偶然、同じ企画の仲間として、結城かおるさんの作品を読む機会に恵まれた。そして、1つの作品を読んだら、「もう、止めようがない!」という状態で、次々と彼女の作品を読破していった。
この『手のひらの中の日輪』で、最後となった。
登場人物がそれぞれの物語りと被っていて、彼らがそれぞれの物語りで、主役となり脇役となって登場する。脇役で登場してきた時は、「まあ、お久しぶりです。お元気そうで何よりです!」って、思わず脳内会話してしまった。
昔々の伝説の色も濃い中国に住んで、彼らとともに自分もその物語のどこかにいるかのよう。それも、結城かおるさんの確かな筆力に魅せられた結果。ああ、また彼らに逢いたいなあ…。それとも、またまた私の心を鷲掴みするような新しい登場人物たちであっても、いいかなあ…。
登場人物たちと脳内会話が出来るようになると、そのうちに彼らを生み出した、まだお目にもかかったことのない作者の結城かおるさんとも、以前からの知り合いのような親近感を覚えてしまった。
このような<深い読書体験>を味わせてくださって、「ほんとうに、ありがとうございました」と言うしかない。
何かの折りに、(主に商業出版において)「強いヒロインは可愛げが無い」とダメ出しを喰らうというような話を聞きました。そういう見方がどの程度一般的なのかはよくわかりませんが、そのような人に対して、「強いヒロインの物語は面白いし、何よりその強さがまた可愛いんだよ!」と、私は結城かおるさんの烏翠シリーズを挙げて力説したくなるのです。
おそらく、「強いヒロイン」に対して否定的な方の言い分としてあるのは、「その強さゆえに他人を必要としなくなる」という、物語としての面白くなさにつながるからでしょう。
しかし、本作の宝余はどうでしょう。
彼女は強いです。烏翠シリーズの他の強いヒロインも見てきましたが、恐らく私の知りうる限り、最強ヒロインの域です(笑)
しかし、彼女はその強さを、「人と関わっていく」ことに使っていきます。それは「紫瞳の国君」と呼ばれ忌み恐れられる夫との関わりでもそうですし、後に彼女が窮地に陥ったときに関わることになる様々な身分の人とでもそうです。
あまり書くとネタバレになりますが、その窮地の折りの宝余の強さがすごすぎて、ハラハラするより笑いが込み上げてきて、ツッコミメモを書きながら読み進めた覚えがあります(笑)
でも、何がそんなに面白かったのかと振り返って考えると、宝余は何もかも自分で切り開いているように見えて、実はそうではないのです。彼女の行動一つ一つが、人を巻き込み、巻き込まれ、そこに生じる関係により、彼女は窮地を脱していくのです。
そこに爽快感があり、文字通り「愛すべし」という意味での「可愛さ」があり、また、ツッコミを入れたくなるような普通の意味での「かわいさ」もあるのです。
宝余(ほうよ)は、涼国の公主として、隣国・烏翠(うすい)の王・顕錬(けんれん)のもとへ降嫁することになった。顕錬は、烏翠では国を滅ぼすと噂される「紫瞳の国主」だった。国同士の政略とはいえ、宝余を迎える烏翠王宮の対応は冷たい。極めつけに、夫である顕錬には、新床で刀を突きつけられてしまう。それは、宝余の抱える秘密を、見破られたせいなのだがーー
すれ違う宝余と顕錬の心。やがて謀叛を疑われた宝余は、王妃としての地位を奪われ、幽閉されてしまう。心理的に追い詰められるが、なお自己を保とうとする彼女に、さらに過酷な運命が襲いかかる。
中華風異世界FTは、文化的な描写や用語が難しいと感じる方も多いでしょうが、本作はするすると読めます。何より、ヒロインの宝余に次から次へと降りかかる苦難に、終始ハラハラさせられました。想像するだに過酷な状況ですが、常に顔を上げて進んでいく宝余に、力づけられます。最後は、彼女と顕錬と、この国の未来に希望を感じる結末で、ホッとさせて頂きました。緊張感があるからこそ、読後感は爽やかです。
個人的には、忠賢が好きです。彼と宝余の将来をちょっと期待しました。技芸を生業とするこういう集団の在り方には、民俗学的な興味を惹かれます。
主人公の宝余は、強いひとだ。
別に、クマを倒せるとか一日で千里を走るとか、そういうことではなくて。
平穏な暮らしを終わらせられても、嫁いだ先で理不尽な仕打ちを受けても、必ず前を向き直る。
そんな、心の強いひと。
だからこそ、危機は必ず何とかなると信じてーーあるいは、もっとひどい目に遭うのではないかとハラハラしてーー読み進んでいける。
王宮の一番奥から、虎が住まっていそうな山奥まで。物語は国中を巡る。
そして最後は、王宮の奥で幕を下ろす。
大きな大きな流れの中のほんの一部にしか過ぎない、宝余が生きる場所に真っ直ぐ立つまでの物語。
目の前に広がる風景と人の顔、続いてきた営み、情の数々。細かなところまでじっくり味わえます、是非どうぞ。
そんな物語のタイトルを、最初はふんわり優しげだなーと思った。
実際のところ、物語の中ではとあるアイテムをそう呼んでいる。だけど、ほんとうにそれだけかしら?
