あるいは昏君の証。
虐げられて育った彼は、気遣う宝余にも心を開こうとしない。

胃が痛み息が詰まるような後宮の暮らしは、突如終わりを告げ、
宝余はいずことも知れぬ場所で文字通り「放出」されてしまう。
こんなところで死ねるものか、と奮起した宝余は歩き出す。
生半ならぬ道を越え、冷たい夫と巨大な奸悪の待つ王都へと。

物語に触れてまず感じるのは、世界観・設定の堅固さだろう。
四海天下の中心には華朝(天朝)があって周辺諸国を冊封し、
諸国は華朝に朝貢し、華朝より勅を賜り、華朝の文化を受ける。
国々のそうした歴史的・社会的背景が物語の骨格を固めている。

東洋史学をベースとする情報量の多さと細やかさに圧倒される。
私もまた東洋史畑の産物だが、著者の目配りには到底敵わない。
といっても、その膨大な情報は決して押し付けがましくはなく、
毅然とした文章によって的確にサラリと描かれるから好ましい。

聡明で度胸の据わった宝余が身分を隠して国都へ向かう道程は、
胸躍る貴種流離譚でもあって、きっと読者の性別を選ばない。
異世界系ラノベや甘いばかりのラヴファンタジーに食傷ならば、
怪力乱神はあれどリアリティも抜群の本作を強くお薦めしたい。

烏翠国シリーズと言おうか紫瞳シリーズと言おうか、
前作や関連作からの本シリーズのファンとしては、
「弟くん、役者として元気でやってるんだー!」
といったノリでしばしばテンションが上がった。

鄙育ちの姫君が異国の王に嫁ぎ、国を分かつ陰謀に呑まれ、
卑賎の芸人に身をやつして旅し、人と出会い、成長する物語。
夢中になり、時を忘れて読みふけってしまった。
シリーズの今後の展開も楽しみに待っています。

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