日輪が何を指しているのか――最後まで読み終えた今、ニヤニヤしている。
17歳の宝余が海辺の涼国から隣国烏翠の若き国君のもとへ
公主として降嫁するところから、運命の物語の序幕が上がる。
それはただ後宮を舞台にした恋物語や陰謀劇にはとどまらず、
烏翠の国を挙げた擾乱を引き起こさんとし、なおも続いていく。
宝余の秘密を見破った国君の顕錬は、新妻に剣を突き付ける。
此度の2人の婚姻には、初めから情など存在していないのだ。
数年前に両国間に軍事衝突が起こり、破れた烏翠は今だ弱く、
強国から輿入れした宝余に向けられるのは冷たい対応ばかり。
冷たい対応はまた、即位から間もない顕錬にも向けられている。
否、彼への冷遇は幼少のころ、その瞳が紫色に変じた日からだ。
烏翠の伝説では、紫瞳の君主は不吉の兆候、あるいは昏君の証。
虐げられて育った彼は、気遣う宝余にも心を開こうとしない。
胃が痛み息が詰まるような後宮の暮らしは、突如終わりを告げ、
宝余はいずことも知れぬ場所で文字通り「放出」されてしまう。
こんなところで死ねるものか、と奮起した宝余は歩き出す。
生半ならぬ道を越え、冷たい夫と巨大な奸悪の待つ王都へと。
物語に触れてまず感じるのは、世界観・設定の堅固さだろう。
四海天下の中心には華朝(天朝)があって周辺諸国を冊封し、
諸国は華朝に朝貢し、華朝より勅を賜り、華朝の文化を受ける。
国々のそうした歴史的・社会的背景が物語の骨格を固めている。
東洋史学をベースとする情報量の多さと細やかさに圧倒される。
私もまた東洋史畑の産物だが、著者の目配りには到底敵わない。
といっても、その膨大な情報は決して押し付けがましくはなく、
毅然とした文章によって的確にサラリと描かれるから好ましい。
聡明で度胸の据わった宝余が身分を隠して国都へ向かう道程は、
胸躍る貴種流離譚でもあって、きっと読者の性別を選ばない。
異世界系ラノベや甘いばかりのラヴファンタジーに食傷ならば、
怪力乱神はあれどリアリティも抜群の本作を強くお薦めしたい。
烏翠国シリーズと言おうか紫瞳シリーズと言おうか、
前作や関連作からの本シリーズのファンとしては、
「弟くん、役者として元気でやってるんだー!」
といったノリでしばしばテンションが上がった。
鄙育ちの姫君が異国の王に嫁ぎ、国を分かつ陰謀に呑まれ、
卑賎の芸人に身をやつして旅し、人と出会い、成長する物語。
夢中になり、時を忘れて読みふけってしまった。
シリーズの今後の展開も楽しみに待っています。
作者である結城さんの作品を読むと、素晴らしい描写な点が当たり前すぎて、こうしてレビュー書こうとする際で毎回触れる私は馬鹿なのかと思う。
だが、結城さんの作品に初見の読者も居るので、やはり触れるべきと考えている。独特の世界観を、少ない説明と豊富な語彙、そして世界観に沿った台詞で読者へ印象深く伝える力を、この作品で味わっていただきたい。
次に、この作品で綴られる世界観でシリーズ化されるらしいと考えたとき、十二国記の「月の影 影の海」を思い出しました。内容が似通ってるということではなく、男性作家なら本編の前振り段階にして、さあ、これからだという部分を一つの作品とする「潔さ」に同じものを感じました。
これは結婚観の違いによるものなのか、それとも性差によるものなのか判りませんが、男性でしたら作品世界で示されてる諸々の問題を解決させようとし、そこまでを一つの作品として書いてしまうだろう。
でもこの作品はそうではない。物足りないというのではない。十二国記がそうであったように、この作品も読者を十分に満足させてしまう点に驚いている。
もちろん物足りなさを感じる方も居るだろう。
でも、その方はきっとこの作品の次を待ち望む。
それだけの魅力がこの作品にあるからだ。
主人公が、一生添い遂げる覚悟と愛情を持って王妃になるまでのストーリーが、この先の作品への飢えを引き出す魅力。
是非、その魅力もまた十分に味わっていただきたい